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番号 |
3980007 |
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呼称(ヨミ) |
ショウグンヅカ |
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呼称(漢字) |
将軍塚 |
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執筆者 |
含弘堂偶斎 |
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論文名 |
百草露 |
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書名・誌名 |
日本随筆大成第三期 |
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巻・号/通巻・号 |
11巻 |
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発行所 |
吉川弘文館 |
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発行年月日 |
S52年7月11日 |
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発行年(西暦) |
1977年 |
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開始頁 |
1 |
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終了頁 |
292 |
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掲載箇所・開始頁 |
13 |
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掲載箇所・終了頁 |
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話者(引用文献) |
『盛衰記』、『親長記』、『後太平記』 |
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地域(都道府県名) |
京都府 |
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地域(市・郡名) |
京都市 |
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地域(区町村名) |
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要約 | 桓武天皇が、平安京が長久であるようにと、土で8尺(約240センチ)の人形を作り、甲冑を着せて弓矢を持たせ、東山に西向きに埋めた。泉涌寺の上にある塚がそれである。鳴動したのは、保元元年は大乱の兆しとして。治承元年は平清盛の福原遷都の兆し。明応2年と享禄3年の時は、ともに足利将軍の時代であった。慶長3年の時は、豊臣秀吉死去のためであった。
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