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番号 |
C1130096-000 |
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呼称(ヨミ) |
ヤオビクニ |
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呼称(漢字) |
八百比丘尼 |
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執筆者 |
根津富夫 |
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論文名 |
第十二章 第二節 二:(九)偉業 |
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書名・誌名 |
新編埼玉県史 別編2 (民俗2) |
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巻・号/通巻・号 |
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発行所 |
埼玉県(ぎょうせい) |
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発行年月日 |
S61年3月20日 |
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発行年(西暦) |
1986年 |
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開始頁 |
599 |
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終了頁 |
601 |
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掲載箇所・開始頁 |
600 |
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掲載箇所・終了頁 |
601 |
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話者(引用文献) |
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地域(都道府県名) |
埼玉県 |
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地域(市・郡名) |
大宮市 |
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地域(区町村名) |
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要約 | 文武天皇の御世に秦の通鴻という人がいた。ある時友人に誘われて海辺に行くと、いつの間にか宮殿のような所に立っていた。そこで出てきたご馳走を懐に入れ、持って帰った。娘がそれを見つけ食べると歳をとらなくなり、尼になった。そして諸国を回って神仏を拝み寺や神社の修造をし、川には橋をかけ、井戸を掘り、木も植えた。こうして世の人から「若狭の白比丘尼」とあがめられた。その後時代がたって八百年になったので、「八百比丘尼」と呼ばれるようになった。
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