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番号 |
C3420040-000 |
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呼称(ヨミ) |
〔オウシコ〕 |
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呼称(漢字) |
生石子 |
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執筆者 |
村岡浅夫 |
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論文名 |
Ⅴ 四:2 厳島伝説の周辺 |
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書名・誌名 |
広島県史 民俗編 |
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巻・号/通巻・号 |
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発行所 |
広島県 |
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発行年月日 |
S53年1月31日 |
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発行年(西暦) |
1978年 |
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開始頁 |
1210 |
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終了頁 |
1220 |
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掲載箇所・開始頁 |
1212 |
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掲載箇所・終了頁 |
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話者(引用文献) |
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地域(都道府県名) |
広島県 |
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地域(市・郡名) |
福山市 |
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地域(区町村名) |
駅家町 |
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要約 | 高倉神社の祭神ニ座は、もとは沼隈郡本郷にあったといわれる。昔、本郷村の竜王社の神体が紛失した時に武倍山が毎夜輝いていたので、行って見ると神体があった。持って帰ろうとしたが動かず大風雨になったので沙汰止みになった。その後本郷の里正に、最近社辺が穢れてたので武倍山にきた。帰ってほしければ我を生石子高御倉を称え、社地を清め、ここよりかしこまで荒薦の上に錦をひいて迎えよ、と託宣があった。そしてついに本郷も諦めた。
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