国際日本文化研究センター トップページ
怪異・妖怪伝承データベース
データベース検索ページ 更新情報 お知らせ 怪異・妖怪とは データベース検索 異界の杜 製作者
データベース検索ページ

検索対象事例

カッパ
1985年 熊本県
ある人が水門で河童と引き合いになり、腕が抜けたので持って帰った。それから河童が取り返しに来るようになったので詫び証文をとって返した。以来その地域では水難者がでなくなった。

類似事例(機械学習検索)

カッパ
1957年 新潟県
老人が昼寝をしようとすると、陸に上がってきた河童が尻をつかんだ。柔術の心得がある老人が河童を捕らえると、河童は命乞いをした。代わりに詫び証文を書かせた。その筆跡は美しく、以来河童の被害もなくなった。
類似事例

カッパ
1980年 新潟県
お爺さんが仙納の川の河童の手をもぎとった。河童は手を返してもらいたいので、お酒、魚を持ってお爺さんのところへ頼みに行った。お爺さんは、河童に、人が採った魚を横取りしない事を約束させ、手を返したという。
類似事例

カッパ
1985年 熊本県
悟真寺の開山和尚がある夜用便をしていると、河童が現れ尻をなでた。和尚は怒り河童の腕を追ってしまった。それから河童が夜な夜な腕を返してくれと言って現れるので返してやったら、それ以来中宮川の一部で子供の水難者がでなくなった。
類似事例

カッパ
1958年 三重県
江戸時代、赤羽川を馬で渡っていると、河童が水中から馬の尻尾をつかんだので、その腕を切り落とした。湊家の血族に害を与えないことを誓った詫証文を書き、ようやく許されて腕を返されたという。
類似事例

カッパ,カッパノショウモン
1982年 新潟県
清水弥五郎家に河童の証文が伝わっている。何代か前のじいさんが馬を青海川に入れて洗っているときに河童の腕を手に入れた。その夜河童が腕をもらいに来たので、以降、青海の子供に悪さしないという証文を持ってこさせ、それから青海に水死人は出ていない。また、次の朝から弥五郎家の垣根の木の股に生魚が届けられたが、そこを鉄かぎに換えたらもう魚が来なくなった。その後、大不作があったが、この家だけは食べ物に困らず、河童のお礼だろうといわれた。
類似事例

ゴーラボン
1935年 奈良県
一頭の牛が岸で遊んでいると、河童が出てきて沈めようとした。牛のほうが力が強く、なかなかうまくいかないので、河童は降参して詫び状を書いた。この川の近辺にはそれ以来、河童が出ないという。
類似事例

カッパ,カッパマツ
1914年 茨城県
河童がしばしば村人に災いをなしていた。ある時、農夫が河童を捕らえ松の木に縛り殺そうとした。河童は涙を流して詫び、今後悪さをしないだけではなく、村人を守って水難の一切を除くと約束するので、放した。その後、河童の害がなくなったという。その時の松を河童松という。
類似事例

カッパ,カッパノショウモン
1982年 新潟県
清水弥五郎家に河童の証文が伝わっている。何代か前のじいさんが馬を青海川に入れて洗っているときに河童の腕を手に入れた。河童は両手だと千人力だが、片手で掴むとすぐ抜けるという。その夜河童が腕をもらいに来たので、以降、青海の子供に悪さしないという証文を持ってこさせ、それから青海に水死人は出ていない。また、次の朝から弥五郎家の垣根の木の股に生魚が届けられたが、そこを鉄かぎに換えたらもう魚が来なくなった。河童は竜宮の乙姫様の使いなので金物を嫌うという。
類似事例

カッパ
1994年 熊本県
厠で河童が和尚に悪戯をし、腕を取られてしまう。河童は美女に化け、腕を返してくれるよう毎日懇願する。哀れに思った和尚から腕を返してもらった代わり、カンゾー淵からシュージ渕の間では、子供には悪戯しないし水死者も出さない、と約束した。
類似事例

カッパ
1955年 山形県
朝、川の中で馬を洗っていたら尻に河童がついていた。殺そうとしたら謝るので、あやまり証文を書かせて許した。それ以後河童は出なくなった。
類似事例

カッパノヒヤク
1986年 埼玉県
池山と呼ばれる池があった。農夫がここで草を刈っていると一匹の河童が現れ、いたずらを始めた。追っても追ってもいたずらをやめないので、農夫は持っていた鎌で河童の腕を切り落とすと、河童は池の方へ逃げて行った。農夫はそれを持ち帰った。その晩、農夫の家に河童が美しい女の姿で現れ、昼間の行いを謝罪し、腕を返してもらうよう頼んできたので、農夫は腕を返してやった。すると河童はお礼に、切れた腕でも足でもつなぐ薬の作り方を教えて立ち去った。
類似事例

ミズシ,ミソシ,カッパ
1958年 石川県
ある時、馬あるいは牛の手綱に食いついた河童(みずし、みそし)を捕らえた。その時みずしは、この土地の人をとったりはしないと約束し、放たれた後に魚を土産に持ってきた。
類似事例

カッパ
1985年 熊本県
網にかかった河童の腕を切り落としたところ、子河童が現れ腕と引き換えに赤痢止めの妙薬を伝えた。
類似事例

カッパ
1940年 福井県
牛が水に入らないのでおかしいと思っていると、織田浜に棲む河童が牛の後ろ足を引いていた。見つかった河童が命乞いをするので、人畜の尻を取らないという詫び状を書かせて許してやった。それから数日間、礼として鮮魚を持ってきた。魚をつるす鈎を頑丈にしようと鉄製にするとやって来なくなった。
類似事例

カッパ
1985年 熊本県
馬の尻尾にぶら下がって馬をいじめている河童の腕をもいで、取り返しに来た河童に石を証文に今後村人に害をなさないことを誓わせた。
類似事例

ミソシ
1958年 石川県
河童(みそし)は人畜を害さないと約束し、神社の柱に手判をしてかえった。その跡は今も残っているという。
類似事例

カッパ
1930年 宮崎県
男ふたりが村外れの田圃道を歩いていると、木路の土管に河童がはさまっていたので助けてやった。以来、漁をするとたくさん魚がとれるようになり、村人たちは、河童が恩返しに魚をとっているのだと信じている。
類似事例

カッパ
1957年 新潟県
陸に上がった河童を若い人が見つけて捕獲した。見に来た人たちが打ったり蹴ったり殴ったりしたので、河童は絶えられずにないて釈放を願った。それ以降、河童の悪戯はなくなった。
類似事例

カッパ
1979年 岐阜県
徳川三代将軍の時代に建てられた道場に、丈元という僧がいた。小姓淵の河童が毎夜胡瓜を盗みに来るので、丈元は捕らえて腕をもぎ取ってしまった。河童は泣きながら跪いて「以来この川筋には棲まないから腕を返してください」と謝ったので、証文を取って腕を返した。以来この川筋から河童はいなくなった。この証文はもう今はないという。
類似事例

ミソシ,カッパ
1958年 石川県
馬に食いついた河童(みそし)を捕らえたが、頻りに詫びるので放してやったところ、恩義を感じたみそしは、魚を持ってきた。
類似事例

国際日本文化研究センター データベースの案内