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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

テングサマ
1995年 長野県
天狗様は子どもを授けてくれるというのでお願いしたら、赤ん坊が家の前に置いてあった。わが子として育てたが、忙しくしていたら4つにもならないうちにその子は亡くなってしまった。家の者は天狗様に授かった子を死なせてしまったことを後悔して、薬師平の三倉の明神として祀った。

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ヤマイヌ,バケモノ,タヌキ
1990年 長野県
伊那にある寺の縁の下に山犬が子を5匹生んだ。和尚はこれを大事に育て、そのお礼に1匹を貰って早太郎と名付けた。そこから遠方に天神宮があった。そこの祭りでは、毎年娘を天神様に差し出さなければならない決まりがあった。3匹の化け物が毎年差し出された娘を喰らっていたのだが、これを知った神主は早太郎を探し出し、化け物退治を依頼した。化け物はこうのついたたぬきであった。早太郎は3匹の化け物を倒したが、自らも死んでしまった。死後、早太郎は和尚の寺に祀られたという。
類似事例

カミカクシ,テング
1968年 福井県
ある家で赤ん坊が泣き止まないので「天狗様にあげてしまおう」といって赤ん坊を窓から外へ出すまねをしたら、「ではもらっていこう」という声がして、赤ん坊をさらっていってしまった。赤ん坊の行方は知れないという。
類似事例

クジノカイ
1973年
天明3年、人に害をなす事を恐れ狗を簀巻きにして淀川へ沈めて殺した。その家に子供が生まれたが病弱であった。ある夜主人の夢に狗が出て来て罪のない我をなぜ殺したかと責めた。狗を供養すると子供は回復した。
類似事例

テング
1988年 長野県
祭りの際に、稚児が1人行方不明となった。数日後天狗にくわえられた稚児が石の傍で見つかったが、死んでいた。数十年後に、この石を使って家を建てたが毎夜その壁に稚児の姿が映り、その霊を鎮めるために石碑を建てた。
類似事例

ケモノ
1980年 静岡県
遠州見付の天神さまに、人身御供の風習があった。通りかかった六部がお告げを聞いて、お告げ通りしっぺい太郎という犬を娘の代わりに箱に入れて連れて行く。しっぺい太郎は娘を食べようとやってきた獣をやっつけるものの、傷を追って、観音山まで来たところで息を引き取ってしまった。あるいは、観音山まで来たところで、しっぺい太郎は六部と大木の下で眠っていた。すると突然しっぺい太郎が吠えだし、六部に飛びかかろうとしたので、六部は鉄砲で撃ち殺してしまった。しかし、しっぺい太郎は木の上の大蛇に飛びかかろうとしていただけであったとも言う。
類似事例

テング
1932年 香川県
宝永の頃、讃州高松の隣村中の村で、三吉という男が天狗に使われていた。三吉が病を患い長くはないので天狗に暇乞いをすると、天狗が3年寿命を延ばす秘薬の調合を教えた。その薬を服用すると、八日目に臍から蝶が飛んで出た。病が全治したので、天狗の為に社を建て、高戸の神と祀った。三吉の娘のお菊は、その薬で多くの人を助け、神職に秘術を伝えたという。
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ヤマイヌ,バケモノ,タヌキ
1990年 長野県
天神宮へ生贄に出された娘をさらった3人の男は、「伊那の早太郎」を恐れていた。これを知った神主は、伊那で早太郎なる人物を探し回った。ところが早太郎とは人間ではなくてある寺の和尚に育てられた山犬であった。事情を話すと早太郎は神主に着いて行って、化け物を退治することになった。祭りの晩、例によって娘が入った箱を見張っていると、得体の知れない化け物が3人やってきて娘をさらおうとした。早太郎は化け物に喰いついたところ、こうのついたたぬきであったという。また早太郎も、そのたぬきにやられ死んでしまった。早太郎は死後、元の寺に祀られたという。
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テンニョヅカ
1956年 宮城県
津の宮の社家、作兵衛の四代前の先祖某が竹島に天女の群が舞っているのを見つけ、逃げ遅れた天女を家に連れ帰った。天女は豆柿を少し食べただけで6,7日して死に、連れていた子犬も死ぬ。葬ったところを天女塚といい、子犬の墓を狗塚という。
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インガミ
1950年 熊本県
犬神がいる某家では代々男子に恵まれず、養子を取っている。代々養子が若死にすると言われ、先代の養子も娘2人を残し若死にした。それで4代目の養子のなり手がいない。
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カスガミョウジン,エンガクシヤウニン
1983年 奈良県
円覚上人の父母は子がないことを憂い春日明神に参籠した。すると夢で、夫婦の内1人の命が財宝にかわり子が生まれると告げられた。程なく懐妊して男子が生まれたが、夫婦には何も起きず夫が神を嘲ると、家に雷が落ち一族に悪病が起こり皆死んだ。盲目になった妻は神慮を恐れ子を春日の野辺に捨てた。
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キツネ
1982年 東京都
子供がけがをしたので拝む人を頼んだら狐がやってきて憑いてしまった。狐はたかるのではなく頼ってくる。また人を頼んで拝んでもらい、狐を出した。その狐を放り出すわけにもいかないので、屋敷神にまつった。
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(ヤシキガミ),(タタリ)
1989年 長野県
家の勝手の部屋に祀っていたところ、病人が出たり不幸があったりした。松本のお天狗様に見てもらうと、木が2・3本ある現在の位置に移せと言われたので、その通りにして祠を作ると、病人などの祟りが止んだという。
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テング
1981年 神奈川県
山の神をお祀りしてある山に天狗の住処といわれた大松があった。ある日美しい娘が行方不明になり天狗の仕業だということになった。松のところにさがしに行くと娘が座りこんでいて、話をきくと、やはり天狗にさらわれたということであった。
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ミサキサマ
1975年 高知県
馬之助という子供が山奥へ捨てられ死んだ。それ以降親や親族が次々死に、ミサキ様として祀ると鎮まった。ところが大正の頃、子供や人が死んでは生き返るという事件が起こった。馬之助が祈願を求めているということになり、馬之助大明神として祀った。
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ヤマンバ
1999年 静岡県
山姥が3人の男の子を生み育てた。3人の男の子はそれぞれ山の神になった。明光寺の裏山には山姥が出産の時に苦しんでつけた爪の痕がある子産み石が残っている。山姥はお産が上手なので浅間山に祀られている。
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オニババ
1934年 香川県
4人家族が住んでいた。母親が出かけたところへ鬼婆が母親に化けて来て、赤ん坊を食べてしまった。それを見た2人の子供は逃げたが鬼婆は追ってきた。天から下された籠で子供たちは助かったが、鬼婆の場合は底抜けの籠で、下の川の中へ落ちて死んでしまった。あるいは、2人は天に登って星になったともいう。
類似事例

テング
1956年
木樵の妻が赤ん坊と2人、夜の山小屋で夫の帰りを待っていた。突然、眠っていた赤ん坊が目をあけ「パアー、パアー」と異様な声をあげた。天井を見上げると、山小屋の屋根裏を貫いて天狗が手を伸ばしていた。
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イヌ
1975年 東京都
寛永15年の事。江戸糀町の常泉寺で他所から来た犬が3匹の子を産んだ。しかし母犬はその内の1匹の面倒をみなかった。ある時住持の夢に母犬が現れ、我は前世遊女であり、ある男との間に2人の子を産んだ。先妻の継子も1人いたが、運悪く自分も3人の子も死んだ。しかし思いもよらず自分も犬に産まれ、3人とも自分の子犬に産まれ変わった。継子の父は未だ存命で、きっとここに来て子犬を乞い求めると告げた。やがて男が来て、母犬が面倒を見なかった子犬を求めたので、住持はその子犬を男に与えた。
類似事例

オボ
1964年 福島県
赤ん坊をうめないまま死んだ妊婦が墓の中で赤ん坊を産み、その死霊が育てた赤ん坊をおぼという。通りがかりの人に抱いてとたのむが、ふつうに抱いてはならない。
類似事例

テング,カミサマノキ
1988年 富山県
家を建てるときに屋敷にあった木をきったら、それに神様(天狗様)がいて、それ以来その神様がいたずらして子供をヤクセ(意味不詳)にした。
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