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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

テン
1941年 新潟県
寺に無住時代があったかどうかは明らかではないが、兎に角住職の代わりに朝晩の読経をしたことがあるという。

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ユウレイ
1953年 新潟県
早朝に読経していると、新仏の位牌の間を舞う人影が去来し多様に見えたが、なにもなかった。幽霊だと思うと、恐ろしくなったが一心不乱に読経した。その後、幽霊に会っても怖気づかなくなった。
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ユウレイ
1941年 新潟県
寺は元刑場で刑死した罪人を救うために建立されたものである。朝、暗いうちに読経していると青ざめた男が出てきて、後ろで聴聞していた。
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ドッキョウ,ユウレイ
1938年 青森県
寺屋敷と呼ばれ聖別されている地域では夕方や朝に読経が響いたり、夜中に幽霊が出たりする。
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ガン
1962年 石川県
寺は怪異によって代々住職が食われて住職不在となっていた。貞和年中に月庵禅師が泊まったとき、夜中に眼日月のようなものが現れた。禅師はその正体を見破り退治した。
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リュウジョ,リュウオウ,リュウジン
1970年 山形県
昔、方副寺の裏に広漠な沼地があり、竜王が主として住んでいた。住職が毎日読経すると竜神が現れて聴聞した。そこで住職が戒脈を授けると、竜神は喜んで一度池の中に入ってから女神となって現れ、光明不惑の珠と縫い目がない法衣を寺に残して去った。
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ホケキョウ
1975年 京都府
聖護院が仮の内裏として使われて、後に仮殿に渡御した。翌日聖護院の仮の内侍所とした広間の袋棚に、法華経一巻があった。本来は寺院だから、もとはそこに置かれていたのだろうが、先月まで内侍所として使われており、経も除けられていたはずなのに、再びそこにあったのは奇怪なことだ。
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キョウヲヨムモクゾウ
1975年 東京都
本郷元町で御家人の家の持仏堂にある木像が阿弥陀経を読むという。しかし実際には持仏堂の中に巣くっている蜂の羽音であった。
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ロウバ,(シノシラセ)
1944年 山形県
近い頃、正善院に出入りしていた婆さんが病気で寝込んでいた。檀家の婆さんたちが集まったときに病気のはずの婆さんが裏口から入ってきて炊事道具などを片付けはじめた。声をかけるとニッコリ笑ったが、血の気はなく、影のような感じがし、そのまま姿が見えなくなった。すると間もなく婆さんが死んだので枕経を読んでくれという迎えがきたという。
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タヌキ
1974年 千葉県
私法寺(弘法寺?)の日蓮の木像が毎夜読誦すると言って人々が群参していた。住職が怪しく思い木像に法問の奥義を尋ねたが答えなかった。木像を壊そうとしたら後から古狸が逃げ出したので殺した。
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キツネ
1976年 滋賀県
正念寺という一向宗の寺に狐が住んでいた。人の目には見えず、寺を火災から守り、住僧が他出の時には守護してついていくという。ある時住僧の草履に物をのせた者があったが、帰ってから物陰から人語をなして、吾が草履の上にいたのに、物をのせられたと大いに怒った。住僧は、人の目に見えないのだから仕方が無いことであると言ってそれをなだめた。また、狐憑きの事を寺が頼まれた時に、災いをなすのは野狐であると答えた。また、官を進むために金が入用であると、賽銭箱からこぼれた金を集めていた。
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キツネ
1998年 奈良県
昔、寺の裏に竹薮があり、そこに狐が棲んでいた。その狐が、夜になると人間のように鐘を叩き、お勤めをしたという。
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キタキョウガシマ,オキノキョウガシマ
1956年 宮城県
周囲絶壁の島。昔、1人の老僧が島に現れて、読経念仏後、経巻を埋めて去ったという。
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ユウレイ
1983年 新潟県
住職が夜寝ていると、寺によく来るお婆さんが十二単を着て出てきた。電気をつけると消えた。お婆さんが亡くなったと悟った住職は読経をして、行ないすました午前1時ごろ、告げ人がお婆さんの死を知らせに来た。
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(シノシラセ)
1967年 栃木県
1935年頃、寺の住職が一時いなかったときのこと。留守居の人が、死んだ人が知らせをする音をたびたび聞いた。お勝手の戸の開く音がすれば女、玄関で靴や下駄の音がすれば男だという。
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テン
1941年 新潟県
お寺では米びつの米が絶えても滅多に「米が無くなった」などとは言われなかった。言おうものならその晩中にどこからともなく米を運んで来るからであった。
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ユウレイ
1975年
ある寺で夜な夜な幽霊が出て前の句を吟じて泣いたので無住になっていた。ある僧が行ってみるとやはり幽霊が出て前の句を吟じた。僧が後の句を付けたら幽霊は消えて二度と現れなかった。
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テング
1974年 和歌山県
ある雨の日、高野山の金剛三昧院の下人が住職を迎えに来たが雨具を持っていなかった。しかし雨に濡れないので住職が下人に正体を尋ねると、下人は門前の杉と楓に住む天狗であり、「住職の行跡が貴いので仕える。今から寺に火難はない」と言って飛び去った。
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ジゾウ
1973年 東京都
宝暦の末に、浅草寺のほとりにありがた坊と呼ばれた僧がいた。本名は楽心といい、つんぼであった。ある時、地蔵堂の常念仏の役を務めたが、その夜に地蔵尊が「楽心、楽心」と呼ぶ声が初めて聞こえ、また「ありがとうござります」と初めて話したという。それ以来耳も聞こえて、言葉も話せるようになったという。
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ユウレイ
1987年 長野県
玄江院の現住職が先代の住職にきいた幽霊の話。寺男の斧太郎が朝の庭掃除をしている時,寺総代の中宿の甚作様がいつものように白い襟巻をして本堂に入るのを見た。朝食の時,その話を方丈様にすると,甚作様は以前から重病の床についていて,来るわけがないと言う。すると間もなく親戚の者がきて,今朝方甚作が亡くなった事を知らせた。
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チボチノイケ,タタリ
1987年 長野県
佐久町余地のちぼちの池をめぐる話。ちぼちは禅宗で小僧の意。昔,この寺に和尚と小僧がいた。日照りで寺の井戸が涸れたので,和尚は小僧をちぼちの池まで水汲みに行かせた。小僧はその苦しさに耐えかねて池に身を投げ,以後夕方になると池の端に白い坊主のようなものが現れるという噂が立った。また,村の田畑が荒らされるようになり,村人はちぼちの祟りかもしれないと言って恐れた。その頃自成という名僧がこの村を通りがかり,池の辺で金剛経をあげると,池の底から「ありがたいお経を聞いておれも浮かばれる」という声が聞こえた。それ以来化け物は出なくなり,田畑も荒らされなくなった。自成は村人に請われてこの寺の住職となった。
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