ヤノタケ,キジョ 1930年 長野県 戸隠の西谷にある社の周囲は杜があり、箭箆竹と呼ばれるところがある。ここは昔、維茂が鬼女を射た矢を二本土に立てて、そこから根が生えてきた所だと言われている。竹の産地ではあるが、領主がみだりに竹を切ることを禁じていた。
類似事例 |
|
ヘビガミ,サルガミ,イヌガミ 1922年 昔源三位頼政が紫宸殿で射落とした鵺という、頭は猿、足は犬、尾は蛇に似た怪獣を切って攝津の川尻に投げ込んだ。それが海を漂い頭は讃岐に、手足は阿波・土佐に、尻尾は伊予に着いた。その祟りで伊予には蛇神、讃岐には猿神、阿波・土佐には犬神がいるという。また一説には犬神の起りはある残忍な人が犬を柱に縛り付け、その目の前に食べ物を置き、悶えて餓死させ、その犬の妄執が残忍な人に乗り移って子孫代々犬神になり、他人を悩ますという。
類似事例 |
|
ヤ 1930年 全国各地 土に箭を立てておくと、そこから芽が出て、竹となるという伝説がいろいろなところにある。
類似事例 |
|
ヌエ,ダイジャ,ヤ 1930年 愛媛県 源頼政の母は大蛇であって、息子に手柄を立てさせたくて、鵺に化けて現れた。そうして頼政に射らせた。その時の箭があり、毎年二本ずつそろった矢竹を生やす。
類似事例 |
|
ケチョウ,ヌエ 1976年 源頼政の射った怪鳥を鵺という。夜鳴く鳥の事とも言われ、雉のような形で白い翼と黄色い足を持つともいう。昼は山に隠れて夜飛ぶ。頭は猿で体は虎、尾は蛇で足は狸である。東宮がこれの為苦しんだ時、頼政が射芸で解決した。
類似事例 |
|
ヘラタケ 1926年 山口県 ある郷士が遊猟の際、あやまって犬を射殺した。発心して弓箭の業を止めたとき、篦竹を折って地に挿したものが矢竹だといわれている。
類似事例 |
|
ヌエイシ 1975年 京都府 かつて御所の上に現れた怪鳥を、源頼政が鳴弦の術で退治した時、その怪鳥が射落とされた場所を鵺池という。そのほとりにある石を鵺石といい、石垣で周りを囲んである。鵺石にさわれば必ず祟りがあるといい、太閤の頃も、この土地を誰かに与えることはなかったという。
類似事例 |
|
イヌガミ 1914年 徳島県 犬神の起源。源頼政が鵺を退治したとき、鵺の体が4つに切れて全国に飛んだ。尾の蛇は備中に落ちてヅイカヅラとなり、頭の猿はさぬきに落ちて猿神となり、胴体の犬は阿波に落ちて犬神筋という神力の源になったといわれている。
類似事例 |
|
ヌエ,サルガミ,ヘビガミ,イヌガミ 1931年 愛媛県 源頼政の母の病が重かった頃、頭は猿、尾は蛇に似た鵺という怪獣が京都の紫宸殿に現れ、頼政が退治を命じられた。仁平3年4月7日、頼政は母から贈られた矢で鵺を射落とした。その夜、母は他界したが、鵺は現れなくなったという。退治された鵺は斬られて摂津の川尻へ流されたが、四国に流れ着いて祟りをなしたとか、頭は讃岐に着き猿神に、尾は伊予で蛇神に、手足は土佐、阿波に着いて犬神になったともいわれる。
類似事例 |
|
ヨウカイ,ヒトミゴクウ,ヤマザル 1915年 茨城県 昔、村に妖怪が住み、毎年村内の誰かの家に白旗が立つと、人身御供として妖怪に娘を差し出さなければならなかった。ある年、庄屋の源兵衛の家に白旗が立ち、娘を差し出すことになったが、源兵衛は領主に訴えた。領主は弓の名手である高倉将監をつかわした。高倉将監が妖怪を射止めたら、その正体は年を経た山猿だった。
類似事例 |
|
クロギツネ 1931年 北海道 昔、松前家が13代道広公の時、尻内山に黒狐がいるという噂が立ち、殿様がその川で裘を作ろうと、家臣にそれを命じた。狐を撃とうとすると暗闇になったが、原谷伴蔵という家臣が「君命だ」というと黒雲は晴れ、黒狐を撃つことができた。この肉を食べた中津源兵衛はやがて聾になり2、3年で死んだ。その後毎夜狐が現れ「皮を返してくれ」と哀願したが、殿様は皮を返さなかったという。
類似事例 |
|
カミ,シラハノヤ,ユメ 1930年 香川県 文明年中に牟礼の土地の領主が、白羽の矢が東方より飛んできて、北の林の中に落ちる夢を見た。これを神のお告げと信じ、その場所を探すと、阿弥陀寺の後方の山中で箭を見つけた。そしてここに社を建て、白羽神社とした。
類似事例 |
|
キツネ 1977年 福島県 鳥羽天皇の時代、シナから来た白い狐が天皇の妾になっていたが、祈祷で正体がばれて那須へ飛んだ。山狩りをして狐を打つと流れた血が黒い大きな石となった。石の上を飛ぶ鳥が落ちて死ぬので、源翁和尚が石を割ると三つに割れて飛んだ。そのうち一つが常在院にある。
類似事例 |
|
ヤマバト,ハチマンダイボサツ 1974年 東京都 寛永13年ころ、徳川家光の弓大将であった松平新五左衛門尉直次に与力すべく、人々がある場所で弓の稽古をしていた。人々は徳川家の氏神である八幡大菩薩が弓矢の守護神だったので、同地に八幡宮を勧請することにした。彼らの願いは叶えられたが、その時山鳩が3羽松の枝にとどまったといい、人々は八幡大菩薩の影向と受け止めたという。また将軍家に若君が生まれたのは、社僧が受けた八幡大菩薩の夢告に少しも違わなかった。他に神前で風流の踊りをしていると、亥の刻あたりに神木の松の梢から、提灯ほどの光るものが出てきて、社の上に落ちた。
類似事例 |
|
ヌエ 1985年 愛媛県 頼政の母は、伊予に篭り菩提を弔っていたが、やがて京の頼政への思いが募り狂乱する。母は竹を切って矢とするよう頼政に送るが、頼政が京で母から送られた矢を用いて鵼を射ると、その夜母は死んだという。
類似事例 |
|
トリ,ヤ 2003年 沖縄県 天正年中、第六代国王尚徳王のとき、鬼界島の征伐があった。王は征伐の途上に水鳥が上空を飛んでいくのを射落とそうとした。矢は命中したが鳥は落ちてこず、矢だけが地に落ちて突き立ったという。
類似事例 |
|
(ヤマドリノタタリ),(フウフノヤマノカミノタタリ) 1984年 山梨県 昔、畑で山鳥をみつけて、鉄砲で1発だけ射ったところ、2羽の山鳥が死んでいた。その山鳥は夫婦の山の神で、射った人は病気になった。その日が1月21日でそれ以来この日は山に入らないようになったという。
類似事例 |
|
イヌガミ,サルガミ,スイカズラ 1917年 徳島県 昔、怪しい獣が大空を飛んでくるのを、武士が弓矢で三段に射切った。その首は犬神になり、胴は猿神になり、尾は吸葛になったという。
類似事例 |
|
オニ 1988年 福岡県 弓祭りの由来は、鎮西八郎為朝が隠ヶ谷河内に住んでいた鬼を射殺した故事である。現在は廃絶している。
類似事例 |
|
オシドリ,フジン 2002年 栃木県 犬伏町下の谷に鴛鴦塚がある。太田二郎左エ門尉式宣という弓術の達人が、鳥獣を射ていた。ある日三毳山で狩をしていたが終日獲物がなく、帰ろうとしている時に阿曽沼の東岸で鴛鴦を見つけて射て持ち帰った。その夜熟睡していると忽然として戸外に声がして、妙齢の婦人が歌を詠み、号泣した。3、4回それが続いたので一喝し戸を開けると一羽の鳥が飛び去った。不審に重い夜が明けてから鴛を射たところに行ってみると、鴛が菰の茎を咥えて死んでいた。式宣は悔悟して、自ら塚を築いて鴛を併せて埋葬し、入道した。
類似事例 |
|