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検索対象事例

ホウソウノカミ
2001年 沖縄県
疱瘡口説によると、童女がワンの原で果報ガサ(軽い疱瘡)を祈る。そこへヤマトから美しい船が来る。船員にヤマトの果報瘡(同前)の様子はいかがかと問うと、ヤマトの果報瘡は綺麗だと答えた。皆は喜び疱瘡の神をもてなすために首里の御獄に書院(家)を造って迎え、歌三味線で楽しませて一粒だけの軽い疱瘡を願う。

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ダルマ,ツク,タイグルマ,セキハン,ホウソウ
1935年 東京都
嬰児が疱瘡にかかると、張子の達磨や木兎、鯛車などを枕元に飾る。方法はさん俵を敷き、その上に達磨や木兎を祀る。そして幣帛を立てたり赤飯を供えたりして、疱瘡の治ることを祈る。半月経つと疱瘡も峠を過ぎたものとして供えた赤飯から3粒をとって紙に包み、三つ辻の角へ持っていって捨てる。この赤飯をまだ疱瘡の終わっていない子供を持つ母親が見ると持って帰って子に食べさせる。そうすると疱瘡が軽く済んだ小児にあやかることができるという。
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レイケン,キズイ
1977年 大阪府
江戸巣鴨砂利場のある御家人の家に疱瘡お守りが伝わっている。元和元年12月晦日に摂津住吉に住んでいた御家人の先祖の家に一人の美童が来て宿を乞うた。童は疱瘡神でお礼に疱瘡除けの守りをくれたという由緒がある。
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アンバサマ
1939年 千葉県,茨城県
家に疱瘡子ができると、村の神主に頼んであんば様を祭ってもらったという。神主は赤い幣束を切り、それをサンダラボッチに刺して病人の枕元においた。そして、祭ってから12日目に『ムナガシ』と言って、サンダラボッチに刺した幣束をそのまま川へ流し、12日田へば熱が下がり、癒えると信じられていた。
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ホウソウニナッタトキノジュホウ
2000年 富山県
疱瘡になったとき、周囲に赤紙で作った人形と旗を並べる。中央には赤御幣を立てたサンダワラ。菓子や果物を供えた。
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ホウソウカミサマ
1955年 静岡県
疱瘡が流行ると疱瘡棚を作って疱瘡神を祀り、川に流す。
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ホウソウ,ケダモノ
1974年 新潟県
越後国のある森に、疱瘡の宮という小祠がある。四方が羽目板になっており、ところどころに穴が開いている。その穴に鼬のような小獣が出入りするが、近隣の村の作物などを荒らしはせず、また数も増減しなかった。しかし世間に疱瘡が流行すればこの獣は姿を見せず、疱瘡が止めばまた姿を現すという。
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フクタロウ,カワタロウ
1935年 神奈川県
相州金澤村の漁村、重右衛門の家に持ち伝わる箱に、水難疱瘡の守り神と記してあり、家の中に祭ってあった。享和15年5月15日夜に重右衛門の妹の夢の中に童子が来て、私はこの家に久しく祭られるが、未だによく知るものがいないので、一社を建ててくれ。そうすれば水難疱瘡麻疹の守り神として擁護するといった。妹はそれを親類に告げ、箱の中を見ると異形のものがいた。面は猿のようで四肢に水かきがあり、頭には凹んだところがあった。それを福太郎と称した。その後他の家に出したがそこでも夢告があり、水神と勧請した。またさまざまな霊験があったという。
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ホウソウガミ,ササラサンパチ
1935年 福岡県
名護屋山三郎の家来に、佐々良三八という美男がいた。ある時路上で1人の男が多くの犬に囲まれて弱っているのを助けた。この男が疱瘡神で、お礼にあなたの名前の出ている家には決して這い入りませんと誓った。だから、7穴のあわび貝に「佐々良三八様御宿」と書いておけば、疱瘡にかからない。
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ホウソウガミ
1992年 福井県
4、5代前、本家の女の子が疱瘡を患って死んだ。それでしばらく疱瘡神を祀らなかったが、ある夜夢の中で、烏帽子に直垂を来た神が現れ、「あれはもらい子だった。どうかこれからも祀ってくれ」という。それで再び祀るようになったとも伝えられる。
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ホウソウガミ
1957年 東京県
恩方村での聞き取りによれば、本疱瘡に罹った男が高熱を出し、寝床で薄目を開けていると、枕元に娘がかしこまっていたという。その娘は疱瘡神さんであったという。女の場合は、男の疱瘡神が枕元にかしこまっているという。
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カミ
1930年 熊本県
サクラゴサマと呼ばれるサクラの木がある。疱瘡に対して霊験あらたかであり、祈願をすると葉がブツブツになる。
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(ホウソウジン)
1980年 岡山県
備藩の野崎弥助の次男が幼く、まだ疱瘡に罹っていなかった頃、岡山で痘が流行していた。ある日乞食の老婆が門前に立ち、妻が銭を施したところ、自分は疱瘡神だが次男の疱瘡を軽くしようという。次男は翌日に熱を発したものの軽かった。但し自分の家で調理したものは一切食べなかった。
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コモチノホウソウガミ
1957年 東京都
昔、元八王子から嫁に来た人が本疱瘡にかかった。そのとき、子持ちの疱瘡神がいつでも枕もとにかしこまっていたという。
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(エキジン)
1980年
推古天皇の頃、日本が不作だったので三韓から穀物を調進してきた際、その船中にどこのものか分からない3人の少年がいた。彼らは疱瘡を患っていた。日本の人々が問うと、自分らは疫神で疱瘡を司っており、いま日本に渡ってきたという。そして祠を建てて畠芋を供えろと言って消えたという。それ以後日本で疱瘡が蔓延したという。
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ホウソウヨケ
1940年 岩手県
陸中水澤の俗信。「ほうそうの宿はと問えば後はなしほころぶ梅の二つ三つ四つ」と唱え、これを朱で書いたものを逆さに貼ると疱瘡除けになる。
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ヤクジン
1976年
推古天皇の34年、日本で米穀が実らず三韓より取り寄せた。その船に3人の疱瘡患者が乗っており、それぞれ老人・婦人・僧が付き添っていた。どこの者かと問うと、我々は疱瘡神だと答えた。同年、初めて日本で疱瘡患者が出た。
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ライジン
1982年 東京都
疱瘡にかかる前の小児は、毎月8日の朝五つ前までに、江戸の浅草寺雷神門に行って雷神の股を潜らせると、疱瘡には必ず瘡難は軽くなるという。
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ホウソウノカミ,アマザケババ
1940年 青森県
疱瘡の神の姿は赤い頭巾と赤い着物を来た子供の姿である。甘酒婆の問いかけに答えると病気になる。杉の葉を吊るすことでそれを防ぐことができる。
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ヤクジン
1974年
推古天皇34年に、日本は米が実らなかったので三韓から米を調貢させた。その船の中に疱瘡を患った人が3人おり、それぞれ老人と僧と婦人がつきそっていた。その名を問うと我らは疫神であり、疱瘡という病を司るという。また我らが来たので、この国の民も疱瘡にかかる。我らは畠芋を好むので、我らを祀るならば畠芋を供えよと告げて姿を消したという。
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レイケン,リュウジン
1974年 山口県
周防国三田尻向島で、岩が海に張り出し龍の口のようになっている竜山は、口の部分をくぐると疱瘡が軽くなるといわれ、また夏に竜灯を見た人もいる。海が荒れた時経巻を投げ入れ、亀が現れそれをくわえ海に沈めばおさまるという。
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