国際日本文化研究センター トップページ
怪異・妖怪伝承データベース
データベース検索ページ 更新情報 お知らせ 怪異・妖怪とは データベース検索 異界の杜 製作者
データベース検索ページ

検索対象事例

ガワッパサマ,カッパ
1949年 鹿児島県
河童は、春の彼岸には南から北へ、秋の彼岸には北から南へ移動すると言われている。ヒュウヒュウという音が聞こえると話しを止めて、今「がわっぱ様」がお通りなされる、と言って謹んで聞く。

類似事例(機械学習検索)

カッパ
1914年 鹿児島県
春の彼岸の頃、雨のそぼ降る夜にヒョウヒョウと鳴く声がする。水から上がって山に登る河童の声だという。秋の彼岸の頃に、また鳴き声がし、河童が山から里に下るのだと言っている。
類似事例

カッパ
1929年 大分県
春と秋の彼岸になると、雨の降る夜にヒュウヒュウと声をたてて水路に沿って通るものがある。通った後には赤子の足跡のようなものがある。これは河童が山と川を往来するのだと言われている。
類似事例

カッパ
1930年 宮崎県 鹿児島県
河童は梅雨時に山の方からひょうひょろと鳴きながら川へおりていき、稲の刈り上げ時に、また鳴きながら川から山へあがっていく。山と川を往来するのは春と秋の彼岸だという所もある。
類似事例

カッパ
1989年 鹿児島県
年に2回、お彼岸のころに朝早く山から川筋を通って「ピーヒョロー」という河童の声が聞こえてきた。河童は夏に川へおりて冬は山へもどるという。
類似事例

カッパ,ヤマワロ
1953年 福岡県
河童は春から秋にヒョイヒョイと啼いて歩き、子供の足跡のようなものが残る。冬は川から出て山に登り、川の水が澄む。山に登った河童は山ワロになり、クモを捕って食う。
類似事例

ガラッパ
1954年 鹿児島県
河童のことをガラッパという。ヒョウヒョウという鳴き声をあげながら、1年に2回、春と秋の彼岸の頃に山と海のあいだを川に沿って往来する。春の彼岸の頃の西風の夜に海へ下り、秋には山へ登ってゆくという。
類似事例

カッパ
1985年 熊本県
河童は秋彼岸に山へ登り、春彼岸に川へ下る。
類似事例

カッパ,セコ
1976年 大分県
海や川にいるものを河童といい、山にいるものをセコという。春の彼岸から秋の彼岸までは川にいて、秋の彼岸から春の彼岸までは山にいるという。彼岸から彼岸までの間、家の前をギャーギャーと言いながら通ったという。
類似事例

ガワラ,ガワロ,ヒョウボウ
1928年 宮崎県
河童をガワラ、ガワロ、ヒョウボウという。秋になるとヒヨリヒヨリと鳴きながら山に入る。これを遮るとその人に祟る。
類似事例

ヤマワロ,カッパ
1985年 熊本県
山童が春彼岸に川に入り河童になり、秋彼岸に山へのぼる。
類似事例

カッパ
1970年 熊本県
春秋の彼岸に川祭をする。春の彼岸は河童が川に下りてくる日にあたり、秋の彼岸は河童が山に帰る日にあたる。河童は川を守り、川で水泳や水仕事をする、女子供を守ってくれる神だから祭ると言う。
類似事例

カッパ,セコ
1986年 大分県
一部県南地方以外では,河童は秋に山に登ってセコ(山童)となり,春には川に下って河童になる。
類似事例

ヤマワラ,カッパ
1986年 大分県
山童はヤマワラ・ヤマアロ・セコなどと呼ばれる。多くの地域では,秋の彼岸に山に登り春の彼岸に川に下る河童のことと考えている。
類似事例

ヒョウスンボ
1999年 宮崎県
ひょうすんぼはヒョウヒョウと鳴く。春の彼岸に川に下り、秋の彼岸までいる。秋の彼岸に山に登っていく。
類似事例

ガワロ,ヒョウスンボ,カワンヒト,カッパ
1981年 宮崎県
春の彼岸に山から川に下り、秋の彼岸に山へ上がるという。秋の彼岸から冬にかけて山で野宿すると眠れないぐらい賑やかだと聞く。春の彼岸になると溝や川から悲しいような気味悪い声が聞こえる。近づく時は鼻歌や咳払いをしないと熱病を患うという。
類似事例

ヤマンタロウ,カワンタロウ,カッパ
1949年 熊本県
河童は年に二度、山と川を去来する。山にいるときは山ン太郎、川にいるときは河ン太郎と呼ぶ。
類似事例

セコ
1985年 熊本県
春彼岸に山から降りて来て、秋彼岸に川を伝って山に帰る。
類似事例

ヤマタロ,ガンタロ,カッパ
1949年 奈良県
河童は年に二度、山と川を去来する。山へ移ったものをヤマタロ、川にいる間はガンタロと呼ぶ。
類似事例

カッパ,ヤマ
1916年 宮崎県
山で友を呼ぶ際は必ず名前を呼び、「おーい」とは呼ばない。「おーい」と呼ぶと河童が返事をするという。この地方では、河童は冬は山に棲み、夏は川にいると伝えられている。
類似事例

ガラッパ,カッパ,ヤマワロ
1982年 鹿児島県
終戦当時雑誌『キング』に河童は春分頃に渡来する鴫であり、秋分頃に山へ帰るので川にいる時は河童であり、入山すれば山童と申されている、と記載されていた。
類似事例

国際日本文化研究センター データベースの案内