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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

ボンジ
1930年 山形県
戦国時代に、戦に破れた大将が川で水を呑んでいたら、大きな梵字が流れてきた。不思議に思い呑むと、非常に元気が出て、それから連戦連勝してこの地方を征服した。

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レイスイ
1983年 大阪府
河内国壺井八幡宮の霊水は、奥州合戦の時に源頼義が合掌し、至誠の首を傾けて、弓弰(ゆはず)で岸を穿ったところ、霊水が出てきたという。この水を飲んだ頼義の軍は熱や渇仰が忽ち除かれ、一気に戦勝したという。この水を瓶に入れて持ち帰り、香呂峯に井戸を掘って瓶を埋めたところ、その水は源怨敵降伏の霊水として大切に扱われ、今の世でも飲めば病苦や災難を除かれるという。
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カッパ
1953年 福岡県
酒好きの源平はガワッパ(河童)との角力に負けて徳利をとられ、後日再戦して勝ったが、以後川の水が干上がってしまい、人々はガワンドンの祟りだと祭りをし、源平追放も誓うと再び水が戻った。
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(カッパ),トウ
1982年 神奈川県
相州大川道西久保という所に小さい川があり、その川で河童が馬を引き込もうとしたところ、大勢で河童を打ち殺そうとした。その時にある百姓が河童を貰い助けたところ、夜に河童が礼にやってきて、陶器に酒を入れ、鱸を2匹持ってきた。鎌倉時代のことだという。この河童は雌雄いて、一匹は鎌倉に住み、一匹はこの角村に住んで文通をしているという。この陶の酒を呑む時、少しだけ酒を残しておくとまた酒が増えて、万年も絶える事がないと河童は言った。ある時酒を飲み干したので、それからは一滴も出なくなった。
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スズキ,クマノノカミ
1975年
戦国の世、鈴木氏の人が戦に敗れ、戦場を落ちていったとき、川に阻まれて渡る事ができなかった。すると大きな鱸が川から出て来てきた。それは熊野の神が示したものと信じ、川に飛び込んだところ、誰一人流されずに渡る事ができたという。その後、姓を鱸に変えた。
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ヤマトタケル,タイギョ,ドウジ
1940年 香川県
日本武尊が大魚を退治したが、従者がことごとく魚の毒気にやられてしまった。すると、1人の童子が現われて持っていた清水を皆に与え、それで全員が蘇生した。
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ガラッパ
1982年 鹿児島県
昔ある人が田からの帰り、淋しい川辺でたくさんの河童が相撲をしているのを見た。見つかって相撲を挑まれたので、倒立できたら相撲をしようといった。河童は倒立して頭の水を失い力がなくなったので相撲に勝てた。
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オグリハンガン
1935年 三重県
小栗判官という武士が、宴席で謀略により毒を飲まされ、その為に餓鬼のような姿になってしまったが、薬師如来の霊夢を見て、お告げに従い湯の峰温泉につかり全快した。
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コウボウダシ,ワキミズ
1948年 兵庫県
この村は昔は水がでなく、もらい水をして生活していた。あるとき、みすぼらしい旅人が水をくれと頼んできたとき、その家の女の人は快く茶碗に水をついで飲ませてあげた。それ以来、ここには水が湧くようになり、不自由しなくなったという。この旅人が弘法大師であったと言われている。
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ヤマノカミ,ユメ
1941年 朝鮮
大同郡秋乙美面美林里の病人の夢に、白い着物を着た山神が現れて、一里先の小高い山で最初に目に付いためずらしいものを、食べるものなら食い、飲めるものなら飲めと言った。そこで行ってみると清水があり飲んだ。数日続けると次第に快復した。世間にも官にも知らせ、大kの人がその薬水を汲んでいくようになった。
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カッパ
1931年 広島県
大坊主が相撲を取ろうという。仏壇のご飯を食べてから相撲を取ると、その功徳で大坊主を見事に投げることができ、河童の正体を現した。それから後、川で出来岸する人がいなくなっということである。
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ダイジャ
1934年 京都府
大蛇が、ある寺の和尚を呑み込もうと近づいたところ、和尚の呪文によって動きを封じ込められた。その後、命を助けられた大蛇は恩義を感じ、水不足の土地に豊富な水をもたらした。
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ホウ,カイブツ
1976年 静岡県
徳川家康が駿河にいた頃、ある朝庭に肉人とでもいうべき小児くらいの大きさのものが現れた。遠くに追いやったが、ある人が言うにはそれは封(ほう)というもので、食べれば多力武勇になるという。
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(カワタロウ)
1980年
川太郎は相撲好きで、人を見ると招いて相撲をとろうとする。ただし頭に水がなくなると力尽きて倒れてしまうが、水があると力は勇士の何倍にもなり、相手の腕を上手にすりぬけて勝つという。
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イワシミズハチマングウ
1983年
奥州合戦の時に、源頼義軍は水に渇し士卒が大いに苦しんでいた。その時頼義が石清水八幡宮を拝し、岩を突いたところ、清水が湧出したという。
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アマゴヒワカ
1975年 広島県
備前国の水野義風という武士が、主人に命じられ雨乞いの歌を詠んだ。百姓は喜んでこれを持ち帰り、産土神に供えて効験を得たという。それから今に至るまで、日照りの時にこの歌を出して祈ると、必ず雨が降るという。
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ハチメンダイオウ,(ユメノオツゲ)
1990年 長野県
八面大王を征伐しにきた坂上田村麻呂将軍はそれを攻めあぐね、牧の満願寺の観音堂で一心に祈った。満願の夜、観音様が夢に現れて、「甲子の年、甲子の月、子の刻に産まれた男子が三三ふしの山鳥の尾を矢にすればきっと退治できる」と告げた。将軍は山鳥の尾を探すよう、国中に命令した。
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アミダブツ,オニ
2002年 大分県
豊後の国高田の水川というところの男が、中風になり、足も萎えてきて大小便も居ながらにするようになり、誰も寄り付かなくなった。3年になった時、夢に鬼が2人出てきて連れて行こうとするので、阿弥陀仏を一心に念じると阿弥陀仏が光を放ってやって来た。さらに念じると、男の胸に光をさしかけなさった。鬼たちは「この男は高家の者だ」といって失せた。その後この男は立てるようになった。
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リュウ
1967年 茨城県
八幡太郎義家が山に登り授かった剣で、大石を割ったところ片方がわずかに残り、義家は「吾がことなれり」と言った。そして戦で大勝利を収めた。近くの池には龍がおり、日照りが続くと新しい杭を削って池に立て、少しの水をもらって帰ると、たちまち大雨が降る。
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レイム
1975年
徳川有親という武将が、息子と2人、合戦に敗れ落ち延びていた。自害の志を固めて御守本尊の宇賀神に祈った所、夢に僧が現れて鼠色の衣を授け、この場を立ち退いて生き延びるよう告げた。目覚めた有親は宇賀神の加護だと感じ、近くの寺で出家した所、上人から鼠色の衣を授けられた。不思議なことだ。
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ヤノネミズ
1967年 福島県
坂上田村麿が東征の時、矢の根をもって岩をうがち、飲んだ水だといわれている。
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