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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

コウシン
1960年 広島県
庚申さんは継母にひどくいじめられ、食事も満足にさせられていなかった。ある時仏さんに備えてあったぼた餅を食べたことを責められ、金仏さんが食べたと言いのがれると、本当に金仏さんがぼた餅を食べた。

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コウシンサン
1960年 愛媛県
庚申さんは継母に御飯を食べさせてもらえず、つまみ食いをした。それを見つかり、豆飯を一杯食べさせられて山で焼き殺されそうになったが、雨が降ってきて火は消え、殺されなかった。
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ニチレンショウニン
1972年 長崎県
北条時宗に日蓮宗の布教を止められたが止めなかったので、日蓮上人が処刑場に連れて行かれるときにある老婆がぼた餅を持ってきたが上人は帰りに食べると言った。処刑されるとき雷が鳴り刀が3つに折れ、処刑されなかった。上人は帰りにぼた餅を食ったので、これを首つき餅という。またはぼた餅を食ったので首を切られなかったともぼた餅を持っていったので雷がひどくなって刀が折れたともいう。
類似事例

コウシンサン,ニンギョ
1960年 山形県
庚申さんの師匠が庚申の晩に、海中の人魚のような魚を庚申さん達に御馳走した。皆気味悪がったが、庚申さんが一番に食べたので師匠は一番よい弟子だと感じたという。
類似事例

コウシン,フケツノカイ
1960年 秋田県
庚申さんが信心深い3人の元にやってきて、フケツノ貝を食べさせる約束をした。言いつけを破って2人が料理するところを覗くととても汚かったので食べなかった、1人は食べたところいつまでも年をとらず童顔だったという。
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ニンギョ,コウシン
1960年 宮崎県
庚申さんが宿をする順番になって皆その家に行った際、台所をのぞくと人魚魚(にんぎゃいお)を料理していたが人々は赤坊だと思って驚き帰った。1人だけは食べたので長生きしたという。
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キツネ
1984年 山梨県
狐に化かされて、馬糞をぼた餅だといって食べさせられたりした。
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ニンギョ
1960年 大分県
成仏の人々は縁あって、田原村の人を同じ庚申のお座に入れていたが、田原村の人の家で料理に赤ん坊を出され、一同は帰ってしまい、その人を座からはずした。赤ん坊は実は人魚だったが、一同には分からなかった。
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オタイシサマ
1990年 長野県
オーデシコという日があり、ごちそうになれるが死ぬまで食べさせられる人もいた。1人責め殺すとその年は豊作だといい、小さな女の子まで犠牲になった。ある時、乞食坊主が来た。いくら持ってきても皆食べてしまうので、「もうあげるものがない」と謝ると「ごちそうになった」とどこかへ行った。今年は凶作だと頭を抱えたが、翌朝調べると、食べ差しのうどんが裏の畑に山積みになっていた。誰からともなくあれは大師様で、行事のやりすぎをとがめに来たのだということになり、責め殺すことを止めたという。
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コウボウダイシ
2000年 香川県
昔、年の瀬に餅をついているところに修行僧が訪れ、餅を乞い願ったが、「これはもちではなくて団子だ」と断られた。修行僧は去ったが、ついていた餅は団子になってしまった。その後、暮れに餅をついても団子になってしまうようになった。修行僧は弘法大師に違いないと考えられた。
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カミサマ,コウシンサン
1960年 青森県
ある時、長者が貧乏人の庚申信者に自身も答えを知らない謎をかけた。貧乏人が夜も一心に考えていると、神様が次々と答えを教えてくれた。そのことを長者に伝えると長者は驚き、庚申さんに叱られて猿になってしまった。
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(ゾクシン)
1976年 京都府
庚申さんに関する俗信。庚申さんは風邪の神様であるという。子供のはしかが治ると、藁におにぎりを包んで、お礼参りに行くという。
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テング
1928年 大分県
吉五という、よく天狗をだます男がいた。ある日、天狗に何が一番嫌いかを聞かれた吉五は、ぼた餅が一番嫌いだと答えた。翌日、吉五が家に帰ると、窓からぼた餅が大量に降ってきたので、吉五はたくさん食べることができた。
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ヒル
1981年 和歌山県
弘法大師が回ってきて餅を乞うたが、そこの人は「餅をやるから口をあけろ」と言って弘法大師の口の中に火を投げ込んだ。以来そこでは正月に餅を搗くと蛭が出てくるといって、餅を搗かない。
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(ゾクシン)
1974年 滋賀県
庚申さんに関する俗信。庚申さんは風邪の神であるので、祀ると風邪を引かないという。また、12人の子供が居るので、庚申の日には12個の小さなおはぎを作って、その上に大きなおはぎを乗せて供えるという、など。
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(ニンギョ),ハッピャクビクニ
1982年 群馬県
庚申様が自分で庚申講をして人を呼んだ。そのときに頭が人間で体が魚のご馳走を出した。みな驚いて逃げたが、1人つかまって着物のカタシリハショリに魚の切り身を放り込まれた。この人が八百比丘尼で、その後大変長生きをした。
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ハッピャクビクニ
1995年 愛知県
庚申講のお祭りでおがせという国に行ったら、人間の裸みたいなのを料理していたので、食べずに帰ったが、竹皮にその肉を包んで土産に持たされた。家に帰って一息ついているときに、娘の1人がその肉を食ってしまった。その娘はいつまでも年を取らず、橋爪の満願寺で800歳まで生きて、八百比丘尼と呼ばれた。万願寺には八百比丘尼の七つ椿が残っている。八百比丘尼は五郎丸という帆船で幅下の港からあちこちに行ったという。
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カネクズ,クソクズ,イシガメ
1934年 大分県
昔々、好い爺様と婆様がいた。正月の餅をつこうと思ったが米がない。そのとき、1匹の物を言う金くづ(くづは石亀のこと)がいて、庄屋さんにこれを見せ、褒美に餅米をもらった。隣の悪い爺様がこれを真似したところ糞くづは何も言わなかったので、悪い爺様は庄屋さんにぶち廻されて泣いて帰った。
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ショウガツサマ,ダイシサマ
1982年 新潟県
天竺から降りてきた正月様が、大師講をすませて帰る大師様とあって、大師様は屑米の団子であるチジュダンゴまで食べてきたのに、正月様はなんのなんの、別のご馳走が山程あると言い返し、別れた。
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アヤシキウリ
1976年 京都府
御堂関白が物忌みの時、解脱寺の僧正観修、陰陽師清明、医師忠明、武士義家朝臣が傍らに侍っていた。5月1日、南都から瓜の献上があったが、物忌み中であるからと清明に占わせた。すると1つの瓜に毒があるという。僧正が念誦加持したら瓜が動き出した。忠明が瓜に針を2本刺すと瓜は止まり、義家が刀で瓜を割ったら中に小さな蛇がいて、両目に針が刺さり首が切れていた。
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ヤマノババ
1933年 岩手県
和尚さんに言われて、小僧が山へ薪をとりに行った昼に味噌の入った握り飯を食べるとき、味噌を一粒落としてしまった。帰りに小僧は山の婆に襲われた。小僧は和尚さんからもらったお札の力で寺まで逃げ戻った。寺まできた鬼婆を和尚は一粒の味噌に化けさせ、小僧に食べさせた。婆は味噌が化けたものだった。
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