(ゾクシン) 2001年 沖縄県 人に声を掛けられたら一声ではなく三声で返事をしなければならない。一声だと亡霊だとみなされるからだという。
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アヤシイモノ 2000年 沖縄県 夜に道を背にして立っている人には声をかけてはならない。声をかけられたら数声かけさせてから返事をしなくてはならない。
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マ 1940年 鹿児島県 大隅徳之島の俗信。晩に訪れる者があると、向こうから三度呼んでから返事をしないと、時々魔が来るという。
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ボウレイ 2001年 沖縄県 以前、ある男が夜中に自分の名を呼ぶ声を一声聞いた。これに応じて外に出たところ、亡霊に惑わされて二三日後に死んだ。だから一声の声掛けには応えてはならない。
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シシャノレイ 2000年 沖縄県 夜、死者の霊に名前を呼ばれて外に出た男が惑わされて数日後に死んだ。一声しか聞こえなければ、返事をしてはならない。
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タヌキ,キツネ 1994年 京都府 「山では返事をいっぺんにするな」と言う。呼ばれてすぐ返事をすると、狸や狐・魔のものの神通力に引っ掛かる。誰かが呼んでいるのが聞こえても、初めは聞こえない振りをして聞き逃し、二度目に呼ばれたときに返事をする。狸などは二度と同じようには言わないから、悪戯を見破ることができる。
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アクリョウ 1986年 沖縄県 沖縄の屋敷では唯一の狭い門と遮断壁によって外来のものが様々に分類される。悪霊は遮断壁によって前方に進むことを阻まれる。
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ユウレイ 1931年 沖縄県 夜、口笛を吹くと幽霊が出る。多くは四辻に出現する。石垣に向かっていたり下問のない提灯を持っているのは、幽霊である。夜間名を呼ばれても、三度聞かない内は、返事をしてはいけない。二度までは、幽霊でも呼ぶ力がある。
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クチブエ 1939年 高知県、東京都、宮崎県などでは、「夜、口笛を吹くと蛇が入る」といわれている。播磨と朝鮮半島では、夜、口笛をふくと泥棒が入るといわれており、また沖縄では幽霊が出るといわれている。また、鹿児島県では、坑道で口笛をふくと、坑道がくずれるという。他にもそれに類似した俗信が全国に分布しているという。
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オクリオオカミ 1954年 岡山県 人通りの少ない山裾道を通っていると、後からひたひたと音をさせて尾行する怪獣があると言われ、人々はこれを「送り狼」と呼び、必ずその時は後を振り向いてはならないとされている。
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オオカミ 1940年 大阪府 夜道を歩いていると、後ろから狼が付いて来る事がある。その時、後ろを振り返ると、狼が飛び掛って来て食い殺されてしまうという。また、家の戸口を入ってから後ろを向き、労いの言葉を言うと、狼は黙って帰って行くとされる。
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フネユウレイ 1959年 島根県 船幽霊を見たものはいないが、声をかけられたものは多い。それに対して、こちらから声をかけると必ず死ぬといわれている。
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オニ 1957年 兵庫県 養父郡吉井部落では、暮れになると鬼が人をとりに来るという伝承があり、暮れの挨拶では、鬼に取られずに無事に年を越すという意味などを込めた言葉が交わされる。
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カイジ 1933年 和歌山県 死人のことを知らせに行く使者は少し遠方なれば、夜間は一人で行かぬものとし必ず二人以上連れてゆく、もし一人で夜半などゆけば、途中で往々怪事に遭うといわれている。
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ガゴメン,メン 1921年 鹿児島県 子供同士がおどかし会うときに両手を使って鬼面のような面相をして「がご面」が来たという。寝つきの悪い夜には添い寝の母にご面が噛みに来るから早く寝よといわれた。鹿児島では一見恐怖を生ずるような面相をした妖怪の類をすべて面という。漠然と子供をおどす時には「面どん」が来るという。
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タイカツスルモノ,インセキ 1916年 東京都 夜に通ると、後ろから話し声が聞こえてきて、やがて耳元に近づき、ワッと大喝するものがある。姿も何も見えないが、これに会ったという者が数名いる。
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ドッキョウ,ユウレイ 1938年 青森県 寺屋敷と呼ばれ聖別されている地域では夕方や朝に読経が響いたり、夜中に幽霊が出たりする。
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ハマユウレイ 1952年 石川県 夜、磯釣りや漁をしているとき、誰もいないにも関わらず、「オーイ、オーイ」という呼び声が聞こえる。人々はこれを浜幽霊(ハマユウレイ)だとするが、正体は実のところアシカの鳴き声である。
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イチクレ 1956年 妖怪や幽霊が姿を現す時刻。主として日中と夜分の境、一日の残照が山の端に消えかかり、空はほの明るく地上はほの昏い、明暗の交錯した妖しいたそがれ時であるという。このひとときは、地上の物象の姿が茫と浮き上がったようにはっきり見定められず、視覚からくる不安定は心の不安をも伴うためか、昔から「逢魔が時」といわれ、諸々のあやしげなものどもがはびこり、歩き回る時刻として恐れられていた。この時刻に淋しい路で人が行きあった場合、知る、知らぬに拘らず、お互いの警戒心をなくすために、挨拶を交わすのが仕切りとされていた。
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タッチャエモト 1956年 妖怪や幽霊が姿を現す時刻。主として日中と夜分の境、一日の残照が山の端に消えかかり、空はほの明るく地上はほの昏い、明暗の交錯した妖しいたそがれ時であるという。このひとときは、地上の物象の姿が茫と浮き上がったようにはっきり見定められず、視覚からくる不安定は心の不安をも伴うためか、昔から「逢魔が時」といわれ、諸々のあやしげなものどもがはびこり、歩き回る時刻として恐れられていた。この時刻に淋しい路で人が行きあった場合、知る、知らぬに拘らず、お互いの警戒心をなくすために、挨拶を交わすのが仕切りとされていた。
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