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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

カイ,ヨウカイ
1976年
延宝年中東武に空観という僧がいて怪異をなすことを得意としたが、それも術を知っていただけのことである。

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カイイ
1976年
僧や巫者で怪異をなす者は、その法力によりなすのではなく術によってなすものである。術とは狐穴に犀角を置けば狐が帰ってこなくなるなどといったもので、太平御覧に様々な例が記載されている。
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ジュツシ,キジュツ,ジャホウ
1974年
元亀・天正の頃、杲心居士という術士がいて怪しい術を行った。最近も宝暦のころ生田某というものが京都で奇術を行ったという。後に関東に行き不吉な死を遂げたという。
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カシン
1979年
果心という者は元亀・天正の頃、あやしい術を使って人々を驚かせた。
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シニン,シカバネ,ケショウ,テング
2000年
高慢な僧が日暮れの道中で死人の腹を踏んで怪異の原因を確かめる。また寺の門前の大木に縛り付けておいた屍が夜中動き出したのを見て、僧は太刀を抜き腕を切り落とす。翌朝老女に変じた化生が腕を取り返しに来る。結局異変すべてが僧の思い上がりを懲らしめようとした天狗の所業であり、それ以来その坊主は臆病になってしまった。
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〔ジャジュツ〕
1975年
既に死んだ見知らぬ人の魂を迎え鏡に映して描いたり、画図の風景が昼夜で変わったり、鳥を描けば庭の鳥の群れを呼び、描いた仏像が光を放ちそこから舎利が生じたなど、画にまつわる不思議は画紀にも僧伝にも記されている。皆、画の巧妙によるものではなく、邪術の類だろう。
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テング
1935年 群馬県
龍華院弥勒寺(釈迦山)に、昔一人目立って利発な小僧がいた。当時の上人は般若湯が好きで信州から取り寄せてたしなんでいた。ある日その小僧に使いを命じると、その夜のうちに帰山した。その時は気にしなかったが、度重なるうちに様子を見れば見るほど合点が行かぬ事が多くなり、結局天狗の化身と分かった。
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ジゾウ
1973年 東京都
宝暦の末に、浅草寺のほとりにありがた坊と呼ばれた僧がいた。本名は楽心といい、つんぼであった。ある時、地蔵堂の常念仏の役を務めたが、その夜に地蔵尊が「楽心、楽心」と呼ぶ声が初めて聞こえ、また「ありがとうござります」と初めて話したという。それ以来耳も聞こえて、言葉も話せるようになったという。
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イソウ
1982年 福岡県
享保18年春頃、筑紫国天拝山の頂に毎夜火の光が見えるので、太守が怪しんで家臣を見に行かせた。すると1人の僧が五穀豊穣の護摩を修していた。家臣が確認をしに来た事の証拠が欲しいと言うと、僧は梵字に似た字で歌を認め渡した。太守がそれを見て僧を召したので、家臣たちが再び山へ入ると、僧の姿は無く、護摩の跡も無かった。
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ヤコ
1976年
僧が狐の力を借りて不思議をなさんとする事は嘆かわしいことであり、そのような僧は獣以下の存在である。
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ダイホウシ
1974年 鹿児島県
薩州のある人が延宝6年冬の夜道を歩いていると、貝を吹く気配が額に当ってきた。再び当る様子なので、額に刀を構えたら脇にそれた。翌年春亥の刻に座敷にいると、窓から顔が3尺程の大法師が覗いていた。斬りかかったら肩を掴んできた。切っても綿などを切る様だった。「妖者をしとめた」と声を立てたら消えた。
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〔ホテイオショウ〕
1975年 中国
布袋和尚は、経山寺(径山寺)の僧で、寺の規則をみだし、寺を追い出されたところ怪異が起きた。あわてて呼び戻したところ、怪異はおさまったので、絵に描いて寺の鎮護としたという。
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ガン
1962年 石川県
寺は怪異によって代々住職が食われて住職不在となっていた。貞和年中に月庵禅師が泊まったとき、夜中に眼日月のようなものが現れた。禅師はその正体を見破り退治した。
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オニビト
1922年 静岡県
住職が難病で苦しんでいた。膿血を吸い出せば楽になるので、小僧に命じて時々吸わせたところ、小僧は肉の味を覚え、鬼人となって近隣の山に住み、往来の人を捕えて喰うようになった。その後、貞観年中に在原業平が東国に下向した際、地蔵尊に祈念し鬼人を降伏した。
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イジュウ
1974年 京都府
延宝年間のこと、京の南にある吉祥寺村で、吉祥天女のご開帳があるというので、近隣の村々から六斎念仏を行う者が多く集まった。その彼らが打つ鐘や太鼓の音を恐れたのか、怪獣が出てきて、ある百姓の家の縁の下にかけ入った。それを生け捕りにすると、顔は狸に似て、鼻から額まで黒く、うなじは白い。さらに背は黒く、腹は白く、徳利のような丸い尻をしており、尾はなくて前足はモグラのようで、後ろ足は長く犬のような獣だった。餌は串柿だけ食べたという。
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テング
1976年 京都府
貞和の頃、ある僧が仁和寺の六本杉で雨宿りをしていると夜がふけて愛宕、比叡の方から輿に乗ったものが空を飛んできた。乗っていたのは春雅など既に死んだ人であった。死後怨念によって天狗になった人たちだろう。
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クビヅカ
1956年 宮城県
寛文頃(1661~1673),津谷東禅寺住職木陽和尚は学徳が高く尊敬されていたが,無実の罪で訴えられ打首に処せられる。和尚は村の方を睨んで,「もし罪名の如く破戒の罪があれば我が首は地に落ちるが,無実なら首は飛び上がるだろう」と言い残した。刎ねられた首は何処ともなく飛んでいき,その後村に怪異が続いた。食事中血塗れの腕がぶら下がってきたり,夜更けに怪しい呻き声が聞こえたり,針仕事をしている女が後ろ髪を掴まれて引き倒されたりした。1,2年後,日山という托鉢僧が秋の夕方野路を通ると,後ろから自分の名を呼び止める声が聞こえるが姿が見えない。よく見ると一人の僧形の姿があり,「自分は無実の罪によって刑死したが,供養する者もなく,妄執で浮かばれず迷っている。供養してもらいたい」と頼んだ。翌朝その辺りの草叢を調べると,石に噛り付いたままの骸首が見つかった。日山が懇ろに弔ってやると,その後村の怪異は絶えた。村人達も供養碑を建てて厚く祀り,参詣者が絶えなかった。
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テングマツ
1951年 島根県
武五郎という男は神隠しに遭い、一本の杖を携えて帰ってきた。武五郎は空を飛べるようになり、二十年あまり天狗に使えた後隠居したが、天狗との交わりは続き、小判を出すことが出来る杖の力で裕福になった。
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タロウボウ,シンゼイ,オオテング
1974年 京都府
文徳天皇の時、太郎坊(真済)という僧は弘法大師に密教を受け、高雄の峯で修行していた。しかしいつの頃か、染殿后を見た真済は心迷って死んだ。その執心は青い鬼となって染殿后を驚かし、最後には大天狗になったという。その山は軍を守り、火の難から逃してくれるので、皆が崇拝した。
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ザトウ
1922年 東京都
明治5年頃、東京日本橋に留という男がいたが、毎夜妙なものを見るのが常であった。夢うつつの状態の時、何処からともなく雨の降る音が聞こえ、座頭が枕元に座るのである。座頭は何をするというわけでもないが、毎夜出るので気が滅入り、方々に出かけて泊ってみたが、やはり何処でも出る。東京で名高い陰陽道に詳しい人に頼んで祈祷してもらったところ、見えなくなった。
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キツネ,ヤカン
1974年 大阪府
難波の野外に的人という野業仕がおり、裸で腹を出して腹に鉄砲を撃たせるが、誰も当てる事ができなかった。ある日砲術指南の先生一行が通り過ぎた際に、弟子らが師匠に的人を当ててくれと懇願する。師匠は見事に命中させて的人は死んだ。弟子はその奥義を聞いたが、師匠はこの的人は狐を使役する者で、狐は彼の衣服に紛れて幻覚を見せていたのだという。だから自分はその衣服を撃ったという。翌日弾が当たった老狐が見つかったらしい。
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