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検索対象事例

(ビャクゴウカラノヒカリ)
1974年 京都府
洛陽西園寺玉誉和尚は、普段から利他に務め、念仏を怠らなかった。その彼が病気になった時、本堂の中がしきりに光っていたのでのぞいてみると、木造の弥陀仏の白毫から光が放たれ、堂の内外が光に満ちていたという。そして和尚は安らかに死んでいった。

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ユウスウ,ズイウン
1983年 神奈川県
祐崇という僧は、東国を遍歴し、学問に励み、鎌倉の光明寺に住持して多くの者に経文を講じた。その彼が晩年、初冬に十夜念仏を唱えようとし、彼が一番初めに行おうとしたが、一日して少々病気となり、瑞雲がくだったのを見て自分の死を予感したので、威儀を正して念仏を唱えたところ臨終したという。
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アメ
1974年 神奈川県
鎌倉の光明寺に住む檀通和尚が病気の際、弟子の祐天和尚は祈祷堂に籠もって快復を祈ったが何の効果もなかった。そこでさらに念を込めて祈ると、それまで晴れていたのに雨が降ってきたという。
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シンダオトコ
1931年 青森県
古寺の和尚が真夜中に目を覚ますと枕もとにいた男が和尚の顔をじっとみていた。和尚が「死んだのだな。お経を上げてもらいたいのだな」と思い本堂に向かうと男はついてきた。お経を上げている間、十個は座っていたが、お経が終わったときには男の姿は見えなくなっていた。
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イコウ,シャリ,(ヒカリヲハナツネンジュ)
1974年 神奈川県
鎌倉の光明寺に住む檀通和尚が死んだ時、火葬の場では異香がただよい、遺骨はみな舎利になった。また50粒ほどの念珠は光を放ったという。
類似事例

シンダオトコ
1931年 青森県
ある晩、古寺の老和尚が檀家回りからかえると、いつもは出てくる小僧が出てこなかった。経を読む声も聞こえないので小僧の部屋に行くと、小僧は経机に突っ伏して固くなっていた。その前には薄暗い電灯の光の中、1人の男が立っていた。和尚に大声で名前を呼ばれが小僧が顔をあげ、男と顔を合わすと男は消えた。翌朝、その男が死んだという知らせを受けた。
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ヤクシサマ
1989年 長野県
戸倉山頂に薬師があり、老僧が守っていた。ところがこの僧が亡くなったので、お薬師様は寂しくなって杉島の報恩寺のいちょうの木に飛び移った。住職が朝、外に出てみると、イチョウの木から後光がさしてうなっていたので丁重に祀ったという。
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ハクリュウ
1979年 岩手県
柳玄寺の先代の和尚は、若くして住職となったが、期する所があり21日間の断食をした。満願の日に白龍が夢枕に現れ、以後通力を与えることを約束し、また共に与える角が折れる時は命脈の尽きる時であることを告げた。その後和尚は通力によって人々の苦難を救い尊崇を集めたが、60余年後角の折れる日が来て、その3ヶ月後に膳に向かい合掌したまま昇天したという。
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レイコン
1953年 新潟県
寺に碁を打ちに来ていた老人が重病になった。ある晩、寺を徘徊する幽霊の足音が聞こえてきたので、住職はこの老人の死を知った。数10分後その老人が死亡したと知らせにきた。
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シノゼンチョウ
1933年 鹿児島県
知人、殊に幼友達の家の仏様の御堂が明るくなるという。訃報に接すると「そうだったか、昨夜御堂が明るくなった、あれで、あの人もどうやら成仏されたな」という。
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イコウ
1974年 大阪府
摂州住吉の快円比丘の上足である如幻律師は、病気のために大坂上尾町義雲軒という庵で保養していた。すると延宝6年11月15日に阿弥陀仏が現れて、明後日に自分の念願が叶うと告げられた。如幻は喜び、周りの人間にそのことを話したところ、異香が部屋に満ちていたという。その後如幻はお告げどおり17日に死んだという。
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ジゲンホウシ
1994年 千葉県
慈眼法師と弟二人の面倒をみてくれた村人への感謝から、法師は入定して報いようと、鉦を叩いて念仏を唱えて続けて死んだ。その後、村には火災が起きることはなかった。
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ロウバ,(シノシラセ)
1944年 山形県
近い頃、正善院に出入りしていた婆さんが病気で寝込んでいた。檀家の婆さんたちが集まったときに病気のはずの婆さんが裏口から入ってきて炊事道具などを片付けはじめた。声をかけるとニッコリ笑ったが、血の気はなく、影のような感じがし、そのまま姿が見えなくなった。すると間もなく婆さんが死んだので枕経を読んでくれという迎えがきたという。
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レイ
1976年 山形県
羽州米沢の町田弥五四郎という人は、とても信心深く、毎日寺に通い、帰りに住職と話をするのが習慣だった。病床にあっても、その習慣は変わらなかった。しばらくして、彼が昨日死んだという知らせが寺に届いた。住職は彼が昨日も寺に来ていたので不思議に思ったが、常に寝込んでいたと聞いて、彼が霊になって来ていたことを知った。
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イコウ
1974年 徳島県
阿州阿波郡鏡原に住む妙西尼は、父とともにこの地にやってきて乞食念仏を行った。父が死んで2年経った時に自分の死期を悟ったので、西に向かって端座し、念仏を唱えながら臨終した。その時部屋中に異香が立ちこめ近隣にまで漂い、また紫雲がたなびいて五色の花びらが降ってきたという。
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カタメシイアルヘビ
1976年 京都府
一病僧が宇治に安居していたところに、ある日、いつも出入りしている芋売りの男が行ったところ、門から片目盲ある蛇が入っていった。男は何となく恐ろしく思い、近くの家に入った。その時病僧は死んだ。その因縁とは、この僧が某国で醜い眇めの女と馴染んだが、僧はその内女が疎ましくなりその地を去った。しかし、その後も尼になり付きまとった。その後に僧は宇治に来たのだと言うことだった。
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クビヅカ
1956年 宮城県
寛文頃(1661~1673),津谷東禅寺住職木陽和尚は学徳が高く尊敬されていたが,無実の罪で訴えられ打首に処せられる。和尚は村の方を睨んで,「もし罪名の如く破戒の罪があれば我が首は地に落ちるが,無実なら首は飛び上がるだろう」と言い残した。刎ねられた首は何処ともなく飛んでいき,その後村に怪異が続いた。食事中血塗れの腕がぶら下がってきたり,夜更けに怪しい呻き声が聞こえたり,針仕事をしている女が後ろ髪を掴まれて引き倒されたりした。1,2年後,日山という托鉢僧が秋の夕方野路を通ると,後ろから自分の名を呼び止める声が聞こえるが姿が見えない。よく見ると一人の僧形の姿があり,「自分は無実の罪によって刑死したが,供養する者もなく,妄執で浮かばれず迷っている。供養してもらいたい」と頼んだ。翌朝その辺りの草叢を調べると,石に噛り付いたままの骸首が見つかった。日山が懇ろに弔ってやると,その後村の怪異は絶えた。村人達も供養碑を建てて厚く祀り,参詣者が絶えなかった。
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ビャクダン,タイシャクテン
1939年 京都府
金色の光の源を突き止めてみると、そこに芳香並々ならぬ白檀の木があった。ひとりの老翁が現れ、和気清麿に「ここに精舎を建立せよ」と言う。翁が消えると白檀の木は帝釈天の像になっていた。
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メデタキカオリ,シャリ
1974年 滋賀県
江州錦織寺の珂軟和尚が死の直前に知人へ、我が身を火葬にしても一切臭気はないだろうと言った。実際荼毘に付した時には、えもいわれぬめでたい香がして、遺骨もみんな舎利になったという。
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シノシラセ
1979年 長野県
龍淵寺では先代の和尚の頃、檀家の人が死ぬと必ず寺へ知らせがあった。御経の本を保管してある戸棚の音が静かにするか荒々しくするかでその人が苦痛なく死んだか、苦しんだかがわかる。翌朝必ず死亡した家からの使いの人が葬儀の依頼に来るという。
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カジ,(ホウリキ)
1935年 大阪府
寺の蓮池に、唐の芦山、東林寺の火事が映ったので、知誉上人が、念仏を唱えつつ、手桶で水をかけたら日が消えた。しばらくして、東林寺からお礼の使者がきた。
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