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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

バンザン,テング
1956年 宮城県
もとの名取・宮城の郡境にまたがる根張りの広い山。弘法大師は山容を蓮葉にたとえ、霊場にするため九十九谷まで開いたが、天狗に妨げられ一谷を残して紀州に去り、高野山を開いた。慶安3年(1650)慈光不昧禅師雲居和尚が瑞巌寺を引退してここに隠居したときも、天狗どもが和尚の法力をためそうといって和尚の障碍をしたが、この山を根城とした万二万三郎兄弟が和尚のために天狗を追い払った。和尚はこれを徳として、山上に坐禅堂を建てたときに二王護国大権現の号を贈って一山の鎮護とした。

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アマンジャク
1982年 群馬県
弘法大師が霊場を捜して寺を建てる八十八谷を捜したが、アマンジャクが1谷隠してしまい、大師はあきらめて、八十八谷ある高野山に本山を開いた。
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テングサマ
1982年 群馬県
弘法大師が榛名山に住もうとして千谷を作ろうとしたが、天狗様に1谷どうしても隠されてしまい、住めなくなって紀州の高野山に行った。
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コウボウダイシ,サンココンゴウショ,イヌ
1932年 和歌山県
弘法大師が密教相応の霊地を占うため、唐の明州から三鈷金剛杵を投げた。その後帰朝し各地を巡歴していた折、狩場明神の化身なる猟師に出会い霊地を尋ねると、猟師の連れていた犬が大師を導き、高野山に到達した。山上の老松には唐から投げた三鈷金剛杵がかかっていたので、この地に霊場を開いた。
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テングサマ
1982年 群馬県
弘法大師がここに住もうとして、100軒の寺を建てる百谷を捜したが、天狗様が自分の遊び場がなくなると思って1谷隠してしまい、大師は住めなくなって高野山に行った。
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ダイジャ,ダイリュウ
1975年 和歌山県
弘法大師が高野山に霊場を開こうとした時、それ以前から住んでいた大蛇(大竜)を法力で去らせ、大竜は半里ほど後の山に隠れた。笛は竜の吟ずる声なので、笛を吹くと、大竜が自分の友と思って竜が動き出すことにより、高野山では笛を吹く事が禁じられている。
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ミチビキイヌ,コウボウダイシ
1935年 和歌山県
弘法大師が帰朝し弘仁7年密教禅院を開創しようと巡礼中、大和国宇智具にやってきたとき白黒2頭の犬を連れた狩人明神に出会い、地形についてたずねた。狩人は紀州伊都郡の南に霊地があるとして2頭の犬を先頭にして進むと突然丹生都比売神が現れ山上に導いた。その時老松の上に大師が唐から投げた三鈷金剛杵が燦然と輝いていた。大師はその利験を喜び霊場を開いた。導いた犬を伝えて導き犬という。
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タケコマジンジャ
1956年 宮城県
承和2年(835)4月、参議小野篁が国司に任ぜられ多賀国府に下るとき、京の稲荷山の分霊を陸奥に勧請するため長櫃に収めて下った。途中、千貫松のふもとで八声鳴いて白狐が長櫃から飛び出し、武隈の森に走り込む。ここに社を建てよという神の告げとして分霊を祀る。陸奥に下った能因法師が、篁卿の建てた社の所在を竹馬に乗って遊んでいる童子に教えられたというので、寺を開き竹駒寺と称して別当とする。
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テング,コウリンボウ
1995年 和歌山県
高野山には護法天狗高林坊がおり、空海を山上に導いた地主神狩場明神ではないかと言われる。伝説では815(弘仁6年)、狩場明神と会った大師は、明神の使者である黒白二匹の犬に導かれて高野山へたどり着いたという。
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ダイジャ
1982年 群馬県
弘法大師空海上人が第二の高野山を捜して袈裟丸山に登ったが、千谷は見つからなかった。尾根伝いに歩いてさいの河原まできたとき、白い大蛇が大師を呑もうと襲い掛かってきたので、経文を唱えたら大蛇は去った。大師は夢で川の中に仏像があることを知り、村人とともに捜してお祀りした。そのときの庚申様がある大沢寺は、大蛇と戦ったいわれがあるので山号が竜宝山。
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ヤマノテラドウウンジ,ダイジャ,シロキツネ
1956年 宮城県
女とその懸想した男が大蛇となってから500年経た暦応元年(1338)、加州金沢の大乗寺三世明峯素哲禅師が陸奥に弘教し、岩沼竹駒神社の初午に参詣した時、老翁からこの話を聞き、その案内で大菅谷保の藤左衛門の家に泊った。翌未明山ノ寺の南の丘に登って大蛇の棲む寺跡の湖水を見、7日の間祈祷したのち一喝して杖を投ずると2頭の大蛇が現れて逃げ去る。そのとき白狐が飛び出して禅師に感謝し、永く寺の守護を約する。禅師が祈祷した地に寺を建て実相寺という。
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テング
1982年 群馬県
弘法大師が霊場を捜して寺を建てる千谷を捜したが、天狗が1谷隠してしまい、大師は落胆して山頂から袈裟を丸めて投げた。そこが袈裟丸山。
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アマンジャコ
1949年 徳島県
弘法大師があまんじゃこを連れて山に登っていた。あまりに荷物が重いのであまんじゃこはいつも大きな石の上に置いて、休んでいた。ずっとこの様子なので弘法大師は別の山を高野山にすることに決めた。
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ダイシノトク,タイマツ
1975年 大阪府
河内国錦部郡天見村で弘法大師が霊場を開くための参詣をしていて、満願の日にこの村へ立ち寄った時、大師が炬火の木を土にさし、歌を詠んだ。すると、その炬火から根が生え、枝葉が年々茂って、ついには樹齢千年の大樹となったという。これは、大師の徳を現しているものだろう。
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ジゾウボサツ,セイメンコンゴウ
1983年 愛媛県
柿の木部落に地蔵菩薩を信じる兄と青面金剛を信じる弟がいた。弘法大師がやってきて兄弟に感心し、それぞれ仏像を刻んだ。後世、松が鼻に地蔵堂を、松尾坂麓に青面金剛の堂を作った。乱世で失ったが、その後北宇和群広見町深田の庄屋河野勘兵衛通行が松が鼻で石を枕に寝ていると夢地蔵菩薩が現れ、掘り出して供養すれば婦人のお産を安泰にする、と告げたので掘り出して祀った。これが現在の子安地蔵である。その後再び夢のお告げと二匹の猿の導きで松尾坂の青面金剛も掘り出し、お堂を造り祀った。これが現在の庚申堂である。
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コウボウダイシ,アマノジャク
1980年 岐阜県
弘法大師が一夜で寺を建てようとしたが、アマノジャクが夜中に鶏の鳴き声の真似をしたので、大師は双六に材木を、葛山に帽子を、細越に杖を置いていった。それが材木岩、烏帽子岩、杖岩になったという。
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コウボウダイシ,アマノジャク
1980年 岐阜県
弘法大師が一夜で寺を建てようとして、双六に材木を結わえていた。アマノジャクが邪魔するために、後は建てるだけとなったときに鶏を連れてきて鳴かせた。弘法大師は夜が明けたと勘違いして逃げ出した。そのとき葛山に烏帽子を、細越に杖を忘れていったのが烏帽子岩・杖岩になった。
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アキウオオタキ
1956年 宮城県
名取川の全川瀑で、貞観2年(860)、慈覚大師が不動を祀って山寺立石寺奥の院とした。元和9年(1623)山形城主鳥居忠政が山寺の朱印地を犯して寺と抗争したとき、立石寺中興の円海上人が、三七日大滝に参籠して、忠政調伏の呪詛を修した。満願の日、滝壺に投じた藁人形が高さ55メートルの滝を昇ったという。上人は不動堂前に経壇を築いて去る。よって経壇原という。
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リュウトウ
1974年 東京都
寛永5年に弘法大師の霊示があり、永代島にて高野山の両門主をはじめとする東国一派の真言僧が集まって法談が開かれた。また別に弘法大師の御影堂を建てて真言三密の秘講を行ったところ、神前に竜燈があがることがある。
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テング
1982年 群馬県
弘法大師が百谷の霊場を捜して来たが、天狗が自分の遊び場がなくなると思って1谷隠してしまった。
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クルソンザン,コウボウダイシ,コウミョウ
1975年 山口県
弘法大師が長安に行こうとしたとき、船出しようとすると山に光明が見えた。そこで帰って、山を開いたという。
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