ヒヒザル 1970年 鹿児島県 一人娘が部落にいると狒狒猿が娘を食うという。武士が娘の代わりに箱の中に入っていって、これを退治したのだという話が芝居になっている。
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ヒーヒーザル 1983年 三重県 毎年朝起きて屋根に御幣をさされた家は、娘を一人長持ちにいれてヒトメゴクウ(人身御供)にするならわしであった。ヒーヒーザルがこのヒトメゴクウを食うことになっていた。ある年ヒトメゴクウにあたった家の両親と娘に話を聴いた岩見重太郎が身代わりとなり、ヒーヒーザルを斬った。ヒーヒーザルを供養する祭りが行われるようになった。
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ヒヒ 1991年 静岡県 磐田市見付の矢奈比売神社は昔、8月10日の祭りに白羽の矢がたった家の娘を人身御供に求めていた。延慶元年(1308)8月9日、旅の僧が通りかかってそのことを聞き、怪物が「信濃国光前寺のシッペイ太郎に知らせるな」と叫ぶと聞き、シッペイ太郎を借りてきて怪物を退治した。怪物は狒々であった。
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ヒヒ 1986年 秋田県 400年ほど前、仙台から大次郎という落武者が一家を引き連れてやってきた。大次郎の舎弟が妻子を残して猟に出ている間に、狒狒が舎弟の娘を食い殺してしまった。怒った舎弟は大次郎の協力を得て、狒狒を退治した。そして狒狒の死体と落武者の武器を小学校にグランドに埋め、そこに山の神を祭った。
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サル 1985年 新潟県 岩見重太郎が山で野宿をしていたら、優しそうなおばあさんが出てきたが、それは猿の化けたものだった。岩見重太郎はその猿を退治した。
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ロクブ,サル 1937年 兵庫県 狒々に人身御供にされそうになった庄屋の娘を六部が助ける。再び旅に出た六部が狒々の毒により倒れていると、爺さんと婆さんが助けてくれ、地蔵さんにこもるように言われる。その家の息子が戻って爺さんと婆さんを殺し、六部にその罪を着せた。初めに助けられた娘が六部の絵姿の異変によってそれに気づき、打ち首にされそうになった六部を助けた。
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ダイジャ,ヒトミゴクウ 1937年 京都府 河河神社は大昔人身御供の習慣があった。1人の武士が身代わりとして神社へ行ったら1匹の大蛇が襲ってきたので退治した。
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サルカミ 2000年 昔々、白羽の矢が立てられた家が娘を献上することになったが、山伏がたすけてくれることになった。丑三つ時に神社の神様の後ろから化け物が現れた。娘の入った唐櫃の周りを踊りまわり、蓋を開けようとしたとき、山伏が連れてきた犬が放たれ、化け物をかみ殺した。夜が明けて化け物を見ると、年をとった猿であった。
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カイブツ,ヒヒ 2004年 静岡県 磐田市の見付天神の話であるが、毎年、祭りが近づくと白羽の矢が飛んできてそれが突きささった家では娘を人身御供として差し出さなければならない掟であった。白い柩に入れられた娘は得体の知れない怪物に食べられてしまう。延暦年間8月に、旅の僧侶が、怪物の「信濃のシッペイタロウ(悉平太郎)に知らせるな」との言葉を聞き、信濃の赤穂村(現在の駒ヶ根市)の光前寺の犬、シッペイタロウを見つけ出す。シッペイタロウは怪物と戦い、退治した。この怪物の正体は年老いた狒々であったという。磐田ではシッペイタロウだが、駒ヶ根ではハヤタロウ(早太郎)、シップウタロウ(疾風太郎)といい、光前寺境内に犬の墓がある。
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ヒイヒイザル 1993年 三重県 岩見重太郎が結馬を通りかかると、ヒイヒイ猿という猿が娘をさらっていくところだったので、斬り捨てた。猿の頭は比奈知へ、足は赤目集落の新川へ飛び、胴体が黒田に残った。黒田では庚申堂を建てて供養した。猿は「去る」に通じて縁起が悪いから婚礼の行列は新川の橋を通らない。比奈知では今もヒヒマツリという祭りをしていると言う。
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ヨウカイ,ヒトミゴクウ,ヤマザル 1915年 茨城県 昔、村に妖怪が住み、毎年村内の誰かの家に白旗が立つと、人身御供として妖怪に娘を差し出さなければならなかった。ある年、庄屋の源兵衛の家に白旗が立ち、娘を差し出すことになったが、源兵衛は領主に訴えた。領主は弓の名手である高倉将監をつかわした。高倉将監が妖怪を射止めたら、その正体は年を経た山猿だった。
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ムカデ 1982年 群馬県 赤堀では毎年白羽の矢の立った家の娘を小沼へあげていた。あるとき、俵藤太がムカデを退治して、そのことは止んだ。
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オニ 1970年 鳥取県 昔、鬼が出て人を食ったりして暴れていた。鬼が出る雪の晩、若い娘が宿を求めてきたので泊めてやり、鬼の話をしたところ、娘はヒイラギの葉を戸口に打ち付けて豆を撒いた。すると鬼は逃げていった。翌朝、娘はいなくなっていた。神様であったという。
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ダイジャ,ヒトミゴクウ 1931年 大阪府 岩見重太郎が大蛇を退治したという池があり、官女に扮した少女の人身御供の風習が、現在でも奇祭として残っている。
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キツネ 1988年 静岡県 爺さんがきれいな娘を舟に乗せた。爺さんにはその正体がおべんじょという狐であるとわかったため、青松葉をいぶした。狐がもう化かさないと約束したので放してやった。しかし毎晩石を投げるので、ことわりに行った。すると狐が祟って、近くで生まれた子供が3人亡くなった。
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ウジガミ,クロゲノヨウカイ,ヒヒ 1934年 静岡県 氏神の祭日の数日前になると、年頃の娘のいる家に白羽の矢が立ち、人身御供とされた。旅の僧がこれを止めんとして、真夜中に見張っていると、黒毛の妖怪が出てきて「信濃の国の悉平太郎に知らすなよ」と言うのを聞いた。僧は悉平太郎を探し、翌年大犬を一匹伴ってきた。犬は狒々と戦いこれを倒した。
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シロギツネ 1991年 愛知県 新羅三郎義光が年老いた白狐を射止め、その場に埋めて村を去ったあと、村に災いや病が次次と起こる。塚を作ってまつると災難は止まった。
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ダイジャ 1964年 福島県 茂庭の湖に大蛇が住み、人年貢をとった。建久3年の年に、金を集めて生贄の娘を那須野ヶ原に求めた。妹を売った人は斎藤実良の家臣今野図書で、主君の父の一周忌の追善のために妹・猿姫を売った。実良は不審に思い事情を聞いて大蛇退治に出かけた。9月19日に稲荷様からいただいた白羽の矢で大蛇を退治した。実良はその功により、伊達家の客として茂庭を頂き、移り住んだ。
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タヌキ 1932年 兵庫県 蜂須賀家5代の時、洲本町の紺屋町のある家来の1人娘が病気で死んでしまった。ある十五夜の晩、家来夫婦が縁側にいると、死んだ娘が赤手拭を被り庭で踊っていた。妻は喜んだが、夫は妖怪であると思って弓で射た。それと同時に娘の姿は消え、血の跡が残っていた。それを追うと1つの穴があり、中に瀕死の大狸がいた。またその長男は狸を殺してから大酒飲になり、乱行した。
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イタチ 1966年 山形県 部落では弥彦さまに人年貢として年頃の娘を捧げなくてはならなかった。一人娘を捧げることになった家の者が旅の侍に相談した。侍が娘の代わりになって待ち伏せると、神様ではなく化物が現れ、侍が切って退治した。人々が神様と信じていたのは実は鼬の化物だった。
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