ヒヒ 1937年 京都府 昔、毎年村のわら屋根に矢が立つと、その家の娘を白布に包んで桐の箱に納めで河河神社へ供えなければならなかった。実際は狒々が食っていた。岩見重太郎が狒々に酒を飲ませて退治することに成功した。
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ヒイヒイザル 1993年 三重県 岩見重太郎が結馬を通りかかると、ヒイヒイ猿という猿が娘をさらっていくところだったので、斬り捨てた。猿の頭は比奈知へ、足は赤目集落の新川へ飛び、胴体が黒田に残った。黒田では庚申堂を建てて供養した。猿は「去る」に通じて縁起が悪いから婚礼の行列は新川の橋を通らない。比奈知では今もヒヒマツリという祭りをしていると言う。
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ダイジャ,ヒトミゴクウ 1931年 大阪府 岩見重太郎が大蛇を退治したという池があり、官女に扮した少女の人身御供の風習が、現在でも奇祭として残っている。
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カイブツ,ヒヒ 2004年 静岡県 磐田市の見付天神の話であるが、毎年、祭りが近づくと白羽の矢が飛んできてそれが突きささった家では娘を人身御供として差し出さなければならない掟であった。白い柩に入れられた娘は得体の知れない怪物に食べられてしまう。延暦年間8月に、旅の僧侶が、怪物の「信濃のシッペイタロウ(悉平太郎)に知らせるな」との言葉を聞き、信濃の赤穂村(現在の駒ヶ根市)の光前寺の犬、シッペイタロウを見つけ出す。シッペイタロウは怪物と戦い、退治した。この怪物の正体は年老いた狒々であったという。磐田ではシッペイタロウだが、駒ヶ根ではハヤタロウ(早太郎)、シップウタロウ(疾風太郎)といい、光前寺境内に犬の墓がある。
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ヒイヒイザル 1993年 三重県 ヒイヒイ猿という猿が、黒田集落から娘を人身御供に取っていたので、旅の由井小雪が身代わりになった。小雪が神輿に乗って待っていると、松脂と砂で毛を硬くしたヒイヒイ猿が降りてきた。小雪は毛の隙間のある首と足を狙って猿を斬り捨てた。猿の頭は比奈知へ、足はサガラの橋へ飛んだ。猿は「去る」に通じて縁起が悪いから婚礼の行列はサガラの橋を通らない。比奈知では今もヒヒマツリという祭りをしていると言う。
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カイジン,マジョ 1958年 愛媛県 大晦日に若い女性を人身御供にすることがあった。大男が遣ってきて、娘の代わりに猛犬を入れて神前に供えた。猛犬は怪神と戦って両方とも果てた。以来、人身御供はなくなり怪神は魔女であろうといわれ、直後に娘から生まれた石は、大切に神社のご神体として祀った。
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ケモノ 1980年 静岡県 遠州見付の天神さまに、人身御供の風習があった。通りかかった六部がお告げを聞いて、お告げ通りしっぺい太郎という犬を娘の代わりに箱に入れて連れて行く。しっぺい太郎は娘を食べようとやってきた獣をやっつけるものの、傷を追って、観音山まで来たところで息を引き取ってしまった。あるいは、観音山まで来たところで、しっぺい太郎は六部と大木の下で眠っていた。すると突然しっぺい太郎が吠えだし、六部に飛びかかろうとしたので、六部は鉄砲で撃ち殺してしまった。しかし、しっぺい太郎は木の上の大蛇に飛びかかろうとしていただけであったとも言う。
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ヒヒ 1970年 岐阜県 ホコラにヒヒがいて村の娘の人身御供を毎年要求した。悪源太義平は娘になり代わって輿にひそみ、愛用の太刀祖師野丸でヒヒを退治したという。後年、隣村の代官が刀をだまし取ろうとすると屋敷が電光に包まれて揺れたという。
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ヘビ 1968年 愛媛県 木挽の一人娘・お初が死に、女房は泣き暮らしていた。山で蛇の子を見つけ懐かれたので「おはつ」と名をつけて飼っていたが、村人が恐ろしがったので殺すことになった。蛇が夢で娘の生まれ変わりであることと両親を幸せにする代わりにお寺を建てることを頼んだ。蛇が死んだところに寺を建て、おはつを祭った。老夫婦は安気に暮らしたという。
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キツネ 1989年 鳥取県 法勝寺川のシオカラ土手の狐が化かして人の髪を取るので賞金をかけた。賀祥村の若者が行くと、狐が綺麗な娘に化けて蕪を赤ちゃんにして家に入った。若者が「化かされるな」と言って赤ん坊を囲炉裏に投げ込ませ、赤ん坊は焼け死んだ。家の人に追われた若者はお寺に逃げ込み、頭を丸めて詫び、木魚を叩いていた。気がつくと山中で木の根を叩いており、髪も切られていた。狐に化かされていた。
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トミヤ、ヘビ 1956年 宮城県 昔、富谷の長者の娘へ夜な夜な通う美しい若殿があって娘はみもちになる。ある日娘が蛇に呑まれかけている蛙を助けてやると、その蛙が恩返しのため易者に化けて娘を訪ね、「毎夜通ってくる男は蛇だから、今夜来たら着物の裾に針を刺しておけ」と教える。娘は易者に教えられたとおり針を刺し、翌朝糸を手繰ると、近くの山の大杉のゴラ穴に入った。そのとき杉の木にとまっていた1羽の鴻の鳥が穴から蛇を引き出して十切れに噛みちぎって殺した。村の人は祟られないように一切れずつ十の宮を作って祀り、これを十宮と称したのがのちに富谷となった。娘は身重を恥じて川へ身投げして死ぬ。今も娘の名をとってそこをおまさ渕という。
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ヤマイヌ,バケモノ,タヌキ 1990年 長野県 天神宮へ生贄に出された娘をさらった3人の男は、「伊那の早太郎」を恐れていた。これを知った神主は、伊那で早太郎なる人物を探し回った。ところが早太郎とは人間ではなくてある寺の和尚に育てられた山犬であった。事情を話すと早太郎は神主に着いて行って、化け物を退治することになった。祭りの晩、例によって娘が入った箱を見張っていると、得体の知れない化け物が3人やってきて娘をさらおうとした。早太郎は化け物に喰いついたところ、こうのついたたぬきであったという。また早太郎も、そのたぬきにやられ死んでしまった。早太郎は死後、元の寺に祀られたという。
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キツネ 1959年 鳥取県 狐が憑くと岡山の梶波様を迎えに行く。御幣を借り受けてくるのである。梶波様は狼と言われ、不浄を嫌い、道中下には置かず屋内にも入れない。迎えてくると屋外に小祠を設け生き魚を水に泳がせて供える。狐が落ちると再度御幣を梶波様に送り届ける。
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イタチ 1966年 山形県 部落では弥彦さまに人年貢として年頃の娘を捧げなくてはならなかった。一人娘を捧げることになった家の者が旅の侍に相談した。侍が娘の代わりになって待ち伏せると、神様ではなく化物が現れ、侍が切って退治した。人々が神様と信じていたのは実は鼬の化物だった。
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ダイジャ,ヒトミゴクウ 1967年 滋賀県 中村喜平家は祭りの当屋を免除されている。昔この近くの池に大蛇が住んでいて、毎年人身御供を捧げていたが、ある年喜平の娘が出ることになり、母親は三部経を持たせた。やがて大蛇が来たので娘は思わず三部経で大蛇の頭を叩いた。すると大蛇は死んでしまった。村人が喜平の娘に褒美を求めたところ、この神事に出ることをはずしてほしいといったので以後免除された.
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タヌキ,ダイジャ 1966年 静岡県 見附の天神祭では毎年人身御供を出していた。ある時、山伏が天神様のお堂で休んでいて、タヌキが「信州のしっぺい太郎のほかに怖いものはない」と漏らしたのを聞いて、信州へ行ってしっぺ太郎を借りてきた。途中で山伏としっぺ太郎が休んだ所をしっぺ野、そこの3軒の家の屋号もしっぺという。山伏と犬は人身御供の箱に入って、タヌキを退治した。その帰り、あたごの観音で休んでいるとしっぺ太郎が山伏にかかってきたので殺してしまった。しかししっぺ太郎は潜んでいた大蛇の首に食いついたのだった。
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タヌキ 1928年 山形県 祭りのときに、金持ちの娘を人身御供に上げる村があった。あるとき六部がこの村の社に入ると、6尺もある大入道が「丹波の国の和犬(メツケイヌ)に、ちっともこの事知らせるな」と言った後に生贄を食べるところを見た。六部は丹波の国から白い犬を連れてきて大入道にけしかけた。大入道との戦いで犬は死んでしまったが、血痕の先にあった洞穴には半死の老狸が横たわっていた。
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ガマガエル,ミズゴロウ 1982年 宮城県 養蚕で栄えた家が没落していた。ある時家人が、蚕が5,6匹ずつ飛んでいくのをみた。不思議に思ってつけると、大きなガマガエルが舌を伸ばして蚕を食べていた。そのガマガエルを殺してミズゴロウと名づけて祀ったら、家は再び栄えた。
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ヒトミゴクウ 1996年 岩手県 3年ごとに女の子を生贄に捧げなくてはならなかったが、人身御供の慣習は変わって鹿にすることになった。人塚や鹿塚も残っている。鹿も獲れなくなると、鮭になり、そして雑魚になった。
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ヘビ 1959年 岐阜県 正月16日に16歳の娘を池の蛇の人身御供に出す慣わしがあった。出した家には客があることに人数分の魚を蛇が置いていった。代々の当主はみな鱗が生えている。
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