チノデルイシ 1988年 奈良県 薬師寺の塔の礎石は血の出る石だという。石工がこっそり割ろうとしたら、石の中から真赤な血が吹き出たので慌てて逃げ帰ったが、石工は病みついて死んだという。
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ヤクシノゾウ 1967年 福島県 大平寺は以前、大平山の上にあったが、安永年中にこの地に移した。大平山の上にあった頃、盗賊が薬師像を盗み出して逃げたが、この地で脛が痛み出しついには切れて動けなくなった。ゆえにこの地を脛折という。
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オヘンロサン 1984年 愛媛県 坂の谷に遍路墓があったが、予讃本線開通の時に墓石を土中に落とし込んで埋めてしまった。ある人夫が病気にかかり、祈祷師に拝んでもらうと、お遍路さんが祟っていると告げられた。墓石は掘り出されてもとの場所近くに戻された。
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ホトケサマ,クチヨセ 1964年 福島県 道路を広げるため屋敷の一部を掘ったら人骨がでたので埋めなおしたが、隣近所で死人や病人が絶えない。口寄せばばあの話によると、昔仏さまが座頭に負われてこの土地にきたが、座頭は殺された。まつられない仏さまが怒っているのだという。それで、地蔵や供養塔をたてたという。
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ダイジャ 1967年 福島県 昔この地に大蛇が住んでおり、人々を悩ませていた。ある時1人の僧が法力により大蛇を封じ込め塚を築いたという。これは薬師如来の霊感によるものだといわれ、西には首塚、東には尾塚があり、その間は200歩あまりだという。
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タカミチノヒ 1956年 宮城県 寺崎部落附近に坂上大宿禰高道の墳がある。高道は陸奥守として下ってきて天安2(858)年正月に戦死した人物。村人は「山田の碑」「貞観石」と呼んでおり,この塚を涜すと禍を受けると言い伝えられてきた。寛政2(1790)年4月,庄兵衛という農夫が鋤で塚の上の土を掘ったところ,帰宅後に発熱悪寒をおぼえて人事不省におちいり,「汝百姓の身を以って蓑笠を着け土足のまま我が塚の上を削る。非礼も甚だしい」とうわ言を言うようになった。家族が驚いて墓に行き,香華を供えてその罪を詫びると主人の病は忽ち癒えたという。土地の人々が碑を荒廃に任せていたので祟りを受けたのだろうということである。寺崎部落の高橋屋六蔵の談話。
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カネノオト 1933年 京都府 火葬場のあたりに、昔、薬師堂があった。ここに小判が埋められていると伝えられている。静かなとき地下から薬師堂の鐘が聞こえるという。
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タタリ,ヤマブシ 1935年 長野県 山伏が百姓に道をたずねたが、諍いになって殺された。何年か後に疫病が流行り、一人の病人が、神がかって告げるには、殺された山伏の死骸に木の根が絡んで苦痛なので、静かな場所に移してもらいたいとのことである。さっそく鎮め祀ったのが大平霊社である。
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(ジヌシサマノタタリ) 1961年 鳥取県 旧家といわれる屋敷の東北の隅に祀られている荒神の脇に地主様が祀られている。家人に病人が出たときに拝み手がきて、地主様の神体の石を見つけて祀ったという。
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アラビルカミサマ,ヤクシサマ 1990年 長野県 昔、非常に祟る神が住んでいて困ったので、薬師様がその神をふせて上に薬師堂を立てた。人々は前の神様をあらびる神様といって恐れたが、今でも薬師堂の縁の下にはあらびる神様を埋めた土が盛り上がっており、その土を触ると祟りがある。
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エンノマツ 1938年 鳥取県 この松に斧を入れると祟りがあり、枝を伐っただけでも腹痛を起こした。懸賞金をかけて近郊の人に伐らせたところ、松の根元には古い墓があり、一字惣一と刻まれていた。
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ヤンボシサンノハカ 1976年 熊本県 ヤンボシ(山法師)さんの墓が村の中央部の栗林の中にある。墓に近づくと頭が痛くなり、家の子供が病気になる。ヤンボシは悪魔、山姥のことと言われる。また、ヤンボシ墓は行き倒れて死んだ無煙の人々のために建てられたとも言われる。
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ヤミダ 1949年 静岡県 昔、万法師という人がいて、自分の田の見回りを楽しみにしていた。死んでも田の見えるところにいたいという遺言で、田の西に面した丘に埋められた。それよりこの田を万法師というようになった。この田を作る人に病人が出るといい、迷信を信じない人の手に渡り続けている。現在はそこに小さい祠が立ち信心する人もいる。
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コイシ 1967年 福島県 波立薬師のお堂の前は小石の浜で、この小石を持ち帰ると、帰りたがって夜に泣くという。そしていつの間にかひとりでに帰るという。ある人がこの砂利を運んで庭に築山を造ったところ病気になり、石のためだということになり元の所へ返したという。
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マンダラ 1936年 長野県 松尾の部落の山畑である老翁が婿と畑打ちをしていたとき、崖のうえに曼荼羅がかかったのが見えた。老翁は「やれ有難や松ヶ尾の薬師」と叫んだが、婿には何も見えなかった。この崖の上には藥師堂が建立されることになった。
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ヤカンコロガシ 1989年 長野県 堂の坂には昔お堂があり、尼僧が住んでいた。行き倒れて亡くなった人や幼い子供を供養していたらしい。現在は墓の跡だけで草が生えているが、その下へアズキアライやヤカンコロガシが出るので、人々はあまり寄りつかない。
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アズキアライ 1989年 長野県 堂の坂には昔お堂があり、尼僧が住んでいた。行き倒れて亡くなった人や幼い子供を供養していたらしい。現在は墓の跡だけで草が生えているが、その下へアズキアライやヤカンコロガシが出るので、人々はあまり寄りつかない。
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アズキアライ,ヤカンコロガシ 1989年 長野県 堂の坂には昔お堂があり、尼僧が住んでいた。行き倒れて亡くなった人や幼い子供を供養していたらしい。現在は墓の跡だけで草が生えているが、その下へアズキアライやヤカンコロガシが出るので、人々はあまり寄りつかない。
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オコリ,イシ,タタリ 1941年 岐阜県 高山市の地主では代々恐れてきたおこり石があったが、ひだびとの編集部がそれ発掘した。地主が石の祟りを避けるために神主に頼んでお払いしてもらったが、発掘が終ってから同家の人が病気を酷く患ってしまったという。
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エノキ 1960年 三重県 年老いて死を忘れた尼僧が、穴を掘らせ、その中に入った。そして読経し鉦鼓を叩いていたが、やがて亡くなった。そこを饅頭塚という。そして塚には榎があり、この木を切ったり傷をつけたりすると血が出るという。
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