国際日本文化研究センター トップページ
怪異・妖怪伝承データベース
データベース検索ページ 更新情報 お知らせ 怪異・妖怪とは データベース検索 異界の杜 製作者
データベース検索ページ

検索対象事例

カッパ
1929年 大分県
田の中に半坪ほどの封土が残り、松が生えている。昔、新兵衛が夜に河童を使って田を開いた。ほとんど完成に近づいた時に、鶏が暁を告げたので、河童は逃げ、開き残りが封土状になっているのである。

類似事例(機械学習検索)

キツネ
1988年 奈良県
惣五郎と言う人が三反御作(3反歩ある大きな田)を植えた帰り、溺死した子狐を見つけ葬った。その夜戸を叩く者がおり、「お田引いた惣五郎さん、三反御作みな引いた」と5,6人の声がした。翌朝見ると植えた苗はみな引き抜かれ、狐の屍骸が掘り起されていた。親狐が思い違いをしていると思い、狐のいそうなところを釈明して歩いたら、その夜に伊勢音頭の音がして「お田引いてすまなんだ、三反御作また植えた」と声がした。翌朝、家の前には大きな鏡餅が置いてあり、田はもとどおり植えてあった。
類似事例

カッパ,カッパマツ
1914年 茨城県
河童がしばしば村人に災いをなしていた。ある時、農夫が河童を捕らえ松の木に縛り殺そうとした。河童は涙を流して詫び、今後悪さをしないだけではなく、村人を守って水難の一切を除くと約束するので、放した。その後、河童の害がなくなったという。その時の松を河童松という。
類似事例

ニイヤミョウジン,ダイジャ
1935年 群馬県
昔、利根郡にある山麓の長者に、三人の美形の娘がいた。或る日、田舎には珍しい美青年がやって来て、娘をほしいという。断ったが夕刻になると訪れる。不審に思った長者が氏神の新屋明神に祈った。翌夕、明神のお告げに従って青年に笄を渡し、鶏が鳴かない内にこれで溝を掘れという。青年は難なく掘って最後の一掘り直前に、新屋明神のご加護により鶏が鳴いた。青年は大蛇で、逃げた後に石が残った。
類似事例

カイイヤシキ、オオニュウドウ、ヤシキカミ
1956年 宮城県
昔,新坂通台町五番丁南側東角の屋敷を拝領した侍が一人住まいをしていた。ある夜座敷に寝そべっていたところ庭先近くで呼ぶ声が聞こえる。障子の隙間から覗くと軒よりも高いような大入道が立っており,ここは昔から自分の屋敷だから早く立ち退けとわめく。主人が「ここは殿から拝領した我が屋敷じゃ。お前こそ立ち去れ。」と言い返すと,「ここはわしを粗末にしたので住み着いた者はいない。祭の日に神酒や供物をして厚く祀ってくれれば守護してやろう」といって消えてしまった。翌朝調べると屋敷の一隅に梅の老木があり,その下に小祠があった。それが前夜の大入道が屋敷神として棲んでいた祠だったのだろう。当時今泉孫八郎の屋敷であった。
類似事例

カッパガミ
1956年 宮城県
農夫が馬の尻にくっついた河童を捕らえるが、向後人や馬に仇をするでないぞと放してやる。その後、農夫の家で振舞に膳椀が足りないと、不足の分だけ前夜軒先に置いてある。振舞が終ったのち元の所に置くと夜中に運び去る。あるとき椀の蓋をなくしてそのまま軒下に置いたら、以後持ってこなくなった。河童が助けられたお礼によその家から持ってきていたので、一つでもなくしては先方に申し訳ないと思ったのだろう。河童はいたずら者ながらも恩も耻も知っているといって、祠を立てて祀ったという。
類似事例

オウゴンノニワトリ
1957年 三重県
朝日の輝くところ夕日照り映え、御土セボの木の下に、黄金の鶏が一つがい、黄金の縄が一条埋められている。村が貧困のどん底に落ちたとき、この鶏が鳴くので、そこを掘れば村が救われる。
類似事例

タネノトウスケ,キツネ
1981年 鳥取県
種の藤助という家の嬶さんは狐だった。藤助の家の田は、助けた狐の子が恩返しによその田でできた米をくわえてもってきたので豊作になった。
類似事例

ヘビ,ミチ
1933年 栃木県
一面の広い畑の中に2間幅くらい、小石の多いところがある。毎年、麦が実るが、他よりも1尺近く短い。昔、高原山からこの村に通う蛇があって、その蛇が通った道であると伝えられている。
類似事例

ヒョウスンボウ,ヒョウスボ,カッパ,ガタロウ
1999年 宮崎県
河童(ガタロウ)を高鍋ではひょうすんぼう、ひょうすぼという。ある春の雨の夜、高鍋の殿様が水源不足に悩んでいると、堀端の茂みから黒い影がヒュルル…ヒュルル…と鳴きながら出てきた。その夜、殿様の枕元に年を経たひょうすんぼうが3匹出て、夢に水源の場所を教えた。用水路が造られ、以来高鍋でも米が豊かに取れるようになった。
類似事例

キツネ
1989年 鳥取県
大山の麓の種原で魚売りの商人が大勢の狐に襲われ、木に登って逃げた。「藤助のかかあを呼んでこい」という声がして、大きな古女狐が来た。商人は襲ってきた女狐の額をカナリョウで打ち、女狐は死んだ。種原の藤助は妻が狐とは知らず、田植えができずに困っていたので、仲間の狐が一晩で植えてやった。藤助の稲は穂が出なかったが、刈り取ってみると茎の中から米が沢山出て、分限者になった。
類似事例

キツネ
1990年 大阪府
ある村に百姓狐がおり、村の者の手伝いをして食料にありついていた。別の村にいた狐は毎朝大和川べりを歩いて開墾地を探し、半軒四方の畑を耕した。けれども畜生の悲しさですぐ場所を忘れ、また次の日も開墾地を探して鍬を担ぐ狐の姿が見られたという。
類似事例

カッパ
1927年 長野県
昔、井戸のような池があり、手紙を書いて浮かべると膳椀を貸してくれた。池から河童が田植えの手伝いにも来たが、あるとき、田植えの振舞のオセチにタデをまぜて食わせたところ、姿を見せなくなった。
類似事例

キツネ
1982年 宮城県
田植えの手伝いを頼む人が見つからずに困っていた人が、子どもが狐をいじめているのを逃がしてやったら、狐が田植えをしてくれて、その年は豊作になった。
類似事例

キツネノヨメトリ
2001年 青森県
酉九兵衛が一人娘のお松を誰かに嫁にやりたいと言っていたところ、狐が嫁に欲しいといってきた。翌日の夜に、狐が人間に化けてやって来てお松を連れて行ったが、朝になって道路端に寝ていたお松を村の人が連れて帰ってきた。化かされていたと知った酉九兵衛が村人に教えてもらった呪文を唱えると、それから狐は来なくなった。
類似事例

キツネ
1999年 宮崎県
尾八重野にはおせん狐という化かし狐がいて、西郷軍の塹壕の跡に棲み、当地の狐の王様だった。浜川原の人が白鳥を訪ねての帰り、道の真ん中に大きな松の枝が出てきて通行できなくなったので、おせん狐の仕業だと悟っててんぷらを投げてやったら、松の枝は消え、大きな尻尾の大狐が道を横切って去っていった。
類似事例

キツネ
1926年 長野県
ある女を女中に雇った。明日田植えの日、女中は狐の姿になって昼寝していた。悟られた狐は突然姿を消した。翌朝、田には苗を逆にして植えてあり、狐のたたりを恐れてそものままにしておくと、その秋は豊作になった。
類似事例

ムソロクブ
1919年 徳島県
ある年の暮れに、川の渕で庄屋が、前の晩に泊めた六十六部を殺して秘蔵の宝物である金の鶏と蚊帳を奪った。血まみれになった六部の足は川へと滑り込んだ。その頃庄屋の家で下男が餅をついていると天井から血みどろの足がぶらさがり、1羽の黄金の鶏が現れ米を食い尽くした。その後片足と鶏は六部の笑い声と共にどこかへ消え。その後も色々禍が続いたので庄屋の主人は墓を建立した。
類似事例

キツネ
1951年 長野県
田植えが遅れて困り、妻がその事を夫に話すと、そんな事はなんでもないとの答えだった。翌朝見ると、乱雑ながらすっかり田植えが終わっており、畦に狐の足跡がたくさんついていた。
類似事例

ロクベエギツネ
1994年 愛知県
六兵衛狐と呼ばれる狐が住んでいた。ある年の秋にあちこちで鶏が殺されたので狐退治をすることになり、巣穴近くで青松葉を燃やして狐をいぶりだした。翌日、いぶしをかけた村人の子が行方不明になった。六兵衛狐の仕返しだと言いながら一晩探したが見つからず、翌朝、両手いっぱいに彼岸花を抱えて歩いている子どもが見つかった。以来、村では彼岸花のことをきつね花と呼ぶ。
類似事例

テング
1967年 愛媛県
宮浦と里浦の境には天狗の松がある。昔は天狗が出て人を騙した。松の元に金の盃が転がっていたりした。前の村長も、天狗に騙されて上の河原を夜通し歩かされた。
類似事例

国際日本文化研究センター データベースの案内