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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

ボウズ
1975年 東京都
文化11年12月、小日向のある旗本の養子が、縞の衣服を着て青ざめた坊主に出会い乱心した。坊主は養子の夢にまで現れたが、それは養父の仕打ちの為家出した者であった。供養をすると何も起こらなくなった。12月はその者が家出した月で、その日を命日としていた。

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サルカミ
2000年
昔々、白羽の矢が立てられた家が娘を献上することになったが、山伏がたすけてくれることになった。丑三つ時に神社の神様の後ろから化け物が現れた。娘の入った唐櫃の周りを踊りまわり、蓋を開けようとしたとき、山伏が連れてきた犬が放たれ、化け物をかみ殺した。夜が明けて化け物を見ると、年をとった猿であった。
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オンナ
1990年 秋田県
梅津忠兵衛という侍が丑三つ時に山道を歩いていると女が現れ赤子をたくされた。女は消え、赤子は次第に重くなった。念仏を唱えると赤子は消え女が現れ、「私は山の氏神であり、赤子は氏子の胎児である。助力により無事生れた」といい、礼に怪力を授けられた。
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メヒトツコゾウ
1933年 静岡県
田方郡では12月の八日節供に目一ツ小僧が来て、家の者の運を帳面につけ、それを道祖神に預けていくといわれている。2月8日に再びやってきて、道祖神に「あの帳面はどうした」と聞くが、道祖神は「子供が焼いてしまった」と答えることになっている。
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エンガクシャウニン,レイム
1983年 奈良県
母に捨てられ、僧に拾われて出家した子(後の円覚上人)は、母を恋しがり法隆寺の聖徳太子に祈って霊夢を受けた。京で道俗男女を集め、過去現在の名帳を記し、異相の振る舞いで踊念仏をすれば母に会えると告げられたので、その通りにすると本当に母に会えたという。
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オタケダイニチニョライ,ユメ
1973年 東京都
文禄の頃、佐久間某というところに、たけという婢女がいた。彼女は篤く三宝を敬い、自らの食を貧しい者に与え、質素倹約に努めた。その頃、同国の比企郡に、生身の大日如来を拝したいという聖がいた。ある夜に先の婢女を拝めという夢を見た。実際見るとまさに如来であり、その後竹女は光を放って消えたと言う。
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キジョ,イケイノモノ,ヨウカイ,レイキ,アクリョウ
1977年
江戸小石川で享保12年4月、ある家に妻として入った人の周りにその家の代々の霊が昼夜の隔てなく鬼の形にようになって現れ、妻を取り殺そうとしたところ、代々屋敷の鎮守をしているおまん稲荷により助けられた。
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ホトケ
1941年 不明
心中しようとした家族の息子を、通りかかった人が不憫に思い連れて帰って自分の娘と添わせるために育てた。するとその息子は他に女をこしらえてしまったので、娘は家を出た。母は娘を探し出し、どうか家に戻ってくれと頼んだ。そこへ娘の言い交わした男も一緒になってくれといいに来た。娘はどっちに行けばいいかわからず、橋から身を投げた。娘の体は二、三間流れたあと仏になって緋の衣を着た姿になり、わきへ上がっていった。
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テング
1988年 長野県
祭りの際に、稚児が1人行方不明となった。数日後天狗にくわえられた稚児が石の傍で見つかったが、死んでいた。数十年後に、この石を使って家を建てたが毎夜その壁に稚児の姿が映り、その霊を鎮めるために石碑を建てた。
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リュウジャ
1987年 和歌山県
娘のもとを男が毎晩訪ねて来ていた。母親は怪しみ、ある晩男の裾に糸をつけておいた。翌朝たどってみると滝の岸にある洞穴に至った。滝に住む龍蛇が男に化けていたのだった。やがて、娘は男の子を産んだ。生まれてから32日目の6月6日、風が吹いたかと思うと、男の子は霊雲に乗って飛んでいった。この男の子を祀ったのが川津明神である。
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〔ハンソウボウ〕
1958年 岐阜県
明治19年5月のこと。ある家の夫婦が破れ衣を着てうどの木の杖をついた鼻の高い姿の御札を旅僧から買った。その夜、夫婦の夢に御札のお姿の人が出て、「山奥に大きな岩屋がある」と告げた。みんなで行ってみたところ、お姿のとおりの人が林の中にいて、坊さんについて行くと不思議な岩屋についた。坊さんの顔が半分なかったともいい、それで半僧坊として祀った。
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ヘビノムコ
1977年 神奈川県
ある蛇が人間の娘に惚れてしまい、青年の姿となって娘のところに通うようになった。娘の母が心配し、青年の着物に紐を結びつけるよう娘に言いつけた。その紐を辿って山中の岩屋の中を窺ったところ、中で、娘との間に子供を作ってはきたが、5月の節句に菖蒲酒を飲まれれば子供はみんなおろされてしまうと言っていたので、娘と母親は急いで帰ってその通りにした。
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ユウレイ
1989年 長野県
生前の恨みが忘れられずに執念を晴らすために、幽霊になって出てくるという。白い着物に青白い顔、髪を乱して手をたれ、恨めしい表情で、足先が消えている姿で出るという。柳の木の下や、哀れな物語の残っている土地に出る。
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ヤクジン
1976年 東京都
天保8年2月下旬、次女の乳母が日暮れに急に寒気立ち、夜着を被って打ち伏せていたところ、翌朝になり、昨夜より風呂敷包みを背負った男が側にいると言った。これは疫神かと、種々の札を枕元に掛けたところ、男は立ち去ったといって全快した。ところが上野の祭礼に主人とせがれとで行ったところ、急に歯が痛くなり、家に帰ると治った。すると乳母が再び寒気を訴えた。そこで刀を抜き乳母を峰打ちにしたところ、男がすぐに立ち去るので、障子を開けて欲しいと言った。障子をあけると乳母はそこで倒れたが、そのまま起き上がり正気となった。早く塩をまいて箒で掃き清めよ、と言った。
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コリ
1977年 東京都
江戸小日向で天明3年10月晦日、水戸侯の長屋の近くで美しい着物を着た老女と出会い、その世話をすることになった。食事をしないことや、忽然と姿を消したことなど正体はまったくわからないが、狐や狸の類だったのだろう。
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ウジガミ,クロゲノヨウカイ,ヒヒ
1934年 静岡県
氏神の祭日の数日前になると、年頃の娘のいる家に白羽の矢が立ち、人身御供とされた。旅の僧がこれを止めんとして、真夜中に見張っていると、黒毛の妖怪が出てきて「信濃の国の悉平太郎に知らすなよ」と言うのを聞いた。僧は悉平太郎を探し、翌年大犬を一匹伴ってきた。犬は狒々と戦いこれを倒した。
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ヒヒ
1991年 静岡県
磐田市見付の矢奈比売神社は昔、8月10日の祭りに白羽の矢がたった家の娘を人身御供に求めていた。延慶元年(1308)8月9日、旅の僧が通りかかってそのことを聞き、怪物が「信濃国光前寺のシッペイ太郎に知らせるな」と叫ぶと聞き、シッペイ太郎を借りてきて怪物を退治した。怪物は狒々であった。
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チイサナコ
1974年 岩手県
興田村の京津畑の旧家には、赤い着物を着た小さな子が現れ枕返しをした。その部屋の柱が逆木だったのでそうなったのだろう。
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モリカワイナリ,コウキチ,サンコウインイナリ,コシカケイナリ
1983年 東京都
文政10年2月11日の初午祭の前日夜に、新道一番町で小侍幸吉が主に向かって、自分は同所に住む稲荷であるという。翌日主人が起き出して扉をあけると、稲荷の木像がどこからか来ていた。それ以後は幸吉にのみ神の示現があり、願い事は幸吉が取り次いだという。3月1日に当主や若殿が神前に神酒を奉ると、暫くして酒はなくなり、お供え物も半分無くなっていた。これは三光院いなりや腰掛稲荷が客として来たからだろうという。
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タヌキ
1921年 徳島県
明治10年頃、ある美しい娘に狸が魅入り、美少年になって娘の許に通った。娘は歓待し、家族に挨拶させようとしても他の者には見えない。接合するときは娘は浅黄色の泡を吐く。父が切り払おうとしても手ごたえはなく、神仏に祈祷してもききめはない。そのうち狸の子を産んだとの評判であったが、その子を見たものはいない。
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イジュウ
1974年 京都府
延宝年間のこと、京の南にある吉祥寺村で、吉祥天女のご開帳があるというので、近隣の村々から六斎念仏を行う者が多く集まった。その彼らが打つ鐘や太鼓の音を恐れたのか、怪獣が出てきて、ある百姓の家の縁の下にかけ入った。それを生け捕りにすると、顔は狸に似て、鼻から額まで黒く、うなじは白い。さらに背は黒く、腹は白く、徳利のような丸い尻をしており、尾はなくて前足はモグラのようで、後ろ足は長く犬のような獣だった。餌は串柿だけ食べたという。
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