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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

オニノエ
1976年
鬼の絵に虎の皮の腰当を描くようになったのは、古法眼元信からであるという。

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テング,オニ
1977年
天狗を絵に描くときに立附と言うものを着た姿で描くが、これは東都の大工、大隈という人の祖父が始めたものである。また鬼の絵の虎皮の褌は古法眼元信が始めたものである。
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ウシ
1988年 奈良県
旅の僧が中峰山の神波多神社に泊まり、壁に1頭の牛を描いて立ち去った。その牛が抜け出して稲を食べるので、僧を追い掛けて伊賀上野から連れ戻し、松の木を描き加えて綱で繋いで貰った。この僧は狩野法眼元信だったという。
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オニ,バケアルモノ
1974年
鬼の語源や容姿についての考証。
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サル
2001年 愛知県
日吉神社の、狩野元信の絵馬の猿が田畑を荒らしたので、眼を布で覆った。
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(ドウブツニカンスルゾクシン)
1941年 東京都
動物に関する俗信。蛇の足を見た人は、長者になるという。
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コリ,ヤカンボウセイゲン
1974年
狐狸の手による書画をいくつか見てきたが、だいたい狐は書を、狸は絵画をしるしている。
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オニ(ゾクシン)
1975年
鬼が目籠を恐れるのは、目籠の底が晴明九字というもののようになっているためである。
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(バケモノエ)
1979年
光重の百鬼夜行絵を祖とし、元信などが描いたものもある。登場する奇怪に名前があるのは浄土絵双六が最初であるだろう。その名の大略は赤口、ぬらりひょん、牛鬼、山彦、おとろん、わいらうわん、目一ツ坊、ぬけ首、ぬっぺらぼう、ぬりほとけ、ぬれ女、ひょうすべ、しょうけら、ふらり火、りうんぼう、さかがみ、身の毛だち、あふあふ、どうもこうも、これらの名はその姿からついたものが多いようだ。他にも猫また、野きつね、雪女、かっぱ、山わらわ、犬がみ、山姥、火車、みこし入道などがいる。
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イヌガミ,サルガミ,スイカズラ
1917年 徳島県
昔、怪しい獣が大空を飛んでくるのを、武士が弓矢で三段に射切った。その首は犬神になり、胴は猿神になり、尾は吸葛になったという。
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カッパ
1953年 福岡県
「百鬼夜行絵図」には、河童の全身が描かれている。普通と違って甲羅が無く、顔も嘴が無く人面に近い。図あり。
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ウシ
1979年
ある絵の上手な人が牛を描こうと、その事ばかりを考えて寝たら、その姿が牛に見えたと言う。その人はそれ以来仏画しか描かなくなった。
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コダヌキ
1976年 大分県
ある人が山登りをしたとき、子狸が出てきた。頭にツワの葉を乗せて化かそうとしたという。
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(ミコシニュウドウ)
1979年
大きな法師が金棒などを杖にしているのをいうのか、また同じ姿で頸が長いものをいうのかわからないが、世間で良く描かれている。みこし入道は光信の百鬼夜行絵などにはみえず、元信の画に頸の長いものがいるが、今のみこし入道の姿とは違っている。
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オニ
1991年 滋賀県
大津市葛川の明王院には、豹の毛皮を腰に巻き、白いふんどしを締めた赤鬼と、諸肌を脱いだ筋骨隆々の男が向かい合って、綱を首にかけて首引きをしている絵馬がある。
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モキチノメン
1928年 愛知県
茂吉面は祭りに使われる、大国主命を現したといわれる黒面か赤い鬼の面である。翁に取り憑かれた者が面を彫刻させて寄進したと言われる。。
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タヌキノハラヅツミ
1981年 京都府
信楽狸の創案者である藤原銕造は、明治19年、11歳の秋に松茸狩りをした夜に、音羽川のほとりで直接の師である老陶工の仙八と狸の腹鼓を見て、いつか狸の姿を土で製作しようと考えた。
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オニ
1970年
地獄で罪人が鬼に向かって、なぜ鬼は地獄に堕のかと聞けば、鬼はおぬしの子であると答えた。罪人が前世で罪を犯すたびに鬼の姿が出来上がったのだという。
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ヘビ
1982年 新潟県
蛇の夢をみると怖いからそれを避けるために半紙に蛇の絵を描いて神社に奉納した。
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(ゾクシン)
1982年 群馬県
動物に関する俗信一束。蛇を殺すと七代祟る、猫を殺すと七代祟る、など。
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オニバン
1995年 滋賀県
元三大師が説経中、悪魔を追い出すために鬼の姿になった。この姿を今、病気平癒・虫除けの札とする。
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