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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

アマゴゼンサマノオフダ
1981年
安政大地震の時、松平甲斐守の上屋敷が倒壊し、ある小使が梁の下敷きになった。仲間もどうしようもできず、尼御前様の御札を彼の額に貼り付けてその場から立ち去った。数刻してその下敷きになった男がやってきた。周りは幽霊かと驚いたが、男は梁が焼けるに併せて、身体が外に放り出されたという。

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ベンジョノカミサマ
1960年 三重県
安政年間、竹内長太夫家の便所の神様が津波で流された時、信心の人の所には御札が、精進の悪い人の所には石が降った。
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(キミノヤシロ),(レイ)
1982年 広島県
享保9年3月16日頃、家中の者が新宅の普請をした。邪魔な柿木を切ろうとしたら大工が、その木には霊が宿っているので切れないと言った。家中の者の下人が、現れたら相手になってやると嘲弄した。その夜更けに空から声がして、下人が空中に抱え上げられた。毎夜続くので家中の者が空に向かって何者だと問うたところ、空から声がして、我は137年前にこの屋敷で働いていた下女であり、柿の実を取った事で殺されこの木の根元に埋められた。我を神として祭れば国の災厄を予言し、諸病を平癒しようと言った。その通りに社を造営したら諸人が郡参した。下女の名前をとって、貴美の社といった。
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オキナジマ
1956年 宮城県
松島寺の地主権現山王の祭に、天台の僧徒が、年々に延年を奉納し、終れば面を邑長の家に収める。ある時その中の翁の面が飛んでこの島に落ちた。
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フドウソン
1985年 新潟県
天保の大地震のときのこと。地震で大照院(大正院)の本尊の不動様が転がり出た。それを追いかけて外に出た人たちは、寺の倒壊に巻き込まれずに助かった。
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ヒトダマ
1990年 山梨県
日原やさくという芹沢出身の法印は天科に姪がいて、そこで寝ていたが昭和18、9年に亡くなった。日原きぬ子は、その夕暮れ、日原政重家と日原福重家の間の屋根にポカッとお月さんくらいの人魂を見た。声を上げるとお婆さんが何事かと飛び出してきて、その浮いていたのがポカッとまた消えた。後で聞くと、それはちょうど亡くなった時間だった。信者の家へお別れに来たのだろう。小姑さんと日原きぬ子だけが見た。
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(ハクハツロウジン),(シンレイ)
1982年 京都府
享保11年7月27日、北野社前筋下立売上る町に白髪の老人が現れて、往古よりこの町の東側にある神木の松の大木が明日折れると、町に触れて廻った。近所の者は老人を狂人だろうと思っていたが、翌28日辰の後刻、松が折れて倒れた。近所の人たちは昨日の老人は白太夫の社の神霊だったのだろうと、諸人が群集した。
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アミダノカケジク
1995年 宮城県
山の上集落の近江家は、旅の僧をもてなして阿弥陀様の書かれた掛軸をもらった。あるとき、近江家に普請に入った大工の棟領が、掛軸を盗んで逃げた。家を出た途端大雨が降り出し、狐狸が邪魔をした。雷が鳴り、橋が流れそうになる。命からがら家に帰ったが、掛軸はピカピカと光っていた。翌朝、棟梁はポックリ死んでしまった。掛軸は古道具屋に売り払われたが、今度は大きなネズミが出て道具屋が眠れない。祈祷師に拝んでもらうと元の家に返せという。こうして掛軸は返ってきた。
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ユウレイ
1968年 福井県
寺島の女が、毎夜丑三つ時に雄岩で、狼除けのために幽霊に変装して板垣の男の所に通った。男は想いの強さを不気味に思い、女を遠ざけようと、友人に自分は死んだ事にしてくれと頼んだ。友人は雄岩で猫の死体を焼き、男は死んだと伝えると、女は幽霊の衣装を着ずに帰ったので、狼に食われて死んだ。男は女を悼んで雄岩に南無阿弥陀仏と彫ったという。
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トオリアクマ
1977年
享保元年初秋、火災に類焼して仮住まいしていた時、縁側で煙草を吸っていると、焼け跡の草の上を腰の曲がった老人が笑いながら向かってきた。目を閉じて法華普門品を唱えながら心を落ち着けると消えた。その夕方、3、4軒向こうの家の妻が乱心した。
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ヤクジン
1976年 東京都
天保8年2月下旬、次女の乳母が日暮れに急に寒気立ち、夜着を被って打ち伏せていたところ、翌朝になり、昨夜より風呂敷包みを背負った男が側にいると言った。これは疫神かと、種々の札を枕元に掛けたところ、男は立ち去ったといって全快した。ところが上野の祭礼に主人とせがれとで行ったところ、急に歯が痛くなり、家に帰ると治った。すると乳母が再び寒気を訴えた。そこで刀を抜き乳母を峰打ちにしたところ、男がすぐに立ち去るので、障子を開けて欲しいと言った。障子をあけると乳母はそこで倒れたが、そのまま起き上がり正気となった。早く塩をまいて箒で掃き清めよ、と言った。
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クビヅカ
1956年 宮城県
寛文頃(1661~1673),津谷東禅寺住職木陽和尚は学徳が高く尊敬されていたが,無実の罪で訴えられ打首に処せられる。和尚は村の方を睨んで,「もし罪名の如く破戒の罪があれば我が首は地に落ちるが,無実なら首は飛び上がるだろう」と言い残した。刎ねられた首は何処ともなく飛んでいき,その後村に怪異が続いた。食事中血塗れの腕がぶら下がってきたり,夜更けに怪しい呻き声が聞こえたり,針仕事をしている女が後ろ髪を掴まれて引き倒されたりした。1,2年後,日山という托鉢僧が秋の夕方野路を通ると,後ろから自分の名を呼び止める声が聞こえるが姿が見えない。よく見ると一人の僧形の姿があり,「自分は無実の罪によって刑死したが,供養する者もなく,妄執で浮かばれず迷っている。供養してもらいたい」と頼んだ。翌朝その辺りの草叢を調べると,石に噛り付いたままの骸首が見つかった。日山が懇ろに弔ってやると,その後村の怪異は絶えた。村人達も供養碑を建てて厚く祀り,参詣者が絶えなかった。
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タタリ,キダン,キカイ,ヤマノカミ
1974年 京都府
文政11年、鳥辺野の地蔵山から土砂を採っていたところ、山の神といわれる所まで掘り進めてしまった。大きな壺に掘り当たり、怪しいと思ったけれども、周りや底のほうへ掘り進めた。すると突然土中が鳴動して、壺がすり落ちる音に驚いて人足が死んでしまった。そして世話人の数人もことごとく大病にかかり死んでしまった。老尼の祈禱者に頼み神おろしをしてもらうと、絶入の形になり、幣を持たせると居直って、にらみつけて、自分は明智の一類であり、山に葬られ、山の神と言われていたが、理不尽な振る舞いの鬱憤が晴れないと言う。後も地蔵を穴に納めて供養したり読経をしたりしたが死人が出た。
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ユウレイボンショウ
1956年 宮城県
称名寺に,幽霊寄進の梵鐘がある。延宝・天和の頃,同地の高橋某という侍が隣村佐倉村に情婦を囲い,本妻に辛く当たった。しかし離縁の口実がなく,遂に情婦と計ってこれを謀殺してしまった。本妻は,本宅に納まった情婦に恨みを晴らすため夜毎戸口まで迷ってくるが,そこに貼ってあった神符のために入ることができない。そこで妻の亡霊は親戚に頼み,小判数枚を与えて神符を剥がしてもらった。間もなく情婦は本妻にとり殺されてしまった。親戚某は亡霊から梵鐘を鋳て菩提寺に寄進するようにとも頼まれていたので,夫を訪ねて青銅に亡霊からの小判を合金し,梵鐘を造らせて称名寺に寄進した。この梵鐘は現存し鐘銘には右の由来が彫られている。年代は元禄六(1693)年林鐘初八日,施主は高橋八郎兵衛平常,住持可伝上人,冶工早山五郎次清次。
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フシギ,クモニノルヒト
1974年 京都府
弘化2年7月7日ある者が東本願寺へ参詣した。その時突然空が真黒になり夕立でもあるのかと見ていると御影堂の辺から、腰より上は黒く、下は赤い着物を着て、頭は法体か有髪かわからない雲に乗った人が、新たに建設中の大門の上に来た。地震か雷のような鳴動と共に大門は崩壊した。
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オカゲドシ,オフダ
1916年 静岡県
御蔭年には不思議なことが起こった。不思議の始まりは酒屋が行燈を何かの拍子に焼いたとき「火之用心」という文字だけ焼け残った。それから火の騒ぎがいくつかあり、町中総出で神仏に参詣した。門前並木の大木の松が音もなく倒れた。そのうち御札が降ったという家が出てきて、祠を作って御札を祀り、祭礼のようにして騒いだ。
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ハクイノセノタカイヒト
1941年 東京都
火事のとき、皆が荷物を運び出すなか、白衣の背の高い人が手伝ってくれた。礼を言おうとしたところ、もう姿が見えなかった。屋根の棟の上に水が入った天水桶が乗っていたが火事で焼けなかった。桶の持ち主が判らないまま、今でも使っているという。
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ウスギヌヤマノヨウカイ
1956年 宮城県
上沼村の東北部北上川の近くに薄衣山という岡があり、そこは村の墓地で人家はなく、老松が茂って昼も薄暗いような場所で、得体のしれない妖怪が出て人々を怯えさせていた。この山の南方の弥勒寺村(中田町)に、剣道の心得のある豪胆な米三という若者がおり、化け物退治を決意した。病臥している妻を理由に家人が引き止めるのも聞かずに出かけ、松の大木にのぼって見張っていると、使いの者が「妻が命を落とした」「出棺だ」と迎えに来た。米三はそれを怪しみ、もし本当だとしても、どんなことがあっても退治するまでは家に帰るまいと決心したので我慢して帰らなかった。暫くすると我が家の方向から弥勒寺の方へ妻の葬儀と思われる提灯の行列が見えた。妻の亡霊とおぼしき白いものが飛んできて、恨み言を言い足元に手をかけるばかりになったとき斬り払うとギャッという叫び声がして、ドドッと転がり落ちる響きがした。朝になって降りてみると夥しい血溜りがあり、血痕が北上川まで続いていた。家の妻は生きており、それ以後怪異はとまったという。
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ロウジン,タヌキ
1922年 三重県
ある時御師の家が取り壊しになり、門だけが残っていて、雨が降っているときにそこを少年が通ると門の中から老人が出て来た。老人にどことも知れず連れて行かれた。家では大騒ぎして探したが、3日後隣人が夜9時ごろ停車場で偶然見つけた。少年は大熱を出して寝こみ、老人に誰にも言うなと口止めされたと言う。永らく屋敷に住んでいた古狸が住処を失って、老人に化け、精神力の弱そうな少年を見込んで憑いたものであろうという。
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イントク
1980年
文政4年(1821)5月29日の夜、或る邸の表門番所に雷が落ちたが、番人は気絶しただけで助かった。彼は直前まで柱にもたれて箸を削っていたが、耐えがたい眠気を感じて他の部屋で仮眠をしたため助かったということだ。この災難を逃れたのは不思議であり、陰徳があったためであろうという。
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バケモノ,ヒカリモノ,カイブツ
1975年 埼玉県
武州埼玉郡船越村で享保元年6月頃、ある百姓の家で毎夜光るものが窓から入ろうとすると家の中からも光るものが飛んできて争うという事が起った。家の中にあった札をある時捨てると窓からは大きな猿のようなものが入ってきて娘をさらった。捨てた札は牛王守札でそれにより娘は守られていたのだ。
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