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検索対象事例

〔コタエムシ〕,フクチュウノコエ
1978年 京都府
元禄16年の5月、京師油小路二条上るの工人の息子が発熱し、10日目に腹の中から声がした。この声が息子と常に言い争った。或る医者が雷丸を調合して服用させると、腹の声は大いに拒んだが数日後に蜥蜴のような額に角がある虫を下した。親がこの虫を殺したところ、息子の病状は回復した。

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オウセイチュウ
1977年 京都府
元禄16年正月、京師の工人の息子が急に発熱し、数日して立ち直ったものの、腹の中から物を言う声がする。薬や祈祷をしてもまったく効果がなかった。その後、医者の菅玄際が様々な書物からこの病は応声虫の仕業と見立てた。そこで雷丸の入った薬湯を飲ませようとしたところ、腹の声は大いに拒んでいたが、飲んだ次の日は声がやや涸れた。そしてさらに飲ませると声は絶えた。便所に行くと肛門から虫が下った。形はトカゲのようで、額に小さい角があり、親は殺した。息子は6月末に本復したという。
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ハレモノ
1982年 京都府
元禄16年5月、京油小路二条上る町で、12歳の男児が甚だ発熱し、腹中に腫れ物ができた。それに口が開き、その口が本人の言葉に従って喋った。その口は何でも食べ、食いすぎはよくないだろうと口を押さえたら高熱が出て罵った。ある医者が5,6種の薬を配合し本人に与えたところ、一両日でその口は無くなり、10日ほどして肛門より長さ1尺1寸、頭に角が1本ある雨竜のような物が出てきた。
類似事例

ヘビ,リュウ,ウリュウノゴトクナルモノ
1974年 京都府
京あぶら小路二条上ル町で、元禄16年5月上旬、子供が急に発熱して中旬頃腹に腫物ができ、そこに口が開いて喋ったりものを食ったりするようになった。医者が薬をその口に飲ませたら10日程後に子供の肛門から竜のようなものが飛び出した。
類似事例

(クチヨリベンヲダスヤマイ)
1976年 京都府
元禄初年、口より大便を出す病にかかった子がいた。種々の医薬を与え、神仏に祈っても効果がなかったが、葱の白根を煎じて飲ませたところ、一月ほど後に蛇のような虫を下して病は治った。
類似事例

ヘビノタタリ
1984年 新潟県
男の子が急に腹が痛み出し、手術を受けねばならなくなったが、どうにも原因がわからない。「八海山」にみてもらったら、どうやら蛇の祟りらしい。大事にしていた鳩を食った蛇を殺して腹を裂いて鳩を出したという。それで、祈禱してもらって、祟りを除いてもらったら治った。
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カラス
1915年 東京都
小児丸という薬を出す医者がいた。その薬は、寒中捕らえた烏を糞溜の中に入れておき、その肉で製すると言われていた。烏の思いがその家の娘に憑き、娘が夜中に起きて烏が水を飲むような音をさせるため、嫁に貰う者がいないと噂されていた。
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キツネ
1926年 鳥取県
子供が発熱して苦しんだ。医者は感冒と判断したが、役行者が拝むと、狐が憑いていた。狐のいうとおちにごちそうを裏口に置いたら治った。
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ヤクジン
1976年 東京都
天保8年2月下旬、次女の乳母が日暮れに急に寒気立ち、夜着を被って打ち伏せていたところ、翌朝になり、昨夜より風呂敷包みを背負った男が側にいると言った。これは疫神かと、種々の札を枕元に掛けたところ、男は立ち去ったといって全快した。ところが上野の祭礼に主人とせがれとで行ったところ、急に歯が痛くなり、家に帰ると治った。すると乳母が再び寒気を訴えた。そこで刀を抜き乳母を峰打ちにしたところ、男がすぐに立ち去るので、障子を開けて欲しいと言った。障子をあけると乳母はそこで倒れたが、そのまま起き上がり正気となった。早く塩をまいて箒で掃き清めよ、と言った。
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ムシ
1980年 新潟県
糸魚川城下で、40歳ほどの漁師の首が太くなり、次第に腫れ上がって全身が発熱する病にかかった。妻がその傷口を掻いたところ、中から蟲があふれ出してきた。もしこの蟲が病人の身体に付いたら、たちまち皮肉の間に入ってみえなくなるという。形は虱のようだったが、それから病は平癒したという。
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ユウチュウ
1973年 青森県
奥州南部領蒲野沢村に住む兵八は、文政7年6月20日に異物をはき出した。去年から腹痛がひどかったので鍼を用いて直そうとすると背中に痛みが逃げた。そして次第に腹が大きく膨れ、最後には臍が破れて大量の水が数日出てきた中に蚘蟲と思われる異物が入っていた。
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シンリョ,(キセキ)
1976年 東京都
木梚町に貧しい商人の親子がいた。息子は平素から実直で親孝行であった。ある時この息子が大病にかかり、母親は、朝鮮人参を飲ませれば効くかもしれないと聞いたが、そんな高い薬は買えない。そこで八百屋で買ってきた人参を煎じて飲ませたところ、息子は医者からもらった薬だと思いこんで飲み、病気も治った。
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(ヘビニツカレル)
1984年 新潟県
山仕事をする人が体を悪くして病院に入ったが、なかなか治らない。同室者に聞いて、霊媒の所へ行ってみた。蛇が憑いているというので心当たりはないか考えてみると、炭焼きの時に1匹の蛇が木のウロに入っているのを見つけていたずらにジョウノミ(栓)を打って閉じ込めたことがあった。男は家の者にいって蛇を出してやったら間もなく病気が治った。
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オサキ
1978年 群馬県
昭和45年、男の次男正(5才の子供)の様子がおかしくなり、家にこもり、N村行きのバスが通る頃になると「乗る」といって家を出ようとした。義兄の御岳行者に相談した所、親戚筋に当たるある男の家のオサキが憑いたためと診断された。一家は複雑な親族関係にあり、義兄は多くの病気や失せ物をその男の家のオサキの仕業と診断しており、対立する一家を御岳行者という立場を利用してだんだんオサキモチにして行ったと考えられる。
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カッパ,ジュウイチニノショウニ
1991年 山梨県
下條村に切疵の薬を売る農家があった。その父が師走の末に釜無河原を通ると11、2なる子が馬の尾に縋っているのでそこをどけというが、聞かないので山刀を抜いて切るまねをするとたちまち消えてしまった。宿へ帰って馬を洗おうとすると、尾房を猿の腕のようなものが掴んであった。その翌朝戸外に小供の声がして、主人を呼ぶ。戸を開けると112の小児がいて平伏し、私は釜無川の河童だが、腕を接ぐ妙薬があるから腕を返して欲しいという。河童はその薬方と腕を交換して帰った。これが国中に名高い下條の切疵の薬である。
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ダイジャ
1976年 岐阜県
飛騨国高原山中で食用に用いている谷水を、はなはだ暑い日にある人が飲んだところ、その水が消えず、起臥に腹中で雷鳴し、色々試したが治らなかった。ある人が、この谷には大蛇が住んでいるというからその毒に当たったのだろうと考え、古釜の類の鉄を濃く煎じて飲ませたところ治った。
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アクソウ
1976年
昔、ある商人の左腿に瘡ができた。その形は人の面のようであった。酒をその口の中に入れると面色が赤くなった。多く食べさせれば腿の肉が張った。食べない時は臂がしびれた。ある名医が貝母を試すと、瘡は眉をしかめ眼を閉じた。そこで葦の筒で口を破り、貝母を注ぎこんだ。数日後にはかさぶたになり治った。
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アンバサマ
1939年 千葉県,茨城県
家に疱瘡子ができると、村の神主に頼んであんば様を祭ってもらったという。神主は赤い幣束を切り、それをサンダラボッチに刺して病人の枕元においた。そして、祭ってから12日目に『ムナガシ』と言って、サンダラボッチに刺した幣束をそのまま川へ流し、12日田へば熱が下がり、癒えると信じられていた。
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オニ,(オニカゲユ)
1982年
中村勘解由に男子が生まれた。乳母をつけるが皆すぐに止めていった。ある乳母に理由を聞いたところ、夜になると男子に角が生え、目は日月のように光り、口は裂け、行灯の油を舐め、その姿が恐ろしいからだと答えた。勘解由が夜それを確かめたところ、話の通だったので男子を斬り殺した。中村勘解由が鬼勘ヶ由と称されるゆえんである。
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ブッチョウノタタリ
1993年 三重県
話者の息子が小さかったころに重い病になり、治らなかった。村内の拝む人に見てもらったところ、神棚の仏ちょう(お札)がたたっていると言われ、それを取り除いたら治った。
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オサキ
1975年 群馬県
大正8年頃20才の男が流行性感冒にかかり弱っている所にオサキがついた。半年ほど苦しみ祈祷の効果が無いので有名な稲荷神社へ御札を受けに行かせたが札が届くと同時に死んだ。腹には穴があいていた。その男についたオサキは隣家から来たとしゃべった。当時両家は土地の境界争いをしていて、それが原因と考えられた。
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