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検索対象事例

〔オイイリヤナギ〕,ミナモトノヨシツネ
1956年 宮城県
和渕明神に源義経が武運を祈って、笈の中に入れていた柳の枝を地に挿したところ、それが繁茂し、地名となる。

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ヤナギノエダ
1926年 宮城県
桃生郡の和淵神社のあたりは、かつて柳原だった。昔、源義経が笈に入れてきた柳の枝を地に挿して志願を淵の可身に祈ったのが起源であり、このため、笈入柳という。
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ヨウジ
1926年 大阪府
鳥飼村に菅原道真が左遷の折に楊枝を地に挿して身の末を占ったところ、成長して柳になった。
類似事例

ツエ
1925年 栃木県
泣村と呼ばれる池に、源義経が立てた杖が成長した桜の老木があった。
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ハタザクラ,ミナモトノヨシイエ
1956年 宮城県
源義家が、後三年の役の戦勝を祈り、桜の枝を手折って旗竿を添え木として地にさしたものが成長した。
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アシタケ
1931年 岐阜県
源義朝は青墓の宿をでるときに1本の竹を植え、この竹に「源氏が栄えるなら蘆竹になれ」と言った。頼朝が天下統一を果たし、征夷大将軍になるころ、竹は本当に蘆竹になったという。
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ツマヨウジ
1926年 山口県
豊後の炭焼き小五郎の長者の娘である般若姫が都に上る途中、清水を求めて爪楊枝を挿したら、泉が湧き出て楊枝は成長して柳になった。湘江庵の井戸と柳の由来である。
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ヨウジ
1926年 埼玉県
岩槻の大光寺に、日蓮が楊枝を挿したところ成長した柳が、池の岸にあった。
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ツバキ,カシマジングウ
1916年 茨城県
今鹿島は、昔領主某が戦場に向かうに際して1枝の椿を地に指し、これを鹿島神宮なりといって勝利を祈った。その戦に願の通り勝利し、椿を挿した地を明神として祀り、今の地名が起こったという。またこの地は領主が開発するときに多くの囚人を連れてきて開墾させ、それに農業を営ませたので、今に至るまで多くの囚人が出るという。
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ツエ
1925年 和歌山県
宝徳2年に、雑賀庄梶取の総持寺を建てるとき、この地に縁があるか否かを明秀光雲上人が杖を立てて占ったところ、数日して桜の木になった。
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エダ
1926年 山口県
大内義隆が攻められて落ちたとき、休息して携えていた桜の枝を地に挿したところ、成長して大木になった。
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ヨウジ
1926年 東京都
下新倉の妙典寺にある子安池の滸に柳がある。墨田五郎時光の妻が産に臨み、日蓮の楊枝て加持したところ、泉が湧き出し、楊枝は柳になった。
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ニチレン,シミズノサクラ
1935年 山梨県
文永11年閏5月17日に日蓮上人がこの村を通過しようとした時に、大変のどが渇いたので、持っていた桜の枝を地に打ち込み、祈願を込めたところ忽ち清水が湧出したという。その桜は根付いて木になったという。
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ヨウジ
1926年 宮崎県
西諸県郡加久藤村長江浦字出水に、性空上人が行脚したとき、楊枝を池に挿み、加持したところ、水が湧き出た。その楊枝は活きて柳となり、根無柳と称している。
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ギンセンシミズ
1965年 岩手県
源義家が安部貞任征伐のため、中野村泉沢に陣を張っていたとき、城州石清水八幡大神に祈願し、弓で地面を突くと、清水が湧き出した。その後、清水から銀銭三銭が湧き出した
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サカサムロ,ミナモトノヨシイエ
1956年 宮城県
源義家がムロの枝を鞭にしたが、のちにそれが成長した。
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シンダイサクラ,ニチレン
1935年 山梨県
新富村の実相寺境内に日本武尊が自ら植えたとされる桜があるが、日蓮上人がこの地に来て、この桜が衰弱しているのを見て樹勢回復を祈願したところ、不思議にも木は繁茂したという。
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イシガミサン
1978年 広島県
神田地区の柳右衛門が天から降ってきた大石を祀ろうと思って木負子を持っていくと石は軽々とそれに乗移った。そして峠まで来ると急に重くなったのでそこに宮を建てて手力男命と名づけて祀った。この石神さんは毎年大きくなっていく。
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ツエ
1926年 京都府
日置村に、六本柳と称する1本の老柳がある。もとは6本あり、大江山鬼征伐の一行6人が立てた杖が成長したという。今は老柳の空洞の中に公時を祀っている。
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テンドウ
1926年 滋賀県
野洲の高田はかつて水田だった。嘉禄元年に親鸞がいたとき天童が出現し、菩提子と柳の枝を与えたため、これを栽えたところ、水田は一夜にして高壌になり、柳も成長し喬木になったという。
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オフデムロ,モリヨシシンノウ,モリナガシンノウ
1956年 宮城県
護良親王が鎌倉を脱して宮戸島月浜に着船し、大浜で仮住居した時、嵯峨渓海岸の御番所山の中腹で、室の木の枝を筆とし、これを地に挿したところ根が生え大木となる。
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