サルノヨメ 1960年 秋田県 日照り続きに悩む百姓は、庚申の日に末娘を猿の所へ嫁に行かせた。すると、その家だけは沢山米が獲れた。実家帰りの際、お人好しの猿は嫁の言うままに臼を背負っていき、川に落ちて死んだ。それは秋の庚申の日だった。
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ハイタツゴンゲン 1983年 愛媛県 拝竜権現は毎年生きた人間をお供えしなければ祟る。毎年三月三日の朝早く、その道を三番目に通る人を捕らえてお供えしていた。この噂が広まってその日に人が通らなくなると獣類を捕まえて供えたが、お供えがなかった年は必ず近くの川で溺死する人が出た。
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ハリセンボン 1934年 富山県 仲の悪い嫁姑がいて、嫁が針を盗んだと冤罪をかけられ、海に身を投げて死んだ。それが師走の初めで、毎年その頃になると海が大いに荒れ、鞠に針を刺したようなものが海から上がる。これを針千本という。それから12月8日は針仕事を休み、針山に饅頭を供えて祝うことになった。
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ヤマブシ,タタリ 1929年 北海道 あるとき上国の山伏が祈祷を行い、大漁となったら自分の願いも叶えて欲しいと言った。漁の時期は過ぎていたが、祈祷の結果、大漁となった。しかし村人は約束を守らず、憤慨した山伏は絶食して死んだ。そして遺言どおり、不漁の時でも上国だけは鯡が大漁であった。山伏の祟りによる不幸もあり、神に祭ることにした。
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リュウグウ,クロネコ,ダイダイ 1929年 長崎県 ある日、妹が売れ残った薪を海に投げ込むと、海から女が出て竜宮に誘った。帰る時、黒猫を貰えと言われたので途中で出会った人に所望すると、毎日小豆を五合食べさせろと言われた。そうすると黒猫は毎日五合の金の糞をして妹は金持ちになった。姉がこの黒猫を借りて、一升小豆を食べさせると、黒猫は死んでしまった。妹が猫の死骸を庭に埋葬すると、橙の木が生えその実を正月に飾るようになった。
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ナガレボトケ 1956年 東京都 流れ仏を浜で拾うと喜ぶ。ある網主は流れ仏を無視し、もう一人の網主は丁重に葬った。その晩村に魚が来たという触れが回り、各々船出したが、弔った船主は大漁になり、無視した船主の船はそのまま行方不明になった。触れた歩いたのは流れ仏だった。無視した船主の子孫には、一代に必ず一人変死者が出る。
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ヤマンバ 1936年 熊本県 魚売が馬に魚を積んでいくと山姥に魚を食べられる。魚売りが木に登って隠れると、山姥は川に映った魚売りの姿を見て川に飛び込み、死んでしまった。
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サル 1973年 香川県 百姓が田んぼで仕事をしていたところ、仕事が残ってしまった。困っていると猿が来たので「娘をやるから仕事をしてくれないか」と言うと猿が代わりにしてくれたので、娘を嫁にやった。後に正月か節供に餅を持って里帰りしてくるとき、娘が大きな柿の木の下で柿を取ってくれと猿に頼んだ。猿は柿を取ろうとして下に落ち、溺れて死んだ。娘はそのまま家に帰った。
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タヌキ,オニ 1937年 兵庫県 鬼に化けた狸に鯖と馬を取られた魚屋は、狸の家に潜み、鬼婆に化けた狸を釜の中に入れるように仕向け、焚き殺してしまった。
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スイシタイ 1966年 三重県 水死人を見殺しにすると祟りがある。見つけたら拾ってきて、名前を付けて寺で埋葬する。女の水死体が船のそばを通ったのをほうっておいたら魚がつれなかったが、その水死体を探して埋葬すると魚は2万貫取れたという。
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ガワタロウ,カミサマ 1937年 兵庫県 神様が集まって子供の寿命を言っているのを聞いて、親はその日1日おぶっていた。河太郎が嫁の親に化けて子供を渡すように言うので、渡すとそのまま帰ってこなかった。水に入って死んでしまったのだという。
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ゲンベエブチ 1956年 宮城県 昔,渕の崖上に源兵衛というものが住んでいた。梅雨頃,夜更けに若い女がきて「私はこの渕の主の鰻で,明晩川上の賢渕の主の蜘蛛と一騎打ちをする。その時あなたが『源兵衛ここに控えおるぞ』と声を掛けてくれれば勝てるのでよろしくお願いします。」というので源兵衛は承知した。翌晩鰻と蜘蛛の大合戦が始まったが,あまりの怖ろしさに源兵衛ここにいるぞと言えなかった。翌朝見ると鰻の首が噛み切られて源兵衛の家の方を睨んで浮かんでいたので,それを見た源兵衛は気が狂って死んでしまった。その後この渕を源兵衛渕と呼ぶようになった。町の人々が供養のために建てた小祠が近年まで残っていた。
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ネコ 1989年 宮城県 大漁の時は魚の心臓を猫神様にあげていた。けれども島に転任して来た先生が、猫を祀るのは野蛮だと言った。それ以来、祀るのが疎かになった。その後、夜中に先生の宿舎へ猫が起しに来るようになった。それで先生は体力が持たなくなり、故郷に帰って亡くなったという。
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コロリノユウレイ 1976年 山形県 明治12年にコロリ(コレラ)が流行して多くの死者を出した。死体を埋めた所にあるじいさんが小屋を建て堤に鯉を飼った。ある年のこと、鯉に餌をやって帰ろうとすると見知らぬ婆さんが立っていた。どこの婆かと聞くと米沢と答える。別れて数歩行って振りかえると、その婆の姿はもうなかった。浮かばれなかったコロリの死人の怨霊だったとわかり、供養して塔婆を建てた。
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ツボダンゴ 1956年 宮城県 2月9日、流しの上に鍋蓋を乗せ「ツボ団子」を盛って「ツボ神さま」に供える。昔、家の主人が乞食に物を与えず、代りに女中が自分の食事を乞食に与え、自分は流し口に集まったものを煮て食べた。この女中が亡くなる時は阿弥陀様のようだったといい、この女中を「ツボ神さま」として祀ったという。
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シンダモノ 1975年 愛媛県 昔、三善家の祖先が夜漁に出たが、その日に限って少しも漁がなかった。何故だろうと思っていると、難船して死んだものが船に上ってきて、供養をしてくれるように頼んだ。それで盆の十四日には念仏踊りをし、十六日には念仏を唱えるようになったという。
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コスイノヌシ 1970年 福島県 湖水の水が氾濫して、鯉がたくさん昇ってきた。その中に特に大きな緋鯉がいた。それを網元の家中で食べると次々と家の者が病気になった。鯉の霊の祟りで、供養をするから恨みをとくようにと頼むと家の人は全快したが、網元の主人が湖水に舟をこぎ出したときにいくらたっても帰ってこないので捜しに行くと湖水の真ん中で泡を吹いて倒れていた。網元の食べた大きな緋鯉は湖水の主の連れ合いで主はどうしても主人だけは許せなかったのである。
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クジラ,タタリ 1996年 宮崎県 身ごもっている鯨が浜に打ち上げられた。これを供養しないと、祟りのため不漁が続くと言われ、寺の境内に胎児を埋葬して石碑を建てた。
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タヌキ 1962年 大阪府 祖父が淀川で船問屋をしていた頃、家族が寝ている時よくうなされた。ある晩船問屋の船が淀の橋の下で夜泊した際、船頭の夢の中に枚方のある人の家で祀られているという源太郎狸というものが現れた。それを家の庭の隅に祀るとうなされなくなった。この源太郎狸は、出水の折淀から浮木に乗り流れ着き、土蔵を住処としていたという。
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ナガレボトケ 1952年 佐賀県 若い女の「流れ仏」を拾ったが、自家近くに埋めて祀らず、浜の納屋近くに捨ててしまった。ところが病気になり、法印様に見てもらうと、「流れ仏が祀ってもらいたがっている」という。そこで石の恵比寿さんを自宅に祀ると病気も良くなり、漁もうまくいくようになった。
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