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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

ヒサゴ,ミョウジン
1978年 広島県
小槌山には厳島神社があった。ある時一本のひさごが生えて大変大きくなった。明神はこの瓜をとってひょうたん船を作り、宮島まで飛んでいった。

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ミヤジマノナナフシギ
1936年 広島県
宮島の七不思議。赤い着物を着た人に首をつかまれて飛んでいたが、おりたところが京都だった。だれも灯さぬたいまつの火が見える。山で笛の音が鳴り響くことがある。神様にあげた馬は茶色でも後に白くなる。その馬が鳥居から社殿まで走り、そのとき厳島の神様が見えるという。白い馬が神様のお使いをする。雨の降った朝は、大人の4、5倍の足あとがある。
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〔イツクシマシン〕
1978年 広島県
厳島神は漂泊神で、安芸国渟田水門から大崎木ノ江を経て大竹の大滝神社に着いた。ここで沐浴していると赤い羽衣が風に吹かれ、それを探していると釣りをしていた佐伯鞍職と出会う。佐伯の導きにより今の厳島神社に鎮座することになった。
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シオミズ
1929年 広島県
小方村の山裏に、地切神社という小社がある。その社の上に苦の坂というのがあり、昔は唯一の国道で登るのになかなか困難な坂であった。嚴島の女神が機をかついで登るのにあまりにも苦しくなって、機を坂から投げ捨てた。捨てた辺りは三尺ぐらいの深さになり柵をめぐらし、今でも十七夜の満潮時には潮水がわく。
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エビス
1975年 奈良県
左衛門尉康方という貴族が、網で魚をとるため舟に乗り、康方は誤ってずぶずぶと水に沈んでしまった。浮かんできたところをみると、3尺ほどのスズキと2尺あまりの鯉を両脇に抱えた蛭子神が、岩の上にいたという。今、民家の棚に安置されている蛭子神の像は、その姿をかたどったものだという。
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オオクチナゴ
2002年 香川県
高仙山には大くちなごが住んでいたが、大正元年の大水の時に梅の木に乗って海へ流れていった、あるいは真っ黒な雲に乗って飛んだという。
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ヒメ,イッポウサン
1983年 香川県
一隻のうつろ船が流れ着いたのを村の人が見つけた。船を開けてみると一人の姫君が乗っていた。身分の貴いお姫さまのようだったので、背負ってわが家まで連れて行こうとした。途中で一休みして再び背負うと、重くてとても歩けず、そこにお留まりになりたいのだと思い、社を建ててお祀りした。それが現在の一宝さんである。
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シロツバキ
1929年 大分県
宮園にある大きな白椿は、昔阿蘇の明神様がついて来た杖を刺したのが、繁茂したのだと伝えられている。
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ショウキ
2003年 沖縄県
鬼界島の征伐から尚徳王が戻るとき、小鐘が浮かび上がって王の船に付き従った。引き上げようとしたが動かなかった。王自身が引き上げると簡単に持ち上がった。そこで以前、鳥をうった矢が突き立ったところに応神天皇・神功皇后・玉依姫を安置して護国の神としたという。
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コウザン
1976年 宮崎県
昔、高元泰の輩が霧島山に登り、逆鉾に至った時、急に山が鳴り雲が起こり、面前は真黒になった。長岡の祠官である青木主計頭が、いつの間にか用意していた粟粒の類を取り出し、疾風急雨に向かって投げたところ、風は止み雲は晴れた。
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シロヘビ
1967年 福島県
ある盲人が、小浜川に橋を掛けたいと水垢離をし、塩松慈現大明神に祈願をした。満願の日、神のお告げがあり、汝の死なんときこそ望みはかのうべし、といい1匹の白蛇が盲人の体を回り消えた。翌日、川に盲人が現れ、川の中に入った。浮かんできたので人々が駆け寄り引き上げたが着物だけであった。その着物を振ると一匹の盲目の白蛇が出てきて川向こうの土手へ這い上がり、人々を一瞥すると明神山へ消えた。盲人の息子が着物を受け取り、遺志を継ぎ10年後に架橋が実現した。渡橋式の日、盲目の白蛇が欄干を行き来していた。
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ロクシャグウ
1983年 岡山県
六社宮はあらたかな神である。六社宮は吉備高原上にあるお宮だが、牛窓沖と一直線に向かい合っているために牛窓沖では船が難破したり動かなくなって困った。そのため牛窓の漁師が六社宮の向きを変えてくれと頼んだ。そのため牛窓からは毎年お祭りにはお供えに魚を持ってきていた。
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カモ,ヒカリ
1983年 香川県
蔦島に1羽の鴨が飛んできた。それを漁師が見ていると島に光り輝くものがあった。行って見てみるとそれは神様だったので、祀った。現在でも祭りでお供えする榊の木は蔦島に採りに行く。
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モッコク,ハクバ
1963年 愛媛県
肥島の荒神様の境内に大きなモッコクの木があり、手をつけると神のたたりがあると信じられていた。ある時、ある人が境内を無断で開墾し、モッコクも切り倒してしまった。翌夜、1人で船に乗っていたところ、白馬が海岸に現れて上陸させなかった。それ以来、1人では夜間島に上陸できないという。
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キンポクサンノカミサマ,オニ
1984年 新潟県
昔、佐渡を治めていた金北山の神さまが、もし節分に撒いた豆から芽が出たら佐渡の国を譲ろうと鬼に約束する。このときの約束状が金北山のお堂の下に埋めてあるともいい、いくら鬼がとりに来ても、神さまは決してわたさないという。
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ハチマン,カイジン
1977年 静岡県
遠州の日坂に八幡の祠がある。昔この明神の美しい娘を海神が妻にしようとしたが、明神はそれを許さなかった。怒った海神は大鯨を遣わして娘をとろうとしたので、明神は碁盤で打ち殺したところ、鯨は山にかわったという。海神はさらにむくりこくりを語らい軍を起こすも、明神はそれを戦って退散させた。海神はさらに明神の御方なる人が海辺に来たら仇なそうと考えた。これより現地の民は潮を焼く所がなくなったという。
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オフデムロ,モリヨシシンノウ,モリナガシンノウ
1956年 宮城県
護良親王が鎌倉を脱して宮戸島月浜に着船し、大浜で仮住居した時、嵯峨渓海岸の御番所山の中腹で、室の木の枝を筆とし、これを地に挿したところ根が生え大木となる。
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カゼノカミ,フクロ
1988年 奈良県
元寇のとき、竜田神社の裏から大きな袋が舞い上がり、玄界灘に飛んで行って嵐を呼んで、蒙古の船団を沈めた。袋は竜田明神で、風の神であったという。
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イシ
1978年 広島県
太郎左衛門という男は毎年安芸の宮島に詣っていたが、その帰り、船の中で袂に手を入れてみると小石が入っていた。海に投げてもまた入っている。夜に明神様が枕元に立った。村人はこの話を聞いてその石を祀った。この石は元は袂に入る小石であったのが、今は高さ一尺七、八寸、まわり二尺二、三寸にもなった。
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コウシン
1963年 新潟県
漁に出たが悪風にあって流され、途方に暮れて一同は庚申さんに一心に立願した。すると烏が飛んで来てまたどこかへ飛んでいった。日が明けると、300石積の船が見え、助けてもらった。
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ウマ,イシ
1967年 福島県
古市という家の氏神の古箕明神は、昔、栗毛の馬に乗って日中に入ってこられた神様だと言い、この明神様が乗っていた馬が石になったという石が祠の下に残っているという。
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