ダイコクサマ 1960年 宮崎県 旧10月初の亥の日にはダイコクサマが田から帰ってくると言われ、餅をついて供えるほか、鰯を2尾ほど焼いて供える。
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ダイコクサマ 1960年 宮崎県 正月11日を「鋤き初め」といい、この日にダイコクサマが家から田圃へ出て行くという。
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デーラサマ,デーラボッチ 1955年 神奈川県 デーラサマは、富士山に縄をかけて引いてきたが、頂がちぎれて飛んだ。それが城山になったという。デーラサマが跳ねてできた足跡は、くぼ地となってデーラクボと呼ばれている。その時、足駄の歯にはさまった土が落ちてできたのが、相原のデーラボッチである。デーラサマは大山に腰掛け、相模川で足を洗い、東方へ飛び去ったという。
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アカトンボウ 1974年 弘化3年6月17日に、浪花の人である雲鶴という相撲取りが来て言うには、いま島の中辺を通っていたところ、南の方から空中を真っ黒になって飛んでくるものがいたという。近くで見ると、それらは皆赤とんぼうで、数万匹が北を指して飛んでいった。
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シシ 1987年 山形県 昔は柳原集落にしか番楽の獅子頭はなかった。1890年ごろ、稲沢集落の人が柳原の獅子頭を奪ったらその人は亡くなり、その人が獅子頭を預けた人も亡くなり、不動堂に預けたら預けに行った人も死んだ。獅子が怒っているということで、話者の祖父が龍を彫り上げて、獅子は柳原に返した。
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ヒョウスボドン,オソキ水神 1965年 宮崎県 12月7日のオソキ水神の祭には相撲大会があるが、神主や相撲に出た人には、オソキ水神とヒョウスボドンが相撲を見物しているのが見えるという。
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ガアタロ 1975年 岡山県 集落からはずれたユミノハマというところで、ガアタロ(河童)が相撲を取ろうと言ってくる。
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タヌキ 1983年 香川県 ウシンブチ、ウマンブチというところに住んでいる狸が、通りかかった男に相撲をとらんかと言ってきた。男が相撲をとっていると、狸はいつのまにか墓石になっていて、男は血だらけになって死んだ。
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コトハジメ,ダイマナク,ショウマナク 1949年 栃木県 2月28日の事始めの前の晩、長竿に籠を差し屋根に立てる。これは悪病が入らないようにこの籠の目で悪神をにらみつけ追い払うものである。29日の年はダイマナク、28日の年はショウマナクといい、ダイマナクは草刈籠で、ショウマナクのときには目籠を用いる。また、この日山仕事をすると怪我をすると言って行わない。
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ヤマノヌシ,テング 1973年 山梨県 大和田山で杣が仕事していると1人の小僧が相撲を取ろうと言う。仕方なく相撲を取ろうとすると山の上から「そんなものと相撲を取ると死んでしまうぞ」と声がする。その声に驚き杣が相撲を取らずにいると小僧はどこかへ行った。小僧は山の主(天狗)が化けて出たものである。
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ヤシマノハゲダヌキ 1922年 香川県 屋島の禿狸は源平屋島合戦の時、木の上に登って戦を見物して行ったのでその一部始終を知っている。その後禿狸は八栗寺に移して、屋島の合戦を演じて四国における狸大将として暮らしていたが、ある時狩人に殺されたという。これは禿狸が死後人に乗り移って話した身の上話という。また祖父母の話では、嘉永安政頃、阿波西林村の女髪結の体を借りて、吉凶その他を予言したり、他の狸憑から狸落しをしていたという。日清日露戦争では多くの乾分を従え、満州へ出征して大いに働いたという。
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ウジガミサマ 1983年 富山県 10月31日は、氏神様が出雲にチョウハイに行くという。供え物をして出雲に送るのだが、その時に氏神様は縁結びをするといった。神送りのときにお供えにオモシをかって供えないと隣の神様に持っていかれるといった。11月31日には神迎えをする。
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セコ 1960年 大分県 干天が続くと川から木を流せなくなるので、材木商人が子供を川原に集めて相撲をとらせる。これを「カワズモウ」といい、カワズモウをするとセコが出てくるので雨が降るといわれている。
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シシ 1987年 山形県 柳原集落の番楽の獅子頭は生が入っているから、火事のとき1人で飛び出したと伝わるが、本当は大事なものだから誰かが運び出したのだろう。
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テング 1992年 茨城県 大部氏宅の庭石に天狗が下りてきて、家の者に目隠しをして土嶽につれて行き相撲を取った。赤飯を持って来れば生涯楽にしてやるといわれたが、帰って妻に話すと、それ以来、天狗は現れなくなった。
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ヨーカゾー 1950年 東京都 南多摩郡・唐木田では12月8日と2月8日にヨーカゾーという疫病神が来る。この日外出している者がいると帳面に判を押し、道祖神に預けていく。子供らが正月13日の晩に道祖神前に小屋を作り、14日朝サイノカミをするのは、この帳面を燃やすためだという。
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タタリ,オシラサマ 1979年 岩手県 柳玄寺にオシラサマがある。これはもと中沢村佐々木家に伝えられていた。佐々木家では肉食を忌んでいたが、ある時家人が熱病に悩まされたので占ってもらうと肉食したからということであった。この程度のことで祟るとは何事かと主人がオシラサマを流れに投げ込んだが、熱病は前にもまして激しくなった。主人は悔い改め、行方を探し持ち帰り、一心に念じると熱病は快癒した。主人はこのようなものは恐れ多くて家には置けないと柳玄寺に納めた。8、90年前のことという。
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ヤマノカミ 1982年 新潟県 旧12月12日の山の神祭りには、山形県小国町から山伏をよび、頭屋の祭壇の前にシメを張り、村の男をミコに立て、目隠しをし、両手に幣束を持たせてかがませ、山伏が経や陀羅尼を唱えて祈祷し、村民は棒で床板をたたきながら心経をよんだ。これで山の神がミコに憑き、問い役のゲンジトリが12月以降の狩のことや村内のことを聞き、それについて託宣があった。この神憑けの祈祷をシラツケ(シラモノツケ)といっていたが、大正初年には中絶した。
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メヒトツコゾー 1989年 静岡県 目一つ小僧は、12月10日の八日節供の晩に家々を廻って病人にする人を帳面につけ、それを2月8日にとりに来ると言ってセーノカミさんに預けていく。目一つ小僧が来た時には、セーノカミさんは「正月のドンドン焼きで焼かれてしまって帳面は無い」とごまかす。
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ヒトツメコゾウ,サイノカミ 1977年 神奈川県 12月8日には一つ目小僧がやって来て、家ごとにどの様な災難を与えるかを記帳し、その帳面をサイノカミに預けて帰っていく。2月8日にその帳面を取りに来るので、それに先立って、1月14日のドント焼きでその帳面を焼いてしまうのだという。
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