オバガミネノイッポンアシ 1991年 奈良県 12月20日には、一本足が出てくるので、伯母峰峠を越すなと言われている。一本足は昔二本足だった。退治しようとした豪傑が片足を切ったので、足が一本になったのだという。
類似事例 |
|
イッポンアシノオニ 1986年 奈良県 「ハテノハツカに伯母ヶ峯越すな」と言う。12月20日に伯母ヶ峯には一本足の鬼が出て、通る人を食らうという。
類似事例 |
|
イッポンアシ(ゾクシン) 1935年 奈良県 伯母ヶ峯の一本足は、北山郷に広まった伝説で、「暮の二十日」(12月20日の事)に通ると山へ引き込まれると言っている。それで以前は暮れの20日は伯母ヶ峯を通るのを避けた。
類似事例 |
|
イッポンアシノカイブツ 1986年 奈良県 12月20日に伯母ヶ峯には一本足の怪物が出るという。
類似事例 |
|
オバガミネノイッポンアシ 1991年 奈良県 伯母峰峠の一本足が、12月20日に飛んできて、漉いた紙を貼って乾かす板に足型をつけるという話があった。
類似事例 |
|
イッポンダタラ 1978年 和歌山県 伯母峠に一本ダタラと呼ばれる、片目片耳の馬のような姿をした恐ろしいものがいて、義経の放った馬の化身だと言われた。普通の人は襲ったが、郵便屋さんは襲わない。特に12月20日に伯母峠を通るといけない。
類似事例 |
|
イッポンアシ,イノザサオウ 1988年 奈良県 伯母峰の猪笹王という大猪を射場兵庫という鉄砲撃ちが倒した。猪笹王の亡霊は紀州湯の峰の温泉に野武士に化けて湯治に行った。宿の主人が覗くと、部屋一杯の大猪が寝ていた。後に猪笹王の亡霊は一本足の鬼になって伯母峰に出て旅人を取ったので、丹誠上人が封じ込めた。ただし12月20日だけは鬼の自由になる日として、「果ての二十日」として怖れられている。
類似事例 |
|
ヒトタタラ,ヒトツタタラ 1989年 奈良県 峠を越える旅人を困らせていた一本足という怪物を射場兵庫という豪傑が鉄砲で撃ち取った。一本足は12月20日に出没していたので、その日になると撃ち取った銃は汗をかくという。
類似事例 |
|
ヒトツメコゾウ 1996年 香川県 おん坂という峠の近くに、勘平という力持ちが住んでいた。その頃おん坂には一つ目小僧が毎夜出た。ある日一つ目小僧は勘平が通るのを待って、綱引きをした。勘平に負けた一つ目小僧は大入道に化けたが、勘平は自分の体を大木にしばりつけ、びくともしなかった。
類似事例 |
|
オニ 1990年 千葉県 人骨山に住む鬼が1年ごとに人身御供を取っていたが、旅の六部の助言で西の方から強い犬を連れてきて、ようやくその鬼を退治することができた。
類似事例 |
|
サンボンアシノウマ 1986年 奈良県 「ハテノハツカに伯母ヶ峯越すな」と言う。12月20日に伯母ヶ峯には三本足の馬が出ると言う。
類似事例 |
|
ヤマノカミ 1927年 愛知県 山の神は一ツ目一本足だという。そのため、跛の者を山の神という。老人が山仕事に行き、一本足の怪物に出あったことがあるが、詳しいことはわからない。
類似事例 |
|
イッポンアシ 1924年 奈良県 吉野の伯母ケ峰には昔一本足という化物がいた。
類似事例 |
|
クマササオウ,イッポンタタラ 1967年 奈良県 弓場兵庫守は伯母ヶ峰山中で背中に熊笹の生えた大猪を鉄砲で撃ち殺した。猪は亡霊となって野武士の姿を借り宿に泊まった。亡霊はその後、イッポンタタラ(一本足)の鬼となって伯母ヶ峰で旅人を取って食べた。
類似事例 |
|
ヤマガミ 1936年 岐阜県 ある行者が荒神の森に参籠修行したところ、満願の日に襟首を掴まれて投げ飛ばされた。この森は昔から女人禁制で、男でも不浄の者が参詣すると麓の橋に怪異が現れて登れなくなったという。
類似事例 |
|
コヒノウラミ 1956年 宮城県 2メートルくらいの古碑があり,「元応□年九月十五日」と刻まれている。200年程前,この古碑は八幡社近くの小川に橋の代用として架けられていて,百姓達が泥足で供養の文字の上を渡っていた。この石橋が架けられて間もなく,夕方に村人がそこを通ると恐ろしい鬼のような怪物に襲われるようになった。村の郷士馬場某がある夜単身でその辺に出かけたところ、橋近くの桜の老木の近くに来た時,仁王のような恐ろしい鬼が現れたので,馬場某が斜めに斬り付けると手応えがあって怪物は煙のように消え失せてしまった。翌朝行ってみると怪物の亡骸はなく,石橋の一方が斜めに切り取られていた。村人達は,「碑にも霊があって泥足で踏まれたのを怒ったのであろう」として現在の位置に立て直し,厚く供養してお詫びした。その後怪異は起こらなかった。
類似事例 |
|
ナカヤマトウゲ,オイヌイシ 1956年 宮城県 仙台市の北山から泉市の根白石に越える峠。昔は狼が多いので知られ、根白石の山根から仙台へ炭薪を行商にくる人々は、夕方集合して駄馬を一団にして最後尾の馬はモトツ(手綱)を引きずり、狼除けとしていた。ある日実沢の百姓が夜に独りで峠にかかると、1匹の狼が口を大きく開いている。咽喉に挟まっていた骨をとってやると尾をふりながら去った。次の夜、その狼がお礼に猪をもってきて、縁側においてあった。それ以後仙台から夜に帰るときは、骨を抜いてやった場所にいて送ってくれたので、峠から実沢への分かれ道に三峯の碑を建てた。これを狼(オイヌ)石という。
類似事例 |
|
ヤシャガミノタタリ 1986年 山梨県 芦安の夜叉神峠には昔、夜叉神という悪い神がおり、その神は体が大きく足が長く、村人を苦しめていた。ある夏に大雨が幾日もつづいて芦倉山が崩れみでい川をせき止めたため、谷が峠の麓まで湖のようになり、ついには山崩れで濁水が流下し、甲府盆地に大被害をもたらした。村人達はこれは夜叉神のたたりであると恐れ、その霊をおさめるために御勅使川の谷を一望できる峠の上に石の祠を造って手厚く祀ったため、夜叉神のたたりもなくなり、村は平和となり栄えたという。
類似事例 |
|
イッポンアシノカイブツ 1928年 静岡県 ある山では雪の降ったあと必ず、一本足の怪物の足跡が残されている。あおれはあるとき、杣が山仕事をしていて誤って片足を切断してしまって死んだので、その杣の亡念が残ってそいうした怪物になったのだという。
類似事例 |
|
ヤマ,ワザワイ,(ゾクシン) 1915年 徳島県 果てる二十日(12月20日)に山へ行くと禍があるといわれている。
類似事例 |
|