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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

カオロ,カッパ
1939年 岐阜県
昔越中の売薬商人が途中である人に会い、一通の手紙を託され子の手紙を坂下の石楠淵に投げ入れてくれと頼まれた。商人は満成寺にとまりそれを和尚に告げた。2人は不思議に思い手紙を開くと白紙だったが、水鏡に映してみると「この人の肝を取り下され」とあった。途中に会った人は河童つまり俗称カオロの人に化けたものという。

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カオロ
1933年 岐阜県
ある人が峠でひとりの旅人と同行した。この旅人はカオロすなわち河童であり、水神様に捧げる人を捕りに行くところだと話して、どこかへ行ってしまった。そののち、小児が水中で死んだことを聞いた。同行したカオロの仕業と思ったが人には告げなかった。後日カオロはお礼に吹出物の全治する妙薬を教えた。
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カッパ
1973年 熊本県
ある男が見知らぬ男に、手紙を渡すように頼まれた。男は手紙が河童の手紙であることに気づき、「宝物を与えるように」と書き換えた。手紙を受け取った男は河口に船を出して置くように言った。船を出して待っていると、河童が魚を投げ入れてくれた。その魚を売って、男は金持ちになった。
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カンゼノンボサツ
1970年 山形県
弘化年間、長町にせんという、産婆を業とする女がいて、人々に慕われていた。ある秋、仕事帰りの夜道で、8歳ほどの男の子に声をかけられた。翌春の彼岸の晩、その男の子は再び現れ、紙包みを手渡した。男の子の正体は高松の観世音菩薩で、包みの中身は徳利だった。徳利からは病人を治す蜜が出て、霊験あらたかな徳利としてたちまち評判になったという。
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カッパ
1928年 島根県
行商人が歩いていると、女に手紙を渡され淵に投げ込んでもらいたいと頼まれた。手紙を開いてみると人間の字ではなく河童の手紙だろうということになり、焼いてしまった。
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ヌマヌシ,カッパ
2001年 青森県
ある者が八戸へ向かう途中、沼館の沼へ差し掛かると、勘太郎場の友人まで状を届けてくれと頼まれた。了承はしたが、後でその内容を見てみたところ、当の状を持っていく者のだっこを抜いてしまえという、河童の状であった。そこで、その状を、宝をくれてやれという内容のものにすり替えて渡したところ、本当に宝がもらえた。
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カッパ
1955年 鹿児島県
河童が子どもをさらうとして恐れられる場所に突き立つ岩があり、その上で座禅を続ける和尚がいた。ある年の暮れ、和尚の前に7、8歳の男の子が現れて寺の書物を欲しがった。それを河童の化身と和尚が見抜くと、河童は正体を現した。和尚が本を与えると、その礼として河童は水難を逃れる剣を和尚に渡した。
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カッパ
1979年 鳥取県
馬子が河童と相撲をとり、頭の皿の水をこぼさせて勝った。すると河童が大きい樽と手紙を託し、向こうの沼へ手紙を届けたら樽をあける鍵を渡すという。馬子は言われた通りにしようとして、途中で寺に立ち寄ったところ、和尚が河童のたくらみに気づいた。樽に入っていたのは99人分の人間の尻で、残り1つは使いの男で間に合わせるよう手紙に書かれていた。
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ミダノケシン
1993年 福井県
長源寺跡の近くの谷川の滝に、昔一人の侍が辿りついた。のどの渇きを癒そうと滝に近づくと、美しい女が滝に打たれていた。侍が見とれていると、女性は「私の姿をじっと見てこのまま帰ると命が危ないので、この近くの長源寺で仏道に精進しなさい」と言った。侍は仏道に帰依した。女は弥陀の化身だったという。
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カッパ
1991年 滋賀県
梅吉という爺さんが住んでいた。ある日お坊さんが「この玉をあずかってください」といって出した5つの白い玉を預かった。しばらくすると子供がやってきて、その玉を欲しいといった。お爺さんは断ったが聞かない。河童が化けていることに気付き、「相撲をして勝ったらあげる」といって相手になり、その玉を隠そうと益田川の大井のところに行くと相撲をしていた子供が先に来ていた。うろうろしている間に玉は無くなっていた。子供は河童が化けていた。
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(カッパ),トウ
1982年 神奈川県
相州大川道西久保という所に小さい川があり、その川で河童が馬を引き込もうとしたところ、大勢で河童を打ち殺そうとした。その時にある百姓が河童を貰い助けたところ、夜に河童が礼にやってきて、陶器に酒を入れ、鱸を2匹持ってきた。鎌倉時代のことだという。この河童は雌雄いて、一匹は鎌倉に住み、一匹はこの角村に住んで文通をしているという。この陶の酒を呑む時、少しだけ酒を残しておくとまた酒が増えて、万年も絶える事がないと河童は言った。ある時酒を飲み干したので、それからは一滴も出なくなった。
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カッパ
1991年 山梨県
さる山小屋でヒジロ辺が異様に濡れているということが何度も起こったので、抜き身の刀を持って寝ずの番をしていると河童が夜陰に乗じて現れたので、刀を払った。翌朝、河童の片手が切り落とされていた。その昼下がり1人の小娘が訪ねてきて、また、河童には河童膏という妙薬があり切り落とされた手など治るから、手を返して欲しいという。この膏薬の秘法とひきかえに手首を受け取って、河口湖へ姿を消した。
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カッパ
1976年 宮崎県
日向国で河童に足を掴まれた為に、その手を切り取って持ち帰ったところ、毎夜河童が現れ手を返してくれるように願った。返す代わりに妙薬の仕法を教わった。
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カッパ
1991年 山梨県
長浜の五郎吉が千鳥足で謂陽浜を家路に向っていると、河口湖から河童が現れて湖中へ引きずり込もうとした。しかし、河童の頭の皿には3つの穴があいており、この穴に指を突っ込むと河童は神通力をなくすといわれており、そこへ指を入れると、河童は路ばたへ倒れて謝った。火傷の妙薬の秘伝と引き換え命を助けられた河童は、甲らから秘伝の巻物を出して五郎吉に渡すと一目散に河口湖へ逃げ込んだ。その後、近郷近在から五郎吉のところへ秘薬を買いに来る姿が後を絶たなかった。
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ナンドバシノカイブツ
1986年 石川県
ある男がお坊さんから納戸橋に立っている男に渡してくれ、と手紙を預かった。不審に思い任誓様という高僧に読んでもらうと、「この男を捕って食え」とあったので、「この男に福を与えよ」と書き直した。男が手紙を届けると、納戸橋の男は追いかけてきて、家の中へ金襴の袋を投げ込んでいった。
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カッパ
1921年 長崎県
福江に河童の霊と交感する霊媒師の男がいた。大圓寺川にすむがあ太郎と親友で、河童と相撲を取るのが好きだった。河童の霊により、男は病気の者の運命が判ったということである。
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ヤクシノメン
1939年 島根県
山田寺の薬師の面の漆を塗り替えるために、京都の漆屋へ送ったが、その木が大金になるというので他の木で面を作り送り返した。すると面が怒ったので、八代の山田寺へ帰れと言って面を海へ投げたところ、同郡の温泉津の濱へたどり着いた。子供が面を拾って舞を舞っているのを八代の庄屋が見た。その夜、面が庄屋の枕神に立ったので、庄屋は面を山田寺へ持ち帰ったという。
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ミソシ
1958年 石川県
川に入った馬の肝を取ろうとした河童(みそし)であったが、頭の皿の水をこぼしてしまったために神通力が失せ、捕まってしまった。今後決して人畜を害さないと約束した上放たれ、恩義を感じたみそしは、魚の土産を持っていった。
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ショウジャ
1970年 大阪府
正直者の男が、取石池から現れた男に、久米田池の女に手紙を渡してくれるように頼まれた。それは男を呑めという手紙だったが、弘法大師が手紙を書き換えてくれた。男は池から現れた女に歓迎され、竜宮に連れて行ってもらい、3日過ごした。女は土産に酢が湧き出る酢壷をくれた。家に帰ってみると、3年が過ぎていた。
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ガヲロ
1936年 岐阜県
乙姫の病気を治す薬である猿の肝を河童が取りに来た。河童は猿を騙して水中に連れ込むが、殺されそうになった猿が肝は陸に干してきたと言い再び陸まで戻りそのまま逃げた。
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カッパ,ジュウイチニノショウニ
1991年 山梨県
下條村に切疵の薬を売る農家があった。その父が師走の末に釜無河原を通ると11、2なる子が馬の尾に縋っているのでそこをどけというが、聞かないので山刀を抜いて切るまねをするとたちまち消えてしまった。宿へ帰って馬を洗おうとすると、尾房を猿の腕のようなものが掴んであった。その翌朝戸外に小供の声がして、主人を呼ぶ。戸を開けると112の小児がいて平伏し、私は釜無川の河童だが、腕を接ぐ妙薬があるから腕を返して欲しいという。河童はその薬方と腕を交換して帰った。これが国中に名高い下條の切疵の薬である。
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