ベンザイテン 1981年 愛知県 岩屋寺消却の時、弁財天が鎮火したという伝説が残る。その時ついた焼痕の後のある柱が今も残る。
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コクウン,ハクウン 2002年 京都府 治承四年(1180)に、山城国東山にある法観禅寺の仏舎利塔(八坂塔)が雷によって焼かれた。その跡を黒雲が覆い、七日後にようやく散じた。ある威徳な上人が言うには、その昔祇園精舎が燃えた時に、その跡を七日間白雲が覆った事もあったという。その地面を掘ったら十一面観音銅像が出土したが、この時は聖徳太子の親書が入った箱が出土した。
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タヌキ 1931年 東京都 円通寺の布袋渡河の図は、狸が化けた和尚が寺に宿泊して正体を見破られたとき、記念のために書いたものである。寺が火災に遭ったときも焼け残ったので、火難除けとして秘蔵されている。
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ジョウグウタイシ 2002年 京都府 上宮太子(聖徳太子)の発願によって建立された、山城国の東山にある法観禅寺の仏舎利塔(八坂塔)は、治承年間や正応年間に火災に遭うが、太子の願力が非常に強いものなので、灰燼に帰することはないという。
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(ダイナルヒ) 1980年 東京都 享保の頃江戸に住んでいたが、その家の向かいにある山に伝通院という寺があった。正月25日の戌刻に寺の辺りから大きな光が出て北や南に歩いた。その後、空に上って星に成り、夜な夜な輝いた。そして3月8日巳刻に、牛込から千住までの大火事が発生し、この寺の庭で非常に多くの人が焼死した。
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オニガワラ 1977年 東京都 愛宕下天徳寺という寺の鬼瓦は兜巾(ときん)をかぶっている。ある時、火事の火の粉が燃え移りそうになったが、この瓦から水が出て、火を消した。
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(ケムリヲダスカネ) 1974年 京都府 京都の寺町通りにある妙満寺に置かれていた鐘は、元々道成寺にあったものというが、この鐘を鋳つぶして新しく作り替えようとした際、にわかに大雨が降り、煙が鐘から吹き出てきたという。
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ヒノタマ 1986年 東京都 霊園に火の玉が出るというので写真を撮りに行った。火の玉が出たので写そうと思いカメラを向けたら、火の玉が向かって飛んできてカメラの上をこすった。カメラには焦げた跡がついていた。
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ヒケシベンテン 1996年 愛知県 慶長5年、鳥羽の九鬼軍が略奪目的で岩屋寺本堂に火を放った。そのとき、白馬に乗った天女が現れ、南門に近い「弁天の井」から水をすくい、本堂の棟に水を投げた。すると火が消え、本堂は元のままになった。九鬼軍は恐れをなして何も取らずに逃げ出したという。天女は藤島の弁天様だった。
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アミダサマ,ヒノタマ 1990年 長野県 塩六が背負ってきた阿弥陀様はムラの中央のお堂にあったが、明治23年の火事の時に火の玉になって雨飾山へ帰ったともいう。
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ハセデラ 1975年 奈良県 和州泊瀬山の長谷寺の本尊十一面観音は、数度の火災でも焼ける事がなかった。たとえ体が焼けたとしても、頭だけは山上に飛んでいって焼けなかった。
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キツネ 1991年 静岡県 ある寺の住職が檀家に接待されて帰る夜道、提灯が倒れて火が消えた。灯なしに歩くと何度も同じ道に出る。民家で火を求めたが誰も出て来てくれない。あきらめて歩き出すと狐の姿が見えた。さらに歩かされて寺に帰ると衣も脱げ、お土産もなかった。昼間戻ってみると、提灯には爪痕がついていた。とりやめていた寺の豊川稲荷のお祭りを再開したら、そういうことはなくなった。
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ベンザイソンテン 1966年 愛知県 享保14年酉春15日の夜、弁天女が夢の中に現われ、3日のうちに火事があるが私が火災を除けるので心配するなと言った。18日に隣町で火事があり、隣家まで類焼してきたが、そこで火は消えた。
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カジ 1977年 三重県 丁酉の年の11月13日夜、勢州の山田一志あたりで火事が発生した。これは宝永2年に群衆が太神宮へ訪れて師職が大金を稼ぎ、敬神の念を忘れたからだといわれていた。
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ケリアゲカンゼオン 1983年 鹿児島県 日向の国の志布志という里で、日頃から観音を信仰している女がいた。その夫が猟師だったので、夫の悪行を嘆き、何とか善心を起こさせようと観音に祈念していた。嘉吉2年5月に夫がいつものように山に入ると俄に雷が鳴り響いた。恐れた夫は観世音の聖号を唱えると、かの尊像が空中に現れて、夫の頭上に落ちてきた雷火を左足で蹴り上げて助けた。帰って観世音の像を見ると左足を上げていたという。
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タツ,ハクジャ 1981年 東京都 大谷弁天は夫人にご利益があると言われていた。ある婦人が願をかけて、満願の日にお礼参りにいくと、にわかに天が曇って暗闇になり、弁天様の横の池から竜が天に昇った。その竜が雷鳴となって落ちてきて、大松に落雷した。大松は3つに裂けて、その中に胴回りが2尺もある白蛇が粉々に切れて死んでいたという。
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ヒケシベンテン 1980年 愛知県 南知多の岩屋寺に藤島弁財天の噴井がある。ここは水量も豊かで、昔鳥羽の九鬼大隅守の軍勢が知多を侵略する際に岩屋寺に攻め入り本堂に火を放った時、白馬に乗った弁天様がこの噴井から水を運んで火消しに一役かった。この奇跡に村人が気づいたのは、弁財天の足に泥がついているのをみつけたからであり、深く感動したといわれる。
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ワラウチイシ 1976年 大阪府 天下茶屋村の東方にある円山という丘の上には、兼好法師の藁打石という石があった。享和元年の四天王寺回禄の際、近村より礎石となる石を集めたところ、この石も持って行かれた。ところが、怪事が起こったので、石は元の場所に戻されたという。
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ヒケシベンテン 1966年 愛知県 慶長5年秋9月「悪竹(あたけ)」と呼ぶ九鬼一族が兵船を出し知多郡西岸を却椋した。横須賀馬走村、大野光明寺、次々に寺を焼き住職を殺し寺宝を奪った。そして岩屋寺に来襲し本堂に火を放った時、弁天様が白馬にまたがって水をかけ鎮火させたので全焼をまぬがれた。(伝説)
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コウミョウイシ,アミダサマ,ヒノタマ 1990年 長野県 あみだが原には光明石がある。塩六という人が雨飾山から阿弥陀を背負って光明石まで飛んだとき、阿弥陀様の足跡が石についたという。この阿弥陀様はムラの中央のお堂にあったが、明治23年の火事の時に火の玉になって雨飾山へ帰ったともいう。
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