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検索対象事例

キツネニョウボウ
1949年 長野県
信州の坂井の里の浦野家に伝わるいいつたえ。狐女房が添乳をして昼寝をしている間に、その子に尻尾を見られ、驚いてどこかに走り去ってしまった。その夜、その家の田に稲が生えた。これはその母が植えたものであり、秋にはよく実りその家は栄えた。今、その子孫は多いが、皆乳の下にまた乳の形がある。

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キツネニョウボウ
1949年 山梨県
子供まで生んだ狐女房が、太い尻尾を出して台所を掃いているところを見られその正体を知られたために、歌を残し、泣く泣く子供を夫のもとにおいて去った。それから、子供が泣いて困る時には、森に連れて行き呼ぶとこの女房が出てきて乳をくれた。田植えの際、子供を抱えた夫が困っていると、狐女房が人間に化けた手下の狐を大勢連れてきて手伝ってくれた。秋になるといつもの倍米がとれた。
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キツネ,オナバケイナリ
1922年 茨城県
女化稲荷の伝説がある。男が猟師に狙われていた狐を助けた。狐は男の家に女に化けてやってきて、2人は夫婦になった。3人の子を産んだが、ある日子供が「お母さんは尾が生えている」と言い出し、母は遺書を残して姿を消した。男は原の稲荷へ行って、家に帰ってくるよう頼んだが、狐は答えなかった。それ以来その原を女化原という。例の男の家筋は今もあり、何となく狐に似ているという。
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キツネ
1949年 福島県
一人の男が田圃を耕していると、きれいな女性が来て腹が痛いといって泊り込み、ついに夫婦となった。三人の女の子が出来た。あるとき、油断をして白い尻尾を見られて、悲しんで山に逃げ帰った。夫が小さい子を連れて乳を貰いに山にいき、家に帰るように懇願した。しかし、家には帰れないが、稲と鉏を田圃に置いておけば手伝いをしてあげようといった。そのとおりにすると、苗の植付けは終わっており、秋にはよく実って、男は金持ちになった。
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キツネ
1973年 三重県
昔、信太の森の狐が娘に化けて男に嫁いで子どもを産んだが、その子に尻のしっぽを見られて帰ってしまった。父親はその子を男手一つで育てていたが、あるときしも行きしなければならなくなり、子供にその子の面倒を見てくれないかと頼んだが、その子は断った。結局、子供を牛つぼに乗せて連れて行ったが、子供はカエルを捕ってきたという。
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キツネ
1959年 神奈川県
ある年の秋、村人が稲を収穫していると犬に追われた狐がやってきた。村人の一人が鎌を振り上げると狐は積み上げた稲に登り尾を立てた。すると村人たちは大水が出たと叫びながら騒ぎ出した。遠くの田の人がやってきて教えてやると村人たちは我にかえった。
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キツネ
1983年
天文年間に、摂州の垂井氏が野外で美女にあった。そこでその女を妻としたところ男児を生んだが、その子が鏡に映った母の姿が狐だったことに驚く。このせいで狐は1度鳴いて去っていったという。
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タネノトウスケ,キツネ
1981年 鳥取県
種の藤助という家の嬶さんは狐だった。藤助の家の田は、助けた狐の子が恩返しによその田でできた米をくわえてもってきたので豊作になった。
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キツネ
1955年 山形県
日露戦争の頃、狐の子を産んだ女がいた。出征した夫が早く帰るように毎夜お稲荷様にお参りしていたら、突然主人が戻ってきた。生まれた子は毛の無い狐のようだった。
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キツネ
1982年 宮城県
田植えの手伝いを頼む人が見つからずに困っていた人が、子どもが狐をいじめているのを逃がしてやったら、狐が田植えをしてくれて、その年は豊作になった。
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シノダノキツネ
1966年 山形県
昔あるところに一人暮らしの男がいた。嫁を欲しいと思ってはいたがあきらめていた。信太の狐と呼ばれていた大狐がその心中を察して、男の元を女に化けて訪れ嫁となった。子供も産まれたが、ある日狐の姿で子供を抱いて寝ているところを見られた。子供に情のある狐は事情を話し、昼間は子供に乳を飲ませに来ると約束して、信太の森に帰っていった。
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キツネニョウボウ
1949年 石川県
万行の三郎兵衛の狐女房が、正体を知られて二人の男の子を残し、泣いて帰った。その後、毎年稲の稔る頃、狐女房は田のまわりを「穂に出いでつッぱらめ」と唱えて回った。役人が検分に来ても、この家の稲だけは実が入らないことから年貢を免除された。刈り取って家に運ぶと後から穂を出してどの家よりもよく実っため、暮らしが豊かになった。
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ハクラク,キツネ
1936年 大阪府
妊娠中の狐が案内を乞うので、伯楽が妊娠の準備を整えてやると、無事出産して狐の子を残して去った。その後、親狐は姿を見せなかったが、密かに授乳をしに通っていたらしく、ある程度成長した子狐もまた去って行った。
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キツネ
1938年 長野県
狐がある家に嫁入りし、子供が生まれたが、乳をやるとき、寝室の戸を閉めるのを家の人が不思議に思い、戸の穴から覗かれ狐の姿を見られた。狐は裏口から野原へ逃げ、大きな石になった。
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キツネ
1926年 長野県
ある女を女中に雇った。明日田植えの日、女中は狐の姿になって昼寝していた。悟られた狐は突然姿を消した。翌朝、田には苗を逆にして植えてあり、狐のたたりを恐れてそものままにしておくと、その秋は豊作になった。
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キツネ
1930年 長崎県
男嶽山に住んでいた狐が人に化けて産婆を迎えに行った。狐は無事に産を済ませ、産婆はそこで夕食を食べて泊まり、お礼の包み金をもらった。しかしその料理や金は狐が近所から盗んだものだった。
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キツネ
1988年 奈良県
惣五郎と言う人が三反御作(3反歩ある大きな田)を植えた帰り、溺死した子狐を見つけ葬った。その夜戸を叩く者がおり、「お田引いた惣五郎さん、三反御作みな引いた」と5,6人の声がした。翌朝見ると植えた苗はみな引き抜かれ、狐の屍骸が掘り起されていた。親狐が思い違いをしていると思い、狐のいそうなところを釈明して歩いたら、その夜に伊勢音頭の音がして「お田引いてすまなんだ、三反御作また植えた」と声がした。翌朝、家の前には大きな鏡餅が置いてあり、田はもとどおり植えてあった。
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キツネ
1986年 茨城県
老人が狐を助ける。その晩狐が若い娘姿で家を訪れ、息子と結婚し子を成す。ある日子が鷲に攫われそうになり、狐は正体を知られ山に帰ってしまう。だがその後も人知れずその家の田畑を耕した。この狐を祀ったのが女化神社で、神社の砂を田畑に撒くと作物がよく実る。
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キツネ
1982年 宮城県
田植えの済んだ田圃に悪戯をした狐が捕まり、殺すか殺すまいか議論になったが、助けることにした。田植えのしなおしを準備していた夜、狐が大勢来て夜の内に田植えが終わっていた。その後も狐がその田を世話してくれて、その年は豊作になった。それからその家では明神様として狐を祀り、田植えの日にはご馳走をあげている。
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キツネ
1970年 福島県
清六という猟師がいた。あるとき、狐を1匹とって来て食べたときに、窓の外で「うまいか清六」という声がした。外を見ると狐が逃げていくのが見えた。そしてあくる晩に、とっておいた肉を食べていると、「流しの下の骨見ろ、流しの下の骨見ろ。」という声が聞こえて、また狐が逃げていった。そこで見ると、清六の子どもの骨があった。
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キツネ
1936年 新潟県
お産のときに赤ん坊を取り上げた産婆が狐であった。産婆が帰るときに、車夫に銭を渡したが、翌日それは全て枯れ葉になっていたという。
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