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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

アッキ,オニババ
1967年 福島県
熊野那智の祐慶という僧が奥州安達ヶ原にたどり着き、野中の家に宿を乞うた。寒い夜で、婆さまが芝を取りに行った時に、僧は見てはならぬといわれた部屋をのぞき、白骨屍を見つけ、驚いて逃げた。それを知った婆さまは悪鬼となり追いかけてきたが、背に負った仏の法力で鬼婆を祈り殺すことができた。それを埋めたのが黒塚である。また婆のこもっていたといわれる岩屋もある。

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アダチガハラノオニババ
1989年 福島県
安達が原の岩屋に鬼婆が住み、旅人を食べる。泊まった僧侶に骸骨の山を見られ、殺そうとしたが観音像とお経の力に近づくことができず、そのうち朝日が昇って、鬼婆は光にやられて死んだ。
類似事例

オニ,オニババ
1969年 福島県
安達ケ原に住む乳母が、姫の病を治すため、それとは知らず実の娘の生き胆を奪ってしまい、驚き狂った末、鬼になり、旅人を食うようになる。数年後、泊まった僧が持つ如意輪観音像に射られ、鬼婆は死ぬ。
類似事例

オニババトムスメ
1956年 宮城県
十里四方もある野原で迷ってしまった旅人が、一本杉の下にあるあばら家を見つけた。そこで泊めてもらおうと頼むと15,6の可愛い娘が出てきて、快く入れてくれた。しばらくすると婆様が帰ってきて旅人にご馳走してまた出て行った。娘は寝ている旅人を起こして「ここは鬼婆の家で、今外にナタをとぎにいったのだ。早く逃げなさい。」と告げた。旅人は言うとおりにしたが、出ていくとき見ると、縁の下は人骨でいっぱいだった。ナタをといで帰ってきた老婆が旅人が寝ているところに来て一気に頸を切った。男にしては骨が柔らかいと、布団を取ってみると、それは旅人ではなく娘だった。さすがの鬼婆も哀れで涙を流した。その後鬼婆は人を殺して金を取ることをやめて尼になり、娘のボダイ(菩提)をとむらったという。
類似事例

オニ,ユウレイ
1979年 岐阜県
昔一人の僧が美濃の国、今須の村にさしかかり、一夜の宿を乞うたが、どこの家でも断られた。仕方なく村のはずれの、墓場の六体地蔵の影で一夜を過ごすことにした。夜になると鬼が5、6匹出てきて、妙という老婆の幽霊をいじめるのを目撃した。僧はどこかの家で成仏できない人がいるのではと考え、一軒一軒尋ねると庄屋の母親であることが分かった。その老婆は生前欲深く村人に恨まれていたため、成仏できないのだろうということになり、僧は供養の為にお寺を建てさせた。その後鬼や老婆の幽霊は出なくなったという。
類似事例

ビジョノレイ
1967年 福島県
昔、僧に恋した美女の霊が、この僧の元に通い美しい子を産んだ。信濃久野の宗慶という沙門が噂を聞いて来たが、この地で果てた。美童はそれを聞き自らも同じ年に死んだ。それを葬ったのが道童塚といわれる。
類似事例

ダコツ
1973年 新潟県
越後の国頸城郡小丸山の辺にある柳が池に、本妻が供に命じて妾を沈めさせ殺した。その夜本妻とその時の伴の者が熱を出し、家の中を走り回った。加持祈祷をしたが、やがて取り殺された。その後も種々怪異の事があり家が絶えた。池でも夜、女の泣き声等があり、後に蛇身になった。数年後聖の教化で怪異は止み、後に池は荒れはてて、池の水も乾いて毒蛇の骨が出てきた。今は勝楽寺の宝物になっている。
類似事例

バショウノレイ
1976年 長野県
信州で夜、寺で僧が読書していると、一人の美女が現れ僧に言い寄った。これを無視して僧は女を斬った。翌朝血の跡を辿ると、庭の芭蕉が倒れていた。これを見て女が芭蕉の霊であったことがわかった。
類似事例

アダチガハラノオニババ
1971年 福島県
安達ヶ原の鬼婆というのは昔、子どもを捨ててどこかの殿様に仕えていたが、殿様の子どもが病気で子どもの生血を飲ませれば治るといわれた。それで、忠義な人だったので通る人を泊めては殺していた。ある日、夫婦連れが泊まった。奥さんが産気づいて旦那さまが産婆さんを呼びに行った。その後に奥さんは殺されてしまった。そしたら、その殺した娘は自分の娘だった。多くの人を殺した罰で自分の娘を殺して、その後改心したという。
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ヨクシン
1929年 広島県
ある時行脚僧が山で宿をかりた家では妻が死んだばかりで、主人は自家の寺を訪ねる所だった。僧は留守を頼まれ、死人の枕もとで経を唱えていると一人の僧侶が入って来て死人の衣を剥ぎ顔をいく度もなめて出て行った。この家の寺の僧が欲から生霊になってさ迷って来たらしい。
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ヤスオニ
1967年 茨城県
額に両角のある鬼となった婦人安鬼がいた。嫉妬深いので婿も嫌になり家を出た。追いかけてきた安鬼は親鸞聖人にあった。聖人は気の毒に思った読経を続けると、角が折れ、柔和になり家庭も円満になった。安鬼はそれから急に亡くなったが、埋葬した所が安塚である。
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シリョウ,タマ
1941年 岐阜県
山の中を歩いているとき、供の者が主人を殺し、死体を竹薮に放ったまま山を下りた。そこへみずぼらしいお坊さんがやってきて、「お前は殺した死骸に取り付いていないと死ぬ」と忠言する。そこで供の者が主人の死体に取り付いていると、朝になると魂が戻ってきて「今日も探し出せんで残念な」と言って死体に入る。夕方また出て行って「今日は地を六尺掘っても探し出す」といい、そのたびに大きな音を立てる。三日目「この位探しても見つからないならあの男は死んだに違いない。これで成仏できる」といって魂は死体に入った。供の男は助かった。
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コウジンマツ,キツネ
1975年 大阪府
尊い僧の修行を妨げたため、呪法により食を禁じられた狐が餓死した。その死骸を荒神松の下に埋めたところ、老母がにわかに発狂し、私のすみかへ汚らわしいものを埋めるなと口走りした。驚いて狐の死骸を取り除けると、老母の発狂はおさまった。この塚には、本当に高貴の人が埋まっているらしい。
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ゼンコウジヌノヒキウシ
1935年 長野県
下野国作久山に因業な老婆がいた。憎まれ婆で暮らすうち、ある日洗濯して乾かしておいた白布を角にかけて逃げ去る牛がいた。老婆はこれを追いかけて大きな寺の門前までやってきたが、当の牛はその姿を消し、突如目を射たのは仏の御光だった。これが善光寺如来で、婆は改心して信心者となり、安泰に余生を送ったという。
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ワニ
1933年 福島県
ある日、浜辺に出ていた娘が鰐にさらわれた。悲しんだ老僧はある日一匹の大鰐を見つけたので仇討ちとばかりに弓矢で射た。娘の追福を祈るために巡礼に出たら、幾年か後ある木賃宿で鰐の骨を見つけた。老僧が鰐の骨を蹴った拍子に倒れ、それが原因で死んだ。たぶん毒が入っていたのだろう。
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オニオンナ
1977年 福島県
奥州安達原黒塚略記。老婆が住んでいて往来の人を襲っていた。ある人が襲われた時に背負っていた笈の中の観音の力により成仏した。
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ネコマ
1934年 福島県
善右衛門が姥を殺してしまって悔いていたが、その遺体が急に老猫になった。屍を抱えていると、樵夫がやってきて、その屍は自分の妻であるという。その樵夫もまた老猫であったので、屍を抱えて逃げていった。善右衛門は追いかけて、洞窟の中で老猫を殺した。
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ダイジャ
1930年 静岡県
昔、爺さんと娘が行方不明になった。村人が山を捜索していると生臭い風が吹いてきて、水風呂桶のような頭の大蛇が現れた。そこに南部六という猟師が現れ、大蛇を退治しに向かったが、大蛇に殺されてしまった。その後、南部六の双子の娘が父の横死を知り、観音の加護をもって敵を討った後、巡礼の旅に出た。村人は蛇の祟りを恐れ、高徳の坊さんを頼んで蛇骨を埋葬して堂を建て蛇骨山大蛇院と名づけた。
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カタメシイアルヘビ
1976年 京都府
一病僧が宇治に安居していたところに、ある日、いつも出入りしている芋売りの男が行ったところ、門から片目盲ある蛇が入っていった。男は何となく恐ろしく思い、近くの家に入った。その時病僧は死んだ。その因縁とは、この僧が某国で醜い眇めの女と馴染んだが、僧はその内女が疎ましくなりその地を去った。しかし、その後も尼になり付きまとった。その後に僧は宇治に来たのだと言うことだった。
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ヘビ,キヨヒメノタタリ
1979年 愛媛県
土佐の長曽我部氏に攻められた勧修寺本詮の娘清姫が山中に隠れていた。欲深い猟師が恩賞に目がくらんで、長曽我部の兵に姫の居場所を教え、追いつめられた姫は自害した。猟師が家に帰ると、何度捨てても殺しても白い蛇が来た。子供が生まれても死ぬか体が不自由だったので法師に見てもらったら、清姫の祟りだった。
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ヤマンバ
1973年 長野県
小僧が山に行く時、和尚が3枚のお札をくれた。山で仕事をしていたら夜になったので、年寄りの婆の家に泊めてもらった。ところが婆は実は山姥で、小僧を食べようとした。小僧は3枚のお札の力で、寺に帰ることができた。追いかけてきた山姥を和尚は騙し、池に落として殺した。
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