ロッカクイド 1928年 長崎県 ある時、通りかかった行者僧が機織をしていた老婆に水を求めた。老婆は快く引き受け、遠くにある水汲み場まで水を汲みにいった。行者僧は老婆の親切に感謝し、持っていた錫杖で地上に六角形をかき、「ここを掘れば水が出る」と教えた。里人がここを掘ると、こんこんと泉が湧いてきた。富津という部落の浜辺に六角井戸という井戸がこれである。この井戸は海から5、6間しか離れていないのに塩分を含まず、どんな旱魃のときも枯れないという。
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(オキクノタタリ) 1982年 群馬県 国峯城主の小幡公が侍女の菊ばかりを寵愛したので他の侍女が妬み、公の御飯に針を入れて、菊の仕業とした。菊は蛇責の刑となり、桶に入れられて宝積寺の池に沈められた。日野村の小柏源六が通りかかった時に桶を開けると、大量の蛇と瀕死の菊が出て来た。菊は「このご恩にお家に蛇の害は無いように致します」と言って亡くなった。お菊の母が「お菊が無実なら芽が出ろ」と池の辺に炒りゴマをまいたら、芽が出た。お菊の祟りで小幡家に戦死や切腹の沙汰が続いたので、宝積寺に碑を建てて供養した。
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ナナツイド 1986年 埼玉県 日照り続きの日、木こりが思い余って水をたくさん含んでいるという柳の木を伐ろうとすると、「どうか私を伐らないで下さい。そうすればお礼に水の湧き出る所を教えましょう」と、どこからか声がしたので、伐らないで帰宅した。その晩、美女が枕元に現れ、「私は今日助けていただいた柳です。私には七人の子供がいます。その柳の下を掘ってみて下さい。」と言って消えた。次の日木こりはその子柳を探し当ててその下を掘ると、七本ともこんこんと清水が湧き出てきた。そうしてそれらは村の人たちの大事な飲料水となった。
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ユキヨシサマ 1984年 長野県 身分の高い人の草履が途中で切れたので、家臣が近くの農家にもらいに行った。しかし農民はあげず、そのためこの主従は素足で浪合に行って、そこで賊に殺された。それから先、この農家では代々足を病んでいる。
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(オキクノタタリ) 1982年 群馬県 小幡の殿様が侍女の菊を寵愛したので奥方や侍女の恨みを買い、殿様に差し上げる御飯に針を入れられた。殿様は怒って菊を責め、蛇の入った樽に入れ、宝積寺の池に投げ込んだ。小柏源介という侍が悲鳴を聞いて樽を開けると、瀕死の菊が出て来た。菊は「このご恩にお家に蛇の害は無いように致します」と言って事切れた。お菊の母が「お菊が無実なら芽が出ろ」と池の辺に炒りゴマをまいたら、芽が出た。お菊の祟りで小幡家に怪異があったので、宝積寺に碑を建てて供養した。小幡家では菊は植えない。
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アカイイタチ 1989年 長野県 お供え物を赤いいたちが持って行ってしまうのをおかしいと思い、後をつけてみた。すると、古い木の下に入っていった。ねぎ様に聞いてみると、掘り返してみろという。彫ってみると餅だけ出てきた。さらに掘り返してみると、水が湧き出てきた。そこをいたち水と呼び、飲み水として使用するようになった。
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クメドモツキズ,ナナフシギ 1941年 大阪府 汲んでも汲んでも水枯れしない井戸があった。やがて、その井戸は、土地の七不思議の一つに数えられるようになった。
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キンノチャワン 1989年 長野県 豊若丸という少女が金の茶わんを持っており、新野の豪族に追われ、沢に飛び込んで溺れ死んだ。坂部の人が見つけると金の茶わんを握っていたので、葬ってその茶わんで水をあげた。すると夏は冷たい水が、冬は温かい水があふれ出したので、沢の岩の下に入れた。そこからわく水をなんきん清水という。
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センゴクイド 1986年 大分県 人々が水に不自由し,遠い谷から水を汲んでいた。ある日旅の僧が水汲みの老婆に水を所望したので,老婆が快く与えるとその後そこにきれいな清水が湧き出た。
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ヨミヂカヘリ 1944年 新潟県 ある人が仮死状態に陥った時、とても喉が渇いて現実にも存在する田んぼの近くの水を飲みに行ったが、家の者がしきりに呼ぶ声がしたので水を飲まずに戻って蘇生した。
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サケイノトコ 1936年 福島県 家が貧しく酒を好む老母に十分飲ませることが出来ずにいた孝子が、家の外に井戸を掘ると酒がわきでた。
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カッパ 1940年 神奈川県 百姓が川に牛をつないでいると、河童が牛の尻を抜いてしまった。怒った百姓は河童を殺そうとするが、「何時も酒が出るが、底に触れてはいけない徳利」と引き換えに許した。その後、百姓は徳利の底に触れてしまい、以後、酒は出なくなった。
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オキク 1936年 滋賀県 昔、城攻めされた時、領主が米を使って水があるように見せた。けれども、領主の腰元が敵兵に捕らえられ、白状したので、露見してしまった。領主は腰元の妹のお菊を殺して池に投げ込んだ。それから雨の降る日にはお菊の姿が現れたり泣き声がしたりするという。
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シリョウ,タマ 1941年 岐阜県 山の中を歩いているとき、供の者が主人を殺し、死体を竹薮に放ったまま山を下りた。そこへみずぼらしいお坊さんがやってきて、「お前は殺した死骸に取り付いていないと死ぬ」と忠言する。そこで供の者が主人の死体に取り付いていると、朝になると魂が戻ってきて「今日も探し出せんで残念な」と言って死体に入る。夕方また出て行って「今日は地を六尺掘っても探し出す」といい、そのたびに大きな音を立てる。三日目「この位探しても見つからないならあの男は死んだに違いない。これで成仏できる」といって魂は死体に入った。供の男は助かった。
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タタリ,キダン,キカイ,ヤマノカミ 1974年 京都府 文政11年、鳥辺野の地蔵山から土砂を採っていたところ、山の神といわれる所まで掘り進めてしまった。大きな壺に掘り当たり、怪しいと思ったけれども、周りや底のほうへ掘り進めた。すると突然土中が鳴動して、壺がすり落ちる音に驚いて人足が死んでしまった。そして世話人の数人もことごとく大病にかかり死んでしまった。老尼の祈禱者に頼み神おろしをしてもらうと、絶入の形になり、幣を持たせると居直って、にらみつけて、自分は明智の一類であり、山に葬られ、山の神と言われていたが、理不尽な振る舞いの鬱憤が晴れないと言う。後も地蔵を穴に納めて供養したり読経をしたりしたが死人が出た。
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リュウジン 1982年 京都府 大旱魃の時、長者屋敷の竜神井戸にもし水を授けてくれたら娘を嫁に差し上げますと祈ったところ、田畑に水が満ち、娘は竜神に嫁に行った。娘は夜井戸に来て頼めば欲しいものは何でも出してあげようといい、ある年皿を借りて一枚割れたまま返すと井戸からすすり泣きが聞こえ以後願いは聞き入れられなくなった。
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イキカエッタオトコ,ユーレン 1937年 兵庫県 ある男が油屋から金を借りていたが、返せずに困っていた。催促されても返せないでいると、油5合飲んだらこらえてやると言われ、油5合飲んで死んでしまった。墓に埋めると土が油を吸って生き返り、灯の方へ行くとばくをしている家についたが、家の者がこぞって逃げ出したので、金を持って自分の家に帰った。
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ミナモトノヨリヨシ,ミナモトノヨシイエ,イワシミズハチマングウ 1983年 源頼義・義家親子が奥州征伐に向かった時に、水に飢えて苦しんだ。その時頼義が京都の石清水八幡宮の方に祈念して、近くにあった岩を弭でついたところ、忽ち清水が湧き出たので諸軍はのどを潤したという。戦争後、この霊泉を壺に入れて上洛し、当地に井戸を掘ってうつしたという。
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コロサレタシュゲンジャノカンムリ 1970年 長野県 村の修験者が塗り上げた畦を足駄で踏んでくずしたので、石を投げつけて殺し付近へ埋めた。ところが夜、その家に終夜投石が続き、見ると誰もいなかった。朝になると縁の上に殺された修験者の冠がおかれていた。これを家に祀ったが、その田は水害で田にならなくなった。
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カワノトノサマ 1936年 大阪府 昔、川の殿様が冤罪で果てた。絶命の間際、死してなお、人の生き血を吸う旨宣言した。だから、殿様は今でも人の生き血を吸っていると、人々の間で言われている。
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