コイシ 1967年 福島県 波立薬師のお堂の前は小石の浜で、この小石を持ち帰ると、帰りたがって夜に泣くという。そしていつの間にかひとりでに帰るという。ある人がこの砂利を運んで庭に築山を造ったところ病気になり、石のためだということになり元の所へ返したという。
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ニチレン,ブツゾウ 1973年 栃木県 文政8年4月のころ、野州佐久山の中町に住む住吉や為八という者が、地面に池を作るといって、まわりの石垣となる石を近くの箒川から取り寄せた。するとその中の丸い石に、自然と二分ほど高く、左右に日輪月輪を伴った仏像が現れたという。日蓮宗の住職に見せると、それは日蓮上人であると言う。瘤のできたのを立願すると治った。それから近国の参詣者でにぎやかになった。
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シャリ 1974年 法然上人の石碑から舎利が出た事があったという。この法師は立派だったので生存中に奥州にある舎利母石で作ったからと伝わっている。
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コウボウダイシゾウ 1979年 岩手県 旧松崎村(現・松崎町)菊地家で、ある時蔵を除いて屋敷を焼失した。普請後、同家の妻が原因不明の病にかかり、祈願のため家人が柳玄寺を訪れた。その時は護符と医療によって快癒したが、住職は同家の蔵内に仏像らしきものが放置されているので探すように言った。数年後妻は再び不明の病に倒れ、柳玄字を訪れたが、住職の再度の言に蔵内を隈なく探すと弘法大師像が見つかった。それを懇ろに回向したところ不明の病もたちどころに快癒したという。数年前の話。
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テラノジャリ,コイシ 1965年 鹿児島県 寺の中を1人で歩いていると、庭にある砂利が上から落ちてきたという。恐ろしい思いをしたが、これは寺の小僧の悪戯だと言う人もいる。
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カミノレイゲン 1984年 愛知県 尾張の農家生まれの林善四郎は妹の病が良くならないので不憫に思い44歳で信仰の道に入った。欲を投げ捨て、木曽の山で修行をして神の道に精進して、御岩屋のお穴をほり祈願を成された。神仏に百日の誓いをかけて、断食、無言の行を行いながら穴を掘られたが、村人の中には反対するものもあって3分の1程で村役から危険であるのでやめろと中止を命じられた。それでまたもとのように穴を泥砂で埋めると、神の霊験不思議なるかな、一夜の間に埋めた土砂は吹き飛んで跡形も無く穴はもと通りになった。
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シンランショウニンノエイゾウ 1955年 岡山県 親鸞上人が流罪になったとき自らの姿を自書したものが摂州乗願寺にあり、その鏤版を勘四郎というものが受けて持仏堂に安置していた。勘四郎の子も勘四郎であったが不信心な者であった。ある時持仏堂の扉を開くと表具裏打のまま上人の影像が抜け出て無かった。その頃から勘四郎の家は振動し、天井から砂石が降るなどした。信心者の藤五郎がやってきたときには怪異は起こらなかった。ついに勘四郎は仏門に入り、怪異は起こらなくなった。天明7、8年のことという。
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(セイガンジノニョライ),ゴゾウロップ 1980年 京都府 元禄の頃に、誓願寺の和尚が夢に本尊の如来が出てきて、病気であることを告げる。周りの人間も同じ夢を見たので、仏像を確かめると体内に木製の五臓六腑が納められていて、それを釣っていた釘が折れていた。人々はそれを奇異の事として、人口に膾炙したという。
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ゴンゲン,クマノゴンゲン 1974年 奈良県 延宝5年5月、ある名高い僧がおり、和州当麻寺の曼荼羅が痛んでいたので修復する事となった。しかしどうしても絵の具の色が合わなかった。そんな時徒弟が二上が岳で老夫に会い、彼は熊野新宮社のうしろを堀り、塊をくれた。それは求めていた色だった。老夫は曼荼羅を本地とする熊野権現なのだろう。
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エンキ 1975年 昔、ある僧が本屋で易経を買い、その中に書き込まれていた注釈を読んであざ笑ったところ、夜に入って発熱・頭痛して瀕死となった。その時付近に住んでいた儒者の家に、数ヶ月前に死んだはずの門人が訪れて儒者に訴えるには、死後妻が自分が注釈を書き込んだ易経を売り、それを読んだ僧があざけり笑ったという。それが憎くて僧の頭を打っているが、先生にもその様子を見てほしいといった。儒者は呆れてその門人を説得し、その寺に墳墓を造るのでそこに居るよう伝える。門人は納得し、また僧が懇ろに読経したので、病気は治まったという。
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ナガレボトケ 1952年 佐賀県 若い女の「流れ仏」を拾ったが、自家近くに埋めて祀らず、浜の納屋近くに捨ててしまった。ところが病気になり、法印様に見てもらうと、「流れ仏が祀ってもらいたがっている」という。そこで石の恵比寿さんを自宅に祀ると病気も良くなり、漁もうまくいくようになった。
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セイシノセトギワ,ユウカイ 1949年 新潟県 大病を患って、生死の境をさまよっているときに、裸になって寺に行こうとした自分の夢を見た。その姿をとがめられると、自分もやっと裸であることに気づき、寺はなく裏の道をとおると、そのまま生き返ったという。
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〔コウチホウイン〕 1973年 広智法印はかつて高野山に登ろうと思って、ある土地に来た際に、飛瀑に紫雲が生じるのを見てここが浄土だと思って入定した。それから470年にわたって体はなんら損なわれることなく、いまもなお在るという。また、900年ほど前にも比叡山で伝教大師の弟子で広智という人がいたのは、この人のことだろう。
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レイケン,キズイ,ヒモンヤニオウ 1977年 東京都 武州荏原郡碑文谷村の妙光山法華寺の安阿弥作の仁王像は霊験がある。寛政3年の頃らい病にかかった25歳の木こりが願を掛け堂に篭ったら、満願の日に病気が治った。
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オコロイシ,ワカザムライノシリョウ 1997年 長野県 下條さまの身内の若侍が病にかかって大変苦しんでいた。熱にうなされ石の上に身を横たえて亡くなった。人々はこの石には若侍の霊が宿っていると信じて、石を粗末にすると祟ると言い伝えた。
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バンノイシ 1943年 岐阜県 古来盤の石にさわれば雨が降る。ある時長倉国民学校の生徒が遠足で来てこの石にさわると、それまで好天であったのが暫くして風が起こり雨が降り帰路に困ったという。また蔵柱の人が小便をかけると大風が起こり雹が降って双六渓より蔵柱地方まで害があった。蔵柱の人は酒3升を携えて謝罪に参詣したという。
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コウボウダイシ 1973年 愛知県 兵庫県のある男性が若い時坐骨神経病で両足に異常を来たし、医薬の手当ての甲斐もなく遂に歩行が困難となった。この上は御仏の力にすがろうと新四国巡拝を思い立ち、ついに岩屋山に辿り着いた。そして3週間一心に弘法大師を念じると、杖さえ借りれば歩行できる体になった。
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コウボウダイシ 1980年 ある酒好きの男が去年から酒を飲まなかったものの、ついに手足が不自由となった。多くの医者に診せても治らなかった。ある日駕籠に乗っていたとき、いやしき僧に出会う。その僧に事情を話すと、僧は男に薬と飲み方を教えた。その薬を数日飲んでいると平癒した。男は日頃弘法大師を信じていたので、示現したのかと思った。
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リュウジン 1974年 宮崎県 日州飫肥領の井津という場所に児島という島があり、昔から弁財天があり、中頃より虚空蔵を安置していた。昔は地続きであったが大風雨によって道路が切れて離島となったので、土地の漁師が漁場を失い困っていた。ある日漁師が禅宗の寺へ行き、和尚に相談すると、和尚は漁師の事を思いやって一書を与えた。漁師がその書を石に括って海に投じたところ、その夜に風雨震動著しく、翌朝見ると陸続きになっていたという。その書は偈であり、虚空蔵をたたえていた。
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イボジゾウ 1995年 愛知県 体にいぼが出来た時に、安泰寺の入り口の石地蔵の前にある小石を拾ろい、いぼをそれで擦れば治るといわれている。
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