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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

アラクマノオオカミ,オツゲ
2002年 愛知県
染色を商いとする大西という者が藍色の調合が思うようにいかず苦しんで、一心に荒熊大神にお告げを乞うたところ、大神から調合の仕方のお告げを受けた。その教えに従い調合すると色鮮やかな藍染の絞りの浴衣が出来上がった。その後藍染の名が一躍高まった。

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ビンロジソメチ,ビンロジイケ,ソメモノイケ,タメイケ
1989年 山梨県
檳榔子染地、ビンロジ池、染物池、溜池などと呼ばれている鉄分に富む湧水があり、布の染色によく用いられていたが、これは、孝謙天皇が里人のために祈ると茶褐色の染料水が湧き出したとされており、孝謙天皇が自ら白妙の衣をこの泉水で染めたともいわれている。
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リュウ
1975年 山形県
最上川の渕にすむ龍が天に昇ると次の日は雨。昔河島の小屋で説教していた和尚のもとにあらわれた女が龍宮に住む者だと名乗り、説教のおかげで悟りを開くことが出来たお礼にと材木千本と杓子と縫い目のない衣を授けた。この杓子で水を汲むと水が塩辛くなる。
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アオジシ
1989年 長野県
京から仏師がやって来て、仏様を彫らせてくれと頼んだが、住職は信用せずに獅子舞の獅子を依頼した。仏師は滝に打たれて製作し、やがて獅子はできたが不出来だったので滝壺に投げ込んだ。すると獅子は真っ青になって浮き上がり、うなりをあげた。鍋が割れ、雷鳴がとどろいて豪雨になった。後、ここを鍋割といい、青獅子は雨乞い獅子になった。
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カリヤスミョウジン
1956年 宮城県
もと赤沼大明神といって沼のほとりに祀られた水神。昔、身に錦をまとい、宝冠を頂いた気高い1人の女行者が村に来て、一夜の宿りを乞うたが、見慣れぬ高貴な姿の上、出産間近い身重な様子を見て宿を貸す者がない。女が軒の下でもいいからと頼むと、年老いた夫婦が哀れに思って世話をしてやり、経塚で子を産んだ。この子は神であった。刈安草を敷いて生まれたので刈安明神という。このあたりは刈安草が多く、これを染料としたものは、他所のものと比べ甚だ佳品である。
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クウカイ,ソクシンジャウブツ
1983年
空海の母は、天竺より僧が来て懐に入る夢を見て懐妊した。産まれた空海は、正法を示し給えと諸仏に祈った所、夢で大毘盧遮那変加持という経名を告げられ、やがてその経を得た。入唐し帰朝した空海は、嵯峨天皇の前で身から5色の光明を発し、毘盧遮那仏となって、即身成仏を体現して見せたという。
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テンニョ,ハゴロモ
1967年 福島県
葉山権現の傍に大池で、ある暑い日のこと数人の天女が水浴びしていると、1人の漁夫が通りかかった。天女は驚き昇天したが、1人の天女が気付かず水浴びを続けたので、漁夫は羽衣を見つけ、家宝にしようと持ち帰り、庭先に埋めた。天女は昇天することができず、漁夫が羽衣を持っていることを知り、卑しい女に化けて男の家に行き、とうとう夫婦となり1人の子をもうけた。この子が3才の時、庭先から羽衣を見つけ、母にそれをつげたところ、天女は喜びすぐに昇天した。残された子は非常に仏好きで、4才のとき落髪し、後には高僧になった。
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マンダラガン
1974年
延宝年間に、大雲院の高誉上人が当麻曼荼羅の修復の際に、曼荼羅からこぼれ落ちた糸や積もったお香の粉を全て拾い集め、それを精製して曼荼羅種という薬丸にした。それを知り合いの道俗に与えたところ、信心の至った人の場合数日間輝いたり、五色に変じたり、また増長して大きくなったり、分散して小さな舎利になったという。また妖怪などに取り憑かれた人が、この丸を少しでも喉にいれると、忽ちにして快復したという。
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アミダニョライ
1930年 長野県
白介翁は信濃に流された都人の子であった。父母の菩提の為に供養をしていたが、導師も布施物もなかった。そこで善光寺に7日7夜の祈願をこめたところ、満願の朝にひとりの僧が導師になろうと言った。千日の湯に入れると浴室の隙間から異香がもれてくる。怪しんで見てみると、そこには金色の阿弥陀如来がいたという。
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テング
1975年 山形県
明治の初めに荒沢の杉を狩川村の佐吉が買い取った。斧を打ちこむと血のように真っ赤な液体が流れ出たり、搬出人にケガが出るなど事故が続いた。3年後に佐吉は出羽3山参りに出かけた。古峰ヶ原の山伏宿で風呂に入っていると、寺男が風呂の火を見に来て「佐吉、しばらくだな」という。その男は荒沢の天狗であった。目は光り、鼻は飛び出していた。佐吉は恐ろしさのあまり気を失ってしまった。後で同行のものが言うには、佐吉は風呂の縁にしがみついて「許してけれ」とどなっていたという。
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ダイジャ
1962年 石川県
昔、旱魃のときにおやじが困っていると若い男が現れ、雨を降らせてやるから娘をくれと言って大雨を降らせた。男は実は大蛇であったが、姉娘は仕方なく嫁いで身ごもった。着物の裾に針をさしておくと蛇がつかないというが、身ごもった子をおろすには菖蒲湯につかるとよいというのでそうすると、四筋の蛇の児が出た。
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テング
1929年 群馬県
胃腸病の平癒を祈願していた少し気の変な男は、参詣の途中で眠くなり、幾日が後、天狗に声を掛けられるまで夢の中にいた。天狗は彼に白い水の調合法を教えた。現実に戻った彼はその通り調合した薬を飲んで快癒した。
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ヤマノカミ,ユメ
1941年 朝鮮
大同郡秋乙美面美林里の病人の夢に、白い着物を着た山神が現れて、一里先の小高い山で最初に目に付いためずらしいものを、食べるものなら食い、飲めるものなら飲めと言った。そこで行ってみると清水があり飲んだ。数日続けると次第に快復した。世間にも官にも知らせ、大kの人がその薬水を汲んでいくようになった。
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ダイジャ
1967年 福島県
川が二股に分かれているうちの、低いほうの川原に家が一軒あり、どんな洪水にも水は家に上がらないが、昔は水が出るたび流されていた。母親は嘆息し、家が流されずに済むなら、3人娘の2人を淵の主にやってもよいとつぶやいた。その後、毎日のように若侍が尋ねてくるようになり、水難はまぬがれるようにするから娘を欲しいといった。娘をくれてやった後、父親は娘が淵の傍で髪を洗っている夢を見た。目が覚めると枕元に3反の大蛇の髭で織った毛織物があった。この家に祝い事があるたびにこの織物を淵に供えると、100人前の椀を借りることができるようになった。3度目に借りたとき、椀の蓋を流してなくしたので、それからは反物を供えても効果は無かった。反物を見るのも恐ろしいので、占ってみると反物の祭りをしていないからだとわかった。近くの竜門寺に納めて祭った竜門寺の井戸とこの淵は続いているという。
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ホウギョク
1955年 愛知県
大旱魃の時、大智院の法印が硯の墨汁を雨乞いの宝玉にかけて祈願すると、たちまち大雨が降ったという。
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オニ
1988年 愛知県
青い鬼と赤い鬼が縄張り争いをし、石合戦をするが、頭のいい赤い鬼が勝ち、青い鬼は「蓑笠をつけて井戸を浚えてくれたら雨を降らす」といって、雲の上に昇る。天の神様はそれにヒントを得て、いろいろな色の鬼を作る。
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リュウグウ
1930年 熊本県
昔、貧乏な男が年の暮れに譲葉と裏白を売り歩いていたが、ちっとも売れないので海の中に投げ込んだ。翌日、龍宮から迎えが来て、美しい姫様を嫁にもらった。男は毎日嫁を眺めていて働かなくなった。そこで絵師に似顔絵を書かせて持たせた。その絵が風が吹かれて殿様の手に入り、殿様は男の女房を手に入れようと画策するが、女房の智恵と才覚で難題を解決し、いつまでも仲良く暮らしたという。
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(エノキミョウ)
1983年 京都府
涅槃図を書いた兆殿司は、書く絵に様々な奇妙が起こった。龍を書けば天に飛び、不動を描けば火焔が燃えた。ある時、龍を描くのに生身を見たいと仏神に祈った所、寺内の池に水が漲り、生身の大龍が目前に出現した。使う絵の具は神感を得て稲荷山より掘り出したが、世にない彩色が多かったという。
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アラクマノオオカミ,オツゲ
2002年 愛知県
大正5年に、沢井音吉という修験者が熊鷹大神の霊場で修行をしていると、心清く神を信じてすがってくるならどのような願いも聞き届けるというお告げを受け、その後荒熊大神の御霊を我が家に祀り、朝夕のお勤めを行った。そのうち、1人2人と参拝者が訪れるようになった。
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マジン
1931年 沖縄県
昔、ナーマ屋の爺(アヤ)が海辺で魔神に出会った。乱れた頭髪、首に毒蛇と髑髏の首鬘をかけ、髑髏の瓔珞を腰につけ、赤い褌をした一つ目の大男だったという。爺に水を乞うたのでそれを与えたところ、魔除けの呪法を授けてくれた。七五三縄を(チビナー縄)張り、「ナーマヤーヌ・マリビキドー」と唱えればよいというもので、それを村人に伝え、難を逃れたといわれている。
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テンニョ
1935年 沖縄県
奥間大親(おくまおおや)という男が、天女が水浴びをしているのを見て、衣を隠し騙して妻にしたが、子どもが生まれて、衣の在り処を母に教えたので、天女は天に帰った。
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