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検索対象事例

キツネ,トビサカイナリ
1922年 東京都
東京のある氏族が、小間使いを雇い、ある日使いに出したところ帰ってこなくなったので探すと、富坂稲荷の祠の前で踞っていた。狐に憑かれ顔つきも変わり、大食いになり、正気を失った。主家では小間使いを家に返したが、今度は主家の妻が狐に憑かれ、以前の小間使いのようになった。場所が悪いのかと転居したが、今度は長女が狐憑きとなった。家は没落し、次女は大変な苦労をした。二人の狐憑きは白昼提灯を下げて歩く等の奇行をするので、あらゆる加持祈祷を行ない、医者にもかけたが、一生正気に戻ることはなかった。

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キツネツキ
1942年 長野県
ある人が病気になったので御嶽講の先達に占ってもらうと、狐憑きといわれた。その後、村に2、3軒狐憑きがでた。狐がいうには、上垣という屋号の家で、食べ物をくれないので来たのだという。そこで村の者が上垣に掛け合ったが、上垣は狐など飼っていないと言った。その家の大黒さんを怪しんで川へ流したが、依然狐憑きは治らなかった。村の者は収まらず、ある夜大挙して上垣に押しかけて乱暴狼藉の限りを尽くした。上垣は代官所に訴えて勝訴したが、この件以来けちがついて家は絶えてしまった。
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キツネモチ
1922年 島根県
ある茶屋の婆さんは、昔ある家から狐を買い求めたといわれており、その婆さんに妬まれると狐に憑かれる。憑かれた家は祈祷や呪いをしてもらったりするが、それでも落ちなければ持ち主の婆さんを迎えに来させる。余り難儀をかけるので家族がその狐を封じてもらったといい、近頃はその話を聞かなくなった。
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キツネ
1981年 和歌山県
戦後の食糧難の頃の話。裕福な家に餅米と小豆を買いに行った女の人の目にその家の稲荷の祠が御殿のように見えた。帰ってから一升ほどの餅米を1人で食べてしまい、赤ん坊と女の人がゲラゲラ笑い出したあとで肛門が痛いと言い出し、最後には拝み始めて「われこそは稲荷大明神」と唱え始めた。夫は妙見様の洗米を頂いてきて食べさせたり、天井や床に見えるという赤や黒や銀色の狐を女の言うままに木刀で叩きまわった。7日ほどして正気に戻った。稲荷が粗末にされていたので、たまたま来た女に憑いたという。狐は人に憑くとき入る場所を探してくすぐるので、探られた者は笑うのだという。
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キツネツキ
1922年 山口県
大正2年1月に、筆者宅にある婦人が狐憑きになりやって来た。その狐と問答をして、ある坊主がある女から金を貰い、この狐を使っていることが分かった。狐の子供が坊主の出した油揚を食べてしまったため、仕方なく使役されているという。明治天皇の御影を使い、天子の御家来に害を成すではないと諌め、憑かれた女に給養させることを約束し、退散させた。しかし数日後また婦人がやってきた。問答すると坊主に弓で威嚇され、再び憑いたという。筆者は狐を神の眷属とすることを約束し、立石大明神を招いて吉松稲荷大明神の眷属となる許可を得、解決した。
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キツネ
1955年 岡山県
ある家に後妻に来た女が狐憑きになった。話してもいないことを知っていて全く不思議だった。後に杵築に連れていって拝んでもらったら落ちたという。
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コヘビ
1976年 京都府
某家で伯母が同居してかいがいしく働き、家が栄えていた。しかし妻を迎えたところ、妻が伯母に従順しなかったので、伯母を別居させ、食事を持っていくように主が命じたが、妻は主に偽って、持って行く事は無かった。そのうち伯母は病気になったのだが、その頃から妻も心地が悪いと屏風の内にこもるようになった。2,3日もこのようなことが続くので怪しんで屏風の内に入って見たところ、妻の首に小蛇が巻きついていた。修験に祈ってもらったら、小蛇を退治すると妻は死ぬといわれたが、苦しみを見かねて祈祷を頼んだところ、小蛇は首を離れ妻の口に入り、妻は死んだ。その頃伯母も死んだという。
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キツネ
1930年 兵庫県
ある家に美しいお嫁さんがいて、美しい声で毎日歌っていたところ、声に惚れた狐が憑いてしまった。この狐を祓うため、全国の狐の総大将である伏見のお稲荷さんから護符を頂いてきたところ、嫁が急に恐ろしい顔で、「京都から2本さした侍が来る」といった後、狐が落ちた。狐が腹の中で毎日の食べ物を食べてしまっていたため、嫁は痩せて骨と皮だけになってしまっていたという。
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キツネ
1977年 東京都
元禄の頃、本所小梅の稲荷の社に狐が住んでいた。近所の茶屋の老婆が呼ぶと姿を現すが、他の人が呼んでも出てこなかった。
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タヌキツキ
1922年 徳島県
一般に狸が憑くのは本人が狸に悪戯をしたとか、不景気で食べ物が得られぬからという。また憑かれた人は食事の量が急に増したり、嗜好が変わったりする。ある下女が薪刈りに行って一休みし、再び薪を背負うと非常に重くなり、家に帰ってみると家に居た婆さんにご苦労様と言われた。狸が薪に乗ってきて婆さんについていたのである。狸が憑くとまず陰陽師や修験者を頼む。神様の護符を頂かせて祈祷者が退散させるがその時に大抵要求を出す。狸に関する俗信あり。
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キツネ
1922年 福岡県
稲荷信仰の厚い人には狐が乗り移って奇跡や予言を行なうという。普通の人が狐に憑かれると狐に化かされる。うまいものを持って歩くと石ころや馬糞などとかえられる。こういう時には怪しいものが自分の前や後ろを歩いていて、つまずいて転んだりするとかえられる。恨みがある相手に狐をつけようと思う時には、狐んの住んでいる穴に行って油揚などをやって頼むといい。また疱瘡を病んで寝ている者がいると、狐は見舞い客に化けて疱瘡を食いに来る。もし疱瘡を食うと、狐は千年の寿命を得て、病人は落命する。
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キツネ
1977年 東京都
宝暦の頃、江戸四ッ谷新宿に住んでいたある剣術指南が籠に乗ったところ、袂に入れていた狐の尻尾が籠からはみ出し、それを見た籠かきが驚いたので狐のふりをして料金を全額払わなかった。すると翌日から怒った狐に取り憑かれ、祈祷の甲斐も無く親族にも見放され死んだ。
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キツネビ,キツネノタタリ
1997年 長野県
狐火が出て人々を悩まし、通行人が化かされた。猟師が狐を撃ったところ、暗の中に姿が消えた。老人の夢枕に現れた狐は、伏見稲荷のお使いだと明かした。それを祀ったが、猟師の家には3代祟ると言われ、家が絶えた。
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キツネツキ,タヌキツキ
1963年 福島県
埋平では狐に憑かれたとか狸に憑かれたとかいう。狐は利口で離れる方法を知っているが、狸は馬鹿で離れずに苦しむ。そして、狐は爪の間から入り皮膚の下を動くのが見え、朝起きたときに毛が落ちている。伏見稲荷の掛物をかけたり、巻物を揚げたりするとあやまって出て行くが、お稲荷様という赤衣の祈禱師を呼んで追い出してもらうこともある。狐は中馬鹿な人を選んで憑く。稲荷にいたずらしたり、狐とぶつかった人は憑かれている。ただからかわれている人もいるが、その時は竹駒稲荷のお札をかかげてあやまる。
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キツネ,クダキツネ
1954年 山梨県
ある娘に狐が憑いた。狐を尋問すると、雪で寝屋を崩されて棲むところがなくなったので、娘に憑いて住もうとしたということだった。稲荷に祀るから離れろと言って、明朝むすびを作って送り出したところ、離れたという。
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キツネ
1980年 秋田県
狐を生け捕った人が狐に憑かれて、おかしくなった。お稲荷様が来て「狐を逃がせば治る」と言ったのでそうしたら、その通りに治った。
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キツネツキ
1954年 岡山県
隣家の50歳ぐらいの婆さんに狐が憑いたことがあった。朝早く着て、「今私のうちには五千の眷族を飼っているが食べ物が無いので下さい」などと語った。祈祷者に拝んでもらうと、「わしが住んでいた穴を埋めただろう」などと、有る事無い事をしゃべった。また宮に参らない人に憑き、狂言妄語させたと書かれたものもある。
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キツネツキ
1922年 岡山県
幼少の頃、落合村付近の某村に縁辺があり、そこに60前後の好人物な婆さんがいた。ある日婆さんが川に入り歩いていく。狐憑で、主人が引っ張ってきて寝かし、法印の錫杖を持ち出して念仏をやりだした。なぜ憑いたと問うと、食べ物がなくなり、婆さんが小便をかけたので憑いたという。揚げ豆腐、赤豆飯などを食べた後、婆さんは倒れ、狐は落ちた。
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キツネ
1939年 秋田県
ある男が祭りを見に行った帰り夜も遅く、大平山の社のあたりで寒気を催し、目に見えない何者か大きな物に掴まれるような心地がした。次の日は稲荷の祭りの後片付けから戻る時に、気分が荒く募り、3日ばかり狂い続けて鎮まらなかった。それから半月、油揚げを欲しがり、飯も多く食べ、後に癒えた。大平山の社にノレキが住んでおり、それが狐を憑けたそうだ。狐憑きはノレキに頼んで離してもらうよりほかない。
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キツネ
1960年 奈良県
近所の八百屋の婆さんが、家に祀っていた稲荷さんのホコラが古くなったので山に捨てて帰ったら、急に発狂したようになった。驚いた家人が稲荷下げを呼んで拝んでもらうと治った。これは狐がついたからだという。
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タヌキ
1979年 徳島県
狸が芋畑で荒らしたので、捕まえて木に縛り付け、叩き殺した人がいた。するとその嫁に狸が憑いて、気が触れ、縛られていた木に日参するようになった。次の代の人にも、その次の代の男の子にも祟り、棟の上を走り回ったりした。坊さんに拝んでもらったが利き目がなく、結局土地を離れた。
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