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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

オンネン
1974年 群馬県
上野の国吾妻の郡、猿が京で、老媼の衣服に火がつくが衣服は燃えず、けがは腕に五分ほどのあとがあるだけで、老媼が厠へ行くと火の気がないのに出火して厠のみが消失したり、火が燃え移って27軒の家が延焼したりした。老媼が若いころ、その密夫と間違えて姑を殺したため処刑された婿の怨念のためであった。

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(シゼンハッカ)
1976年 群馬県
上野国吾妻郡猿が橋の兵馬というものの母に、囲炉裏の炉の火が燃え移ったが、火を消したところ衣類も燃えず火傷もなかった。また極月28日に厠に入ったら発火して、体は大丈夫であったが厠が全焼した。その後尼になり寺に入ったが、衣類を取りに帰ったところ、また発火してその家および近隣27軒を焼いた。その時も本人は無事であった。この女が若い時に、女の密夫を殺そうとした婿が誤って舅を殺したことが原因となっているのだろうか。
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フシギ,サル
1974年 京都府
元文二年の春のこと。どこからか大きな猿が来て、京都市中を徘徊した。その猿が来た家の主人が次々と死んだ。
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キツネ,イナリ
1975年
橘枝直という男の宅地の辰巳の角に、稲荷の祠があった。飼っていた小鳥が何度も失せるので、怪しんで祠を取り除け、そこにいた子狐たちを老奴に命じて川に流し祠を焼き捨てた。するとその夜から老奴が物狂わしくなり、親狐が取り憑いたようになって騒いだ。枝直が宅地内の祠は自分の権限下にあると主張し、小鳥を盗んだ非を責め、恨むなら老奴ではなく自分を恨めと言ったところ、親狐は離れた。
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ロウエン
1981年 栃木県
アシ沢に老猿が住んでいた。ある日、猟師の夫に化けて、近くに住んでいる嫁と契った。嫁は家に帰ると夫が居るのに驚いて尋ねると、「朝からずっと薪を切っていた」と言う。嫁はやがて毛むくじゃらの赤ん坊を産んだが、投げ捨てておかれたので、その子はやがて死んだという。
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フルダヌキ
1933年 愛知県
年を経て神通力を得た古狸が、樵の住む小屋へ遊びに来た。樵の胸の内を見透かすので、樵が忌々しく思っていると、焚き火にくべてあった木の節が爆ぜて狸の股を直撃した。驚いた狸は逃げ帰り、再び姿を見せる事はなかった。
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ボウカ,ニコンボウカ
1975年 大阪府
摂津国高槻庄二階堂村で、三月から六,七月までの間、大きさ一尺ほどで近くで見れば人の顔のような火が現われ、人家の棟や木の枝などにとどまる。何もしないので人は恐れない。昔女と密通してその夫に殺された山伏の恨みが火となり夫を取り殺した。
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キツネ,カジ
1939年 青森県
畑にいたずらする狐を松葉でいぶして殺した。間もなく百姓の家は火事で丸焼けになった。
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カイビ,タヌキ
1921年 徳島県
明治5・6年頃ある男の家で家中のものが次々と燃える怪異が続いた。消そうとすると次々別のものに燃え移るのだが、消えた後は燻っても焦げてもいない。3~4カ月すると自然にやんだが、男が狸を遣って楽しんでいたので狸を怒らせたのだといわれた。ほどなく一家は衰滅したという。
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キツネ
1998年 福島県
爺さまが狐を馬鹿にして火を焚いていぶした。そうしたら、その後、婆さまが帰ってこないことがあった。心配していたら、ボロボロになって帰ってきた。氏神様の石の上に泊まってきたという。狐が仕返しをしたのである。
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ダイジャ
1993年 高知県
庄屋が嫁に行った娘を取り返すために、婿を殺そうとした。庄屋は婿を大蛇がいる蛇ヶ淵に誘い出し、大蛇に殺させようとした。婿は八幡大菩薩という弾で大蛇を撃ち殺した。大蛇は胴回りが33尋あり、長さが33間あった。そして7日7晩かけて燃やした。今でも焼けた跡は草が生えない。
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キツネ
1985年 愛媛県
殿様の奥方が突然二人になってしまった。見分けがつかなくて困っているところを、殿様は一方が狐であることを見破った。火炙りにしようとすると、大小三千もの狐が集まり、命乞いをした。殿様は許して、四国から出て行くよう命じた。狐たちは船に乗って中国地方へ渡っていったという。
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キツネ,ダイジャ
1954年 青森県
元吉という無口な男が、ある時坂の下で女のキツネに憑かれて、急に饒舌になった。家につくと腹が痛み出したので狐だと気が付き、折檻した。キツネはつる子と言って、善八という兄狐がいて、共に長兵衛という人の持っていた狐だった。長兵衛の家は放火されて焼けてしまった。元吉は、大蛇が川に入るのを見て、以来病気になり、亡くなってしまった。
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サルカニガッセン
2000年 東京都
昔々、蟹が猿に殺された。子蟹が泣いていると、栗と蜂と臼がやってきて「仇を討ってやろう」と言った。猿が囲炉裏に火を入れると、栗がはじけて向うずねに当たった。「あちいあちい」と言って猿が味噌部屋に飛び込み、火傷に味噌を塗ろうしたところに、蜂が飛んできて刺した。「痛え痛え」といって外に飛び出したところ、屋根から臼が落ちてきて猿を押しつぶした。そこへ子蟹が出てきて、鋏でちょきんと首を切って仇を討った。
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バケネコ
1984年 山梨県
左甚五郎が山崎新田を通ったとき、苦しんでいる女がいたので背負ってやったら、それは石地蔵だった。人家にたどり着いたら、その家の婆が亡くなっていて、爺が寺に知らせに行く間留守番をした。火を絶やすなと言われたが、うっかり眠って火を絶やしたら、死んだお婆さんが立って出て行こうとしていた。甚五郎とお婆さんが揉み合いになったところへお爺さんが帰ってきて、屋根に石を投げたらお婆さんは倒れた。火を絶やしたので古寺の猫が来て、屋根の上を歩いて死体を動かしたのだという。
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ナキタマ,ユウコン,ボウコン
1974年 高知県
土佐の国で、流罪になった人のところへ毎夜、都で死んだ妻が現われるようになった。その妻を網で捕らえたところ毛の抜けた古狸になったので殺した。貞観年中のこと。
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サル,ダイジャ
1973年 福岡県
文政7年6月に、宗像郡初の浦という所の山に置いていた煙草が何者かに荒らされた。百姓らは獼猴(猿)の仕業と思い、数十人が山に入ったところ、50匹ほどの猿の群れが大蛇のまわりを取り囲んで闘っていた。その猿の口と手には煙草の葉を持っていた。結局蛇は猟師によって始末され、猿は銃声におびえて消えたが、蛇が煙草を嫌うのこと知っていたのだろうと思われた。
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キツネ,キツネヤケ,カイカ
1939年 京都府
親子の狐のうち、子狐が矢で射殺された。その後、射た侍の家が怪火で燃え上がった。狐の報讐だと言われた。
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サンチュウノキ
1976年 群馬県
ある、殺生好きな侍が、草履取りと共に山に小屋を掛けて狩に入ったが、獲物が獲れそうになかったので下山しようとしたところ、山の奥からざわざわと音がして、大きな火の玉が小屋に向かってきた。侍が弓で射ると、鉄球にあたったような音がして火は消えた。その後、家まで帰ると侍の母親が怪我をしたという。母の部屋に行くと、侍が射った矢が落ちていたので、草履取りと共に押さえつけた。暫くはうめき声が聞こえたが、やがて静かになったので、見てみると、夜着以外何もなかった。家人も消えていた。
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タヌキ
1960年 神奈川県
ある寒い冬の夜、一人暮らしの老婆の家に年を取った狸が来て囲炉裏にあたった。次の日も来たので老婆が狸に火を投げつけると驚いて逃げたが、坂の途中で死んだ。その坂を火の坂という。後に水車業を営む人が陽原から久所に通ずる坂の下に穴を掘って祀った。
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サル
1978年 石川県
ある老人が働きに行っている間に、猿が蓑や笠を着て化け、家に先に帰ってしまった。老人が家に帰ると猿がいた。猿に化かされると、猿は葬式が嫌いなので、葬式の着物を着て、灯籠を持って泣き真似をすると、猿は抜けていったという。
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