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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

テング
1989年 静岡県
伊東市玖須美の妙照(妙昭)寺には、天狗の詫び書が伝わっている。

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キツネノワビジョウ
1983年 岡山県
真浄寺には、狐の詫び状が残っている。これは慶長年間のものである。
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テング
1919年 静岡県
伊東の某寺に天狗の詫証文が伝わっている。言語学者の大槻如電がその宝物を拝観したが、その字は読めなかった。如電氏は後にその文字は女真文字ではないか、と語ったという。
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テング
1982年 群馬県
妙義山には天狗の伝説や信仰が多い。
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テング,テガタ
1916年 和歌山県
昔、天狗が福勝寺の観音様に叱られ下座して手をついた跡が残っており、天狗の手形といわれている。
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テング
1974年 栃木県
下野国宇都宮あたりにある東盧山盛高寺の祥貞和尚が、ある時天狗に腕を貸してくれと言われた。和尚は手を引抜いて持っていかれては困ると言うと、天狗はそういうことはしないが、ただ手を貸すと言ってくれと頼む。そこで和尚が貸す言うと天狗は感謝して帰ったが、和尚の腕は短くなった。しかし30日ほどたった時に、天狗が再びやってきて腕を返すと言い、火除けの銅印をくれたという。その日から和尚の腕はもとにもどり、またその書は火防になった。
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テング
1976年 京都府
兼寿という連歌師は慢心のために天狗になった。竜山公が大天狗に兼寿を呼びに遣わせた御文が残っており、本願寺の重宝となっている。
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テング
1989年 静岡県
国清寺の和尚が子どものころ、夜おしっこにでたら天狗にさらわれて愛鷹山に連れて行かれた。いろいろ変わったものを食えといわれたが、結局寺の屋根に戻された。
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テング,マホウ
1954年 島根県
高崎という所に古くから寺があった。その寺の中古の住持良賢坊は伊須那(いずな)の修行を行っていて天狗を使役した。
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ミョウギホウシ,マドウ
1977年 滋賀県
比叡山の妙義法師は、自ら誓って魔道にはいり、魔類に悪念を得ないようにさせて、菩提に導こうとした。ゆえに比叡山は天狗を尊び、霊験もあらたかだという。
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テング,タキ
1933年 大阪府
天狗の滝に建てられた妙見堂には、病気平癒の祈願を込めて滝に打たれる人々が多く訪れる。御利益もまた顕著であるという。
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コテング
1954年 三重県
伊賀猪田村の勝田寺には、小天狗の木像がある。小天狗晩年の隠地とされる。
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ホウソウガミ
1992年 群馬県
太田市内ヶ島にある大槻敏明家の文書「疱瘡神五人相渡誤証文之事」の原文引用。疫神の詫び証文の例。黒味筋悪、肺甲荷弾、松皮掻姫、煎粒姫、部々寛味の5神が連名で、子供に疱瘡をうつしたことを詫び、その治療法を教え、以後は家に立ち入らないことを誓って、許しを請う。
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ヤマイヌ,バケモノ,タヌキ
1990年 長野県
伊那にある寺の縁の下に山犬が子を5匹生んだ。和尚はこれを大事に育て、そのお礼に1匹を貰って早太郎と名付けた。そこから遠方に天神宮があった。そこの祭りでは、毎年娘を天神様に差し出さなければならない決まりがあった。3匹の化け物が毎年差し出された娘を喰らっていたのだが、これを知った神主は早太郎を探し出し、化け物退治を依頼した。化け物はこうのついたたぬきであった。早太郎は3匹の化け物を倒したが、自らも死んでしまった。死後、早太郎は和尚の寺に祀られたという。
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テング
1974年 三重県
伊勢には天狗が多い。
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テング
1995年 群馬県
行者が御嶽山の御堂に一週間ばかり籠もった。満願の日に奥の諏訪山にお礼参りに行くと天狗がのりうつった。
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コテング
1954年 三重県
上野市愛宕神社は小天狗が建立したといわれ、その中に大福寺という宮坊があった。小天狗は坊の衆に忍術のことなどを尋ねたという。
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テング,マショ
1977年 福岡県
ある人が言うには、筑紫の彦山は天狗魔所という。
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テング
1918年 京都府
鞍馬山には大僧正という天狗がおり、天狗杉で羽を休めるという。
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コテング
1954年 三重県
伊賀には小天狗なる人物の記録が残されている。猪田村に小天狗清蔵という修験者がいて、信長軍の暴挙に対して社寺保護の役を務めたという。
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テング
1982年 群馬県
迦葉山の天狗は寺の小僧に化けて住み込み、いろいろと奇異な行動をした。
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