国際日本文化研究センター トップページ
怪異・妖怪伝承データベース
データベース検索ページ 更新情報 お知らせ 怪異・妖怪とは データベース検索 異界の杜 製作者
データベース検索ページ

検索対象事例

ウナギ
1984年 愛知県
大うなぎが旅人を食ったりして付近の人たちを悩ませていた。坂上田村麻呂がうなぎを退治するも、その池の水を飲んだ人が次々と死んだので、池を埋めて祠を建ててまつった。

類似事例(機械学習検索)

ガタロウ
1999年 滋賀県
昔、大戸川に多くの河太郎(がたろう)がいて、時折陸上に出て子供を捕え、水中で血を吸って溺死させた。また祇園祭当日に大戸川で水泳すると河太郎のたたりで水死するとも伝えられた。田上牧庄各村はその厄を祓うために荒戸山中に小祠を建て、これを「河太郎さん」と称して祭祀した。
類似事例

ダイドウヤシキ,オオカニ
1956年 宮城県
坂上田村麻呂が蝦夷を平定して京へ還るとき、玉浦の原野を荒らして人を害する何万という大蟹を、軍兵に命じて、原の一方を立て切り、火を放ち、逃げ惑うのを熱湯を浴びせて退治した。東衛という者に観音堂を建てさせ、軍旗に観音像を描いて与えた。大蟹の倉といった地名が岡二ノ倉に変わった。
類似事例

オオウナギ,タビソウ
1999年
旅僧がやって来て毒流しの漁を止めるようにと宿主に言った。しかし止めさせる手立てはなかったので、申し訳なく思った宿主は旅僧に粟飯を施した。藩主は漁を決行し、多くの魚が川面に浮上した。その中に大うなぎがいて、その腹を裂いてみると粟飯が入っていた。大うなぎが旅僧だったと人々は知った。その後大地震や藩主の早死になどが続いた。
類似事例

ヤマンバ
1985年 愛媛県
山中にヤマンバがおり、村人は婚礼などがあると食器や膳を借りに行った。返す時に、食物の残りがないようにきれいに洗うと、ひどく怒った。ある年の大水でヤマンバの家が流され、村人は小祠を建てて祀った。
類似事例

カッパ
1968年 茨城県
河童のために川で死ぬ人が多かったので、村人が何とかして河童を鎮めようと相談した。結果、河童を慰めて水神様を祀り、川施餓鬼を行った。この水神様が河童塚である。
類似事例

マイノカンノン
1956年 宮城県
昔ここにあった大沼に大蛇がすみ、人に害を加えていたのを大同2年(807)坂上田村麻呂が退治し、その死体を埋めた上に観音像を安置し、法楽の舞を奉納したので舞野という。
類似事例

ヤマネコ
1929年 東京都
島に人が住んでいないころ、この島へ行く人を山猫が喰い殺して困っていた。大浦又次福谷太左衛門という侍が槍で退治するが、今度はその霊が人を取り殺すようになった。大島に来た役行者が祠を建て、その島で猫という言葉を使わないようにするとおさまった。
類似事例

ヤマンバ
1983年 愛媛県
山中にヤマンバがいて、村で婚礼などがあると食器や膳を借りに行った。返す時に食べ物の残りがないように洗って返すとひどく怒った。ある年の大水でヤマンバの家が流された後に、小祠を建てて祀っていた。
類似事例

ダイジャ,ヒカリモノ
1983年 秋田県
江戸時代、ある百姓が田を見に行ったところ大蛇がいたので殺して川に捨てた。以来川から光り物が現れ百章を悩ました。祠を建て大蛇を祀るとそれは止んだ。
類似事例

ダイジャ
1961年 岡山県
昔虫原峠に近いところの平坦地に大蛇が住んでおり、蛇原といった。その蛇は牛馬を取って食い、田畑を荒らすので、九品寺の僧が大蛇を祈り殺した。九品寺の僧は大病を患い死亡し、寺は次第に衰え廃寺となったという。また大蛇が死んだ虫原谷を流れるおこぎ川の水に毒気が含まれて牛馬や人に害を及ぼすようになった。大蛇のたたりということで祀ったという。
類似事例

ドクジャ
1976年 静岡県
桜村に池の社という方5町程の2つの池がある。毎年8月彼岸の中の午の刻に半切り桶に赤飯を盛って水泳が達者なものが池の半ばまで押し行き池の真中で手放す。池の水が渦巻いて桶は水中に沈む。伝えによると昔、国主が入国した頃、妾とこの池辺りに遊興した。すると俄かに池に波が立ち妾が池に引き込まれてしまった。国主は怒って池に焼いた石を投げ入れさせ続けた。7日7夜続けたところ毒蛇が死んで浮かんできた。頭は牛のようで、背に黒い鱗があり、白い角が生えていた。また肥後の阿闍梨皇円の霊魂がこの池に入ったとも言われる。
類似事例

リュウ
2001年 奈良県
池に龍が住み村人を食べた。春日明神の化身の武士が退治した。龍の屍骸を埋めた上に寺を建てた。
類似事例

ウナギ
1971年 岐阜県
弥勒堂の裏の池で飼っていたウナギを食べた村人は、罰が当たって耳が聞えなくなったという。それ以来、野志集落では集落の川のウナギを食べてはいけない。他所に行ったときはよい。
類似事例

ヒジリガミ
1983年 愛媛県
大日堂前にヒジリ神サンが祀られている。昔高野山から来た旅人が大日堂を通りかかった時、下痢となり糞をひったのを村人が咎め、口論の末、その旅人の尻を斬り、殺してしまった。以来村人の家に不幸が続いたので聖神として祀った。
類似事例

ヘビ,イケノヌシ
1965年 高知県
赤泊の池の主は夫婦の蛇だった。その池に庄屋が鴨撃ちに行ったとき、下男が小刀を池に落してしまった。小刀は蛇の側に落ちた。その夜庄屋の夢に蛇が出て「小刀を取ってくれ」と頼んだが、庄屋は取りに行かなかった。数日して下男が大月の神社に参ろうとして出かけると、途中で遍路姿の夫婦者に「参る必要がなくなったから帰れ」と追い返された。下男が帰ってみると、庄屋は死んでいた。それから家の者も次々に死んでしまった。庄屋は死に際に「祀ってくれたら村の暮らしを楽にする」と言い残したので、庄屋の墓に祠を作って祀っている。赤泊の池は今では田圃になってしまった。
類似事例

シカ
1983年 京都府
将軍・坂上田村丸が鹿を猟した時に賢心と会って翁の話を知った。その話を聞いた妻は、病を治すため多くの鹿を殺生してきた自分たちの罪は深いので、その教え通り大悲の像を安置しようと言った。すると仏殿を建てようとした場所に多くの鹿が現れ、その場を平地にしたので、仏殿を建て像を安置した。
類似事例

オニ
1979年 岐阜県
天暦年間の事。鬼が瓢岳に棲み付き、村人を苦しめたので勅命で藤原高光が退治にきた。鬼は姿を巧みに隠したので高光は瓢岳と高賀山に6つの社を祀り、虚空蔵菩薩からお告げと白羽の矢を受けて鬼を射止めた。鬼の首をはねた刀を洗ったら鰻に変じたので、虚空蔵菩薩のお使いとして、この村では鰻を食べない。この鬼の首が念興寺にあり、持ち出すと天が荒れるといわれている。
類似事例

ワカミヤサマ,タタリ
1965年 高知県
昔、人を乗せたうつろ舟(ウツロブネ)が流れ着いた。中にいる人はいっぱい金を持っていたので、村人はその人を殺して金をとった。タタリが恐ろしいので瓦の祠を作って若宮様に祀って供養した。後年、「祠が小さすぎる」との神様のお言葉があって、凶事が起きたので、木造の大きな祠にした。若宮様は女の神様だという。
類似事例

ダイジャ
1994年 愛知県
鵜がたくさんいる鵜の山のふもとには大きな池があり、この池の水を抜くと鵜が逃げてしまうので水を無くしたことはなかった。上野間の人が池の水を抜きにいったが、池に大きな大蛇がいたので驚いて帰った。しかし別の人が池のいりを抜き、その人は祟りで病気になって死んだ。以来、いりを抜くときは必ず御神酒を供えるという。
類似事例

バギュウイケ
1956年 宮城県
坂上田村麻呂の乗馬が倒れた沼と伝えられる。また、池の中央に馬形の中洲があるため、馬形(ばぎょう)沼とも。馬首牛体の怪物が棲んでいたともいう。
類似事例

国際日本文化研究センター データベースの案内