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検索対象事例

シュテンドウジ,イバラキドウジ
2001年 京都府
丹波国大江山に酒呑童子という鬼がいた。その由来。国上村に佐渡隼人という人がいた。子供がないので戸隠山に請願し、男子が生まれたので外道丸と名づけた。7才から国上寺にはいったが、17歳には美人だったので婦人にもてて、国上の山中へ入り酒を飲んでいた。人々は酒呑童子といった。外道丸は信州戸隠山へ飛び入り、里人を貪り食ったが、村人が戸隠大権現に祈念し大江山に飛び去った。召使の中に茨木もいた。茨木は邪心でついに鬼となりその家の破風より飛び出し、14、5年前から大江山に住んでいた。酒呑童子と茨木は争い、酒呑童子が勝った

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ケドウマル,シュテンドウジ
2001年 新潟県
酒呑童子は信州戸隠明神の申し子であり、母の胎内に16ヶ月いて誕生し、幼名を外道丸といった。乱暴が過ぎて運高山国上寺の稚児となったが、その美丈夫ぶりが土地の女たちを惑わしたこともあり山中の岩山にこもったとも、弥彦山に身を寄せたとも、戸隠山に逃げたともされ、ついには大江山に行って酒呑童子と名乗ったという。
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シュテンドウジ
1963年 新潟県
酒呑童子は砂子塚の百姓の生まれで、国上寺に稚児として参っていた。しかし、参詣道を通る子供を喰っていたことが明るみになると、退山して岩窟に住みついた。そこでも夜な夜な近村の人を喰っていたが、弥彦山王数多の諸神に追われ、叡山、葛城をめぐり、丹波の大江山に住みついた。
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シュテンドウジ
1920年 新潟県
酒顛童子は3年3ヶ月母の胎内にやどり、生まれながらに牙が2本あった。美しく秀才として国上山国上寺に預けられた。成長するにつれてその輝きは増し、僧、女らを魅了した。16歳の時に艶書の蓋を取ると煙が立ち昇り、童子は悪鬼の相を現した。背が高く、髪は赤かったと言われる。弥彦山の岩窟にこもったのち、丹波千丈ヶ嶽において大江山の酒顛童子を名乗った。
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イバラキドウジ
1933年 大阪府
大阪府茨木町には茨木童子が育ったとされる家の後が残っているが、それによると、茨木童子は川邊郡留松村の土民の子であったが、生まれながらに牙が生え、髪が長く、眼光があって強盛であること成人以上であったので、一族はこれを怖れて島下群茨木村の辺りに捨てたのだという。この子は酒天童子に拾われて養育され、その賊徒となって大江山の巌窟を守り、巌窟のあった地名を以って茨木童子と号したのだ。
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シュテンドウジ,イバラキ
2001年 京都府
正暦3年3月26日に大江山に登る。鉄門があり、酒田公時が打ち破る。都から持参した銘酒を鬼に飲ませる。酒呑童子は肴に人間の腕を取り出す。酒呑鬼は17、8歳に見える美男であった。酔って奥の一間に入り、正体を顕して寝入る。丈は9尺8寸もある。各々声をかけ目を覚まし、一言王の怨みと言い首を打った。その頭は天に飛び上り、頼光の頭に食いつく。渡辺綱は茨羅鬼の部屋に入る。茨羅鬼は綱の姿になる。大勢押しかけたがどちらが本物かわからない。頼光が都の綱には額に痣があるといい、急に眉間の上に痣の出たほうを退治した。外の鬼も撫で
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シュテンドウジ
1995年 宮城県
大江山酒呑童子のことは、学校で教えられた。舞鶴の奥、大江山に入って悪いことをしていた。歴史的には、朝鮮人の海賊が山に陣取ったのをそう言ったのだと思う。それを頼光ヒデジとか言う人が退治した。その血が蚊や蛭になったという。
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オニ,モチ,シュテンドウジ
1949年 岡山県
樵の親方が多数の弟子を連れて深い山に仕事に出かけた。弟子の一人が、人影の無い森陰に一重の見事な紅白餅を見つけ、あまりに旨そうなので食べてしまった。そうすると面相が一変し暴れるようになり、日夜山奥をさまようなど鬼のようになった。仲間が連れ戻そうとすると、「もう鬼になったので近寄るな」といい、最後に連れ戻しにいった者を殺して食べた。その後、親方に罪を告白し、仲間のもとに戻るが、再度山に入り、「丹波の大江山へいく」といい飛び去った。これが後の酒呑童子だという。
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イブキドウジ,シュテンドウジ
2001年 滋賀県他
酒呑童子が大江山に住み着いた事情を明かしている。童子は伊吹山の麓、比叡山の北谷、西坂、丹波の大江山へと移っていく。比叡山からは伝教大師に追い出される。
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オニ,シュテンドウジ
1929年 京都府
丹後の大江山に酒顚童子が鬼どもを配下に住み着き、京の都を荒らしたので、源頼光ら主従6人が大江山に鬼を退治に行き、山伏姿に変装して、三神から授けられた神変奇特酒を鬼どもに飲ませ、討ち取った。
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シュテンドウジ,オニ
2000年 京都府
昔々、京都の羅生門に出る鬼の腕を渡辺という武将が切った。その後、渡辺の母親に化けた鬼が腕を取り戻したので、6人の武将が大江山の酒呑童子を退治しに行くことになった。道中、右の口から酒を注ぐと千人の力が出、左からだと千人の力が落ちる不思議な銚子をもらい、それを使って鬼を酔わせ、首をはねることに成功した。
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イバラギドウシ
1972年 茨城県
酒呑童子の眷属である茨木童子が現れた。鹿島の武甕槌命がこれを追い払った所が、いまの鬼越山である。
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イバラキドウジ
1969年 京都府
山に茨木童子が住んでいた。その洞窟もある。酒呑童子の出城だったという。茨木童子は平将門の子であったとも伝えられている。
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オニ,サケノミワラシ,キシン
1977年
摂津守頼光朝臣が勅を受けて酒呑童子を退治した。それに際して住吉で祈願をして神酒を受けて退治に臨んだ。この童子は元は比叡山の稚児で、容貌が美しかったので僧達に愛されていた。人が酔って寝たときにその血を取って酒に入れ飲んでいた為鬼になった。
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シュテンドウジ
1970年 京都府
大江山の鬼退治について。御勝八幡に21日間参篭して必勝祈願をした。参篭の途中で老婆から勝栗を得て千丈岳に向かい、鬼の岩屋で酒天童子を退治した。帰りに老婆にお礼として笛を与えた。
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オニ
1937年 大阪府
大阪府三島郡茨木町新庄町に、羅生門の鬼、茨木童子出生伝説がある。
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シュテンドウジ
1988年 奈良県
白毫寺の稚児が死人の肉を切り取って師の僧に勧めた。僧は知らずに珍味と喜んだので、稚児は奈良の町に出て人を襲い、師の僧に肉を差し出すようになった。僧は稚児の跡をつけてそのことを知り、縛って山に捨てた。その坂を稚児坂と言う。その稚児は大江山にいき、酒顛童子となったという。
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シュテンドウジ,デンキョウ,コウボウダイシ
2001年 京都府
酒呑童子自らが経歴を語る。越後の山寺育ちの稚児だが、法師に恨みがあるために多くの法師を刺し殺し、その夜に比叡山に行き自分の住む山と思ったが、伝教法師に追い出される。その後高野山に行き弘法大師に追い出されたが、今はそのような法師もいないので高野山にいる。
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バケモノシミズ,サンボンツメノカイブツ,オオオニ
1938年 福島県
五十人小屋場という山中の平地に小屋を掛け、猟をしていると、夜中に3本爪の怪物に小屋を引掻かれた。猟師の大将が水行をして山の神に念ずると治まった。その日、清水にゆくと、5升鍋ほどの頭をした大鬼が出たので、大将は自分の力不足を感じ、狩人の大将を辞して山を下りるというと、皆も大将とともに山を下りることに決めた。帰る途中で親子連れが山に行くのにあったので制止したが、親子連れは取り合わず山に入り、行方知れずになった。
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ヤモリ
1974年 長野県
信濃国松代の山里に、有名な力自慢の者がいた。水無月の頃に彼は友人と山に入ったところ、きわめて大きな蛇が出てきた。そこで彼は上あごと下あごを持って口を裂こうとして失敗し、鎌で大蛇の口から喉にかけて切り裂いた。その体の太い所だけを家に持ち帰ると、親は大蛇は山の神に違いなく、必ず祟りが起こるといって家を追い出した。里長が何とか宥めた。彼の身体に蛇の匂いがついて抜けず、医者が薬を与えると消えた。その医者が言うには大蛇ではなく野守だという。彼はその後、山に入って官木を盗んだ罪で死刑になったが、野守の復讐だと思われた。
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タヌキ,ハッチョウノダダボウ
1990年 福島県
八町の宮にダダ坊という化け物がいて子供を食うので、盲目の中井坊に退治を頼んだ。中井坊はすり鉢をかぶり山鍬と才槌を持ってお宮に行き、化け物に殴りっこをしようと持ちかけてすり鉢を殴らせ、自分は鍬と槌で叩いた。化け物は血を流して逃げていった。翌朝村人と一緒に追うと、お宮の欅の洞穴に何十年も経った毛の薄くなった大きな古狸がいたので、殺して狸汁にした。化け物も出なくなった。
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