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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

カイビ,ヒノタマ
1980年 愛知県
明治初年、正衆寺の裏山より怪火が現れ、村人は驚いた。大きな火の玉で、雨の夜に須佐の中頃に出て四散し、又一つとなって消え失せた。村民が不思議に思いその場所を掘ると古太刀、よろい、かぶと等が出たのでこれを祀った。そのあと、怪火は現れなくなった。慶長の昔、九鬼嘉隆が当地に攻め入った時に戦死した武士や村人の魂が迷い出たものという。

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ヒノタマ
1982年 広島県
明治30年頃のこと。雨がしとしと降る夏の夜、薬師の方で火の玉が3つ転がっており、川通を通って海岸まで行き沖の宮で消えた。薬師と明神を合祀したので、明神だろうと村人はいった。
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シノゼンチョウ,ヒトダマ,シカタ
1930年 鹿児島県
1900年ごろ、村はずれの山近い一角から青い火の玉がフワリと浮かび上がり、長い尾を引いて大勝のほうへ飛んでいった。火の玉が現れた場所には死の床についている人がいたため、あれは某さんの奥さんの死型だという噂が流れた。その後、10日ほどで亡くなり、人霊は実家に別れをつげに言ったのだろうといわれた。その実家でも2、3人の足音が聞こえ、火の玉が見えたという。
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ヒノタマ
1999年 宮崎県
1918年の夏のこと。大変な旱魃でみな困っていた。ある晩9時くらいのこと。山がパーッと明るくなったと思うと、お盆程度の大きさのオレンジ色の火の玉が現れ、真っ赤な火の粉を撒き散らしながら西へと飛んでいった。この火の玉は自分の田に水盗みをしていた男を脅かし、雲雀山地区を一周して熊野神社のごまさんの森に消えた。集落中の人がこの火の玉を目撃し、大評判になった。それから数日後、恵みの雨が降り、田植えも無事行われた。
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ダイジングウサマ,ヒノタマ
1967年 栃木県
1920年ころのこと。火の玉が飛んできて毎夜石田家の裏の柿の木に止まって、評判になった。足利の長岡の神社の神主に見てもらうと、大神宮様が合祀を嫌って逃げ出したのだというので、別の社に移したところ、出なくなった。後日、行商人がピカピカ光る砂石を拾って、不思議に思って聞いてみると、それが大神宮様の御神体だった。以来大神宮様の御神体は砂石である。
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ヒノタマ
1959年 長野県
坂の所へ来ると、円福寺の森から真赤い火の玉が上って消えていった。あれが人魂とか火の玉とか言うのでしょう。お寺やお堂のあたりで登ったり消えたり流れたりすることが多い。
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ヒノタマシイ
1976年 大阪府
島下郡別府村で、雨の夜に森から火の玉が現れ、田んぼの中にある社の周りを飛び回り、木の上に止まる。火縄の火を見せれば消える。これは初夏の長雨の後に湿地に熱がこもり陰陽剋したために地中から火が現れたもので、全国にこのようなことはある。
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ヒノタマ
1932年 熊本県
官軍墓地境内にあった老松が台風で倒れる前日か前々日、樹上に赤い火の玉がいくつか灯っていた。怪火を見た老人たちは、老松のタマシ(霊)すなわちセー(精霊)であったのだろうと言っている。
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トラノミヤノヒ
1933年 大阪府
別府村の田圃の中に虎の宮という神祠の古跡があるが、雨の夜にこの森から火魂が出て辺りを飛びめぐり、片山村の樹上に止まるという。人々は大いにこれを恐れたが、火縄を見せれば忽ち消えるのだという。
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ダイニチニョライ
1988年 愛知県
天文年間、勅願寺御嶽山光明寺では、兵火を避けて本尊である大日如来を池に埋めた。明暦年間、これを知った長尾村の大島四郎兵衛久成が大日如来を発掘して持ち去る途中、西浦の村人が村の守り本尊だから返せと言って追ってきて奪い合いになった。ところが、西浦の村人が持ち帰ろうとすると、持ち上げることも動かすことも出来ない。長尾の村人が持ち上げると軽々と運べたので、西浦の村人は諦めて帰った。そこで長尾村の大日堂に運び入れて守り本尊にしたという。
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ヒノタマ
1937年 福島県
明治28年、南の空から径2尺くらいの火の玉が飛んできて、虎捕山の本殿のあたりにぶつかり、大きな音を立てた。火の色は赤く、普通の色とは異なっているように見えた。集まったり離れたり、ぼうっとしてしばらくして消えた。
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オカゲドシ,オフダ
1916年 静岡県
御蔭年には不思議なことが起こった。不思議の始まりは酒屋が行燈を何かの拍子に焼いたとき「火之用心」という文字だけ焼け残った。それから火の騒ぎがいくつかあり、町中総出で神仏に参詣した。門前並木の大木の松が音もなく倒れた。そのうち御札が降ったという家が出てきて、祠を作って御札を祀り、祭礼のようにして騒いだ。
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ヒノタマ
1989年 岐阜県
先祖が本能寺の戦いで討ち死にしたとき、夜に故郷の堀尻山に大きな火の玉が上がり昼と見紛うような明かりが差したので、一族の子女は主の変事を知った。
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ジョウサガシ,ヒノタマ
1985年 愛媛県
大正初期のうら盆前後、森の中にほたる火のような火の玉を見た。その火の玉はやがて提灯程の大きさになりうろうろしていた。探し物をしているようでもあった。祖父に聞くと状さがしというもののことで、昔主人から急ぎの手紙を言いつかった仲間という男が手紙をなくしてしまい、探し疲れて死んでしまったがその執念が提灯をかざして歩くものという。
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ヒノタマ,ヤマノカミ
1964年 福島県
明治28年秋、南の空から60センチメートルくらいの火の玉が飛んできて、虎捕山の本殿のあたりにぶつかって非常な音をたてた。火の色は赤いが普通の色とも違って見え、ぶつかった後はかたまったりはなれたりボーっと見えたが、やがて消えた。山ノ神がお社に灯明を奉るのだろうといわれた。
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ヒノタマ
1958年 神奈川県
明治前期、8月24日の三島さまのお祭りの晩に素人芝居を見ていたら、急に傘くらいもある火の玉が出て境内を転げまわった。見物していた人は誰でも見えた。
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〔カリュウコツ〕
1975年 東京都
丑3刻、新吉原5丁町より火事が起き、廓中残らず焼けた。焼けた灰の中から、怪しい骨が出た。火竜の骨だという。
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フネユウレイ,カイカ
1985年 愛媛県
芳坊という青年が太刀魚釣りに行った夜、数千もの火が横列をなして近づいてきた。怪火は合して一団の大火となり千石船のヘサキにとまった。その舟が漁舟に接近した瞬間、千石船は消失して大怪火ももとの横列に戻った。
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ユウレイ,ヒノタマ
1956年 東京都
昭和初年、三重の商船学校の練習船が難破して7人が亡くなった。その附近で夜、イカ釣りをしていたら火の玉が沖から転げてきた。その霊だろうと思って水とご飯をくれてやったら、火の玉は消えて、後ろから照らすように見えた。
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テンピ
1931年 佐賀県
佐賀地方では火の玉を天火という。その火は斜めに飛んで潜伏する。火事を起こすといわれ、見つけたときには鐘や太鼓を打って追い払う。
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トイシジンジャ
1928年 長崎県
大永年間のこと、船津あたりの深い山藪の中から、不思議な光が闇の中に光り輝くことがあった。里人はこれを大蛇か魔物と思い、誰も近づかなかった。ある時、漁夫が難破して海を漂っていたところ、遠いかなたに光を見つけ、それをたよりに陸地まで泳ぎ着いた。夜が明けて光の正体を調べに行くと、そこには軽石と古木があったので、里人はこの軽石と古木を神木として祠を立てたといわれている。
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