ガタロウ 1987年 奈良県 男の子がお昼を食べに帰る途中、土橋を渡っていたら真ん中にガタロウがいた。ガタロウは相撲を取ろうと言ったが、男の子は腹が減っているから食べて来たら取ると言った。そして食べて来たら、ガタロウはちゃんと待っていた。するとガタロウは、仏さんに供えたご飯を男の子が食べていたので、相撲をやめて川に飛び込んだ。
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オオニュウドウ 1972年 千葉県 祭りの夜、油揚げを買って帰ると、そば畑で大入道に出会った。大入道と相撲を取っているうちに、油揚げはなくなり、大入道も消えた。
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ベンテン 1964年 福島県 昔、五兵衛という男がある晩に船を引く音を聞いた。出てみたが人影もなかった。すると声がして「おれは沼の内の弁天だが、沼につれて行ってくれ」という。負ぶって現在の弁天様の地に安置したところ、「ここで別れるぞ」といって姿が消えた。しばらく前まで代々かれの家が弁天様のかぎをもっていたという。
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エンコ 1980年 広島県 ある人が田の石垣を作っているとエンコが現れ相撲を挑んできた。負けたら肛門を抜かれると思い必死に相撲をしたが勝負が付かない。腹が減ったので休戦して弁当の食べているとおかずの筍を竹だと思ったのか、あんなもの食べる人間には勝てないといって逃げた。
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ガアタロ 1975年 岡山県 集落からはずれたユミノハマというところで、ガアタロ(河童)が相撲を取ろうと言ってくる。
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ガワタロー 1991年 滋賀県 竹生島の奥に住んでいるガワタローが来て浜で若い衆と相撲を取っていたが、いつも若衆が尻を抜かれて負けていた。これを聞いた知恵者の五平は、尻に薬缶のふたをあてて浜に出てガワタローの来るのを待ち、相撲を取った。ガワタローはどうしてもどうしても五平の尻を抜くことができず、「おまえのケツはカナケツや」といって逃げ帰り、以後来なくなった。
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テング 1992年 茨城県 大部氏宅の庭石に天狗が下りてきて、家の者に目隠しをして土嶽につれて行き相撲を取った。赤飯を持って来れば生涯楽にしてやるといわれたが、帰って妻に話すと、それ以来、天狗は現れなくなった。
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ウシオニ 1991年 島根県 ある相撲取りが夜、浜を歩いていると怪物に相撲を挑まれた。腹が減ったので家に帰って飯を食ってくると告げ帰ると飯が無く御仏飯を食べてくると、怪物はおまえの体に光明がさしているので食われぬといった。それは牛鬼だったのだろう。
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ガオロ 1958年 岐阜県 ガオロ渕のガオロが馬について厩まで来てしまい、フネ(桶)に隠れていた。ガオロが「客のあるときは橋の上に丼を置いてくれれば生魚を入れてやるから、助けてくれ」と言うので、逃がしてやった。あるとき、客の数より多く丼を置いたら、それからは魚を入れてくれなくなった。
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ゲンベエブチ 1956年 宮城県 昔,渕の崖上に源兵衛というものが住んでいた。梅雨頃,夜更けに若い女がきて「私はこの渕の主の鰻で,明晩川上の賢渕の主の蜘蛛と一騎打ちをする。その時あなたが『源兵衛ここに控えおるぞ』と声を掛けてくれれば勝てるのでよろしくお願いします。」というので源兵衛は承知した。翌晩鰻と蜘蛛の大合戦が始まったが,あまりの怖ろしさに源兵衛ここにいるぞと言えなかった。翌朝見ると鰻の首が噛み切られて源兵衛の家の方を睨んで浮かんでいたので,それを見た源兵衛は気が狂って死んでしまった。その後この渕を源兵衛渕と呼ぶようになった。町の人々が供養のために建てた小祠が近年まで残っていた。
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カッパ 1960年 大分県 山奥の田に行くと大勢のカッパが現れ相撲を挑んできた。草取りがあると断ると、カッパが引き受けるという。そこで1日中相撲を取ったがきりがない。サカトリに投げつけたら皿の水がこぼれ、皆逃げてしまった。翌日見に行くと綺麗に草取りがしてあり水が濁っていた。
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クモ,ガワタ 1991年 滋賀県 川原の畑で百姓が日暮れ時に一服していると、どこからか1匹の蜘蛛が来て足に糸を巻いて川の中に下りていった。これはおかしいと思った百姓が糸をそばの柳の木の根に巻いた。しばらくしてその木は川の中に引きこまれた。ガワタが百姓を川の中に引きこんでシリノコを抜いて食べようとしたが、人間の方が賢かったという話。
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エンコ 1967年 愛媛県 昔、与一という人が薬師堂の横の畑へ行くと、エンコが出て来て相撲をとろうといった。与一さんはエンコを待たせて薬師様の堂に入り、お仏飯を頂いて戻って来ると、エンコは相撲も取らずに逃げ出してしまった。
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コギツネトショウベエ 1956年 宮城県 昔、あるところに正兵衛という鉄砲ぶち(打ち)がいて、つる橋の上でつるにからまって動けなくなっている小狐を助けた。正兵衛が家に帰って菜っぱ汁をたいていると、鍋がさっぱり煮立たないので開けてみると小判がいっぱい入っていた。そこへ来て、わけを正兵衛から聞いた慾兵衛は、「その狐、腹の中いっぱい小判だべ」と出かけ、小狐を打ち、腹を割くと小判がいっぱい出てきた。しかし家に帰って見るとそれはすべて馬の糞だった。正兵衛は、今回の件で殺生は悪いことだと後悔して百姓となったが、その田も畠も上作で、だんだん金持ちになった。一方慾兵衛はその後猟もなくなって貧乏になり、夜逃げしたという。
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トウゴロウ,リュウ 1980年 岡山県 ある朝藤五郎は「池を掘ってから朝飯を食う」と言って出かけた。姿は見えないが土を掘る音がすさまじく聞こえた。池が出来あがったあくる日、急に雨が降り、池にいっぱい水がたまった。母親が止めるのに雨の中を藤五郎は池に行ったかと思うと、稲光がして藤五郎は龍となり、天高く昇っていった。それからこの池を藤五郎池と呼ぶ。
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テング 1982年 群馬県 力五郎兵衛とまで言われた力持ちの五郎兵衛は、天狗と相撲をとって負けた。
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テング 1956年 茨城県 炭焼きと天狗が毎日相撲を取っていた。ある日天狗が「4つ足と2足を食べなければ一生暮らせるようにしてやる。また自分のことを他人に話しては成らぬ」と言った。だが、4つ足と2足の意味が分からず、村人に質問する時に天狗の事も話したため、天狗は来なくなった。
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ガワッパ,スイジンサマ,ヤマンタロウ,カワンカミサン 1970年 熊本県 カワマツリに供える団子を分けて家に持って帰るのはガワッパに引かれぬためという。ガワッパは水神様ともいい、人の肛門から手を入れて肝を取り、長生きする。またある時、草相撲取りが山を歩いていると子供が現れ相撲を取ろうという。簡単に勝ったが次々と同じような子が現れる。おかしいと気付き唾をつけると姿がなくなった。この子らはガワッパが秋に山に入ったヤマンタロウであったという。ガワッパは川の合流点にいて人間を見ると相撲を取りたがるという。ガワッパはカナモノが嫌いという。
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ガタロ 1988年 奈良県 昔、力の強い男がガタロと相撲をして勝ち、その時の約束で毎朝ザルいっぱいの魚を貰っていた。何年かして、女が通りかかってザルを捨ててしまい、もうガタロは魚をもってこなくなった。また、この男が相撲に勝ってから谷にガタロは棲まなくなり、ガタロの害もなくなった。この男を川勝様といって祀っている。
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ベンザイテン,ヘビ 1935年 昔、ある弁才天の神官の家にひとりの娘がいた。近所の百姓が多忙の時期には娘の手を借りることもあった。ある時百姓が養蚕のために手が不足したのでその娘を頼みにいくと、神官の家に出産があり手がいるので娘を借りることができなかった。しかし百姓が家に帰るとその娘が来ており、都合がついたという。それから娘は毎日その百姓の手伝いをした。仕事に区切りがついたので、娘を返すため神官の家まで送ると、娘はお参りをさせてくださいと言って神社に入ったきり帰ってこない。神官の家を訪れると娘はちゃんといて、手伝いには行っていないという。そこで百姓と神官が弁才天の前まで行くとその娘そっくりの頭を持った蛇がいた。神官が礼を述べると蛇は姿を消した。
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