ジゾウ 1934年 栃木県 昔、お婆さんが座敷の真中で白く光る変なものを見つけた。それは1粒の米で、餅について食べることになったが、団子にしたら転がっていって地蔵さんに食べられた。そのかわりに地蔵から搗いても搗いても搗ききれない米をもらい、餅を搗くとたくさん出来たので村の人にわけてやったという。
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ゲンベエブチ 1956年 宮城県 昔1人の僧が、毎年盆中に米ヶ袋の家を歩いて棚経をあげ、盆棚のお下がりを馳走になっていたが、何年たっても年を取る様子がない。ある年、またやってきて一軒の家で麦飯を馳走になる。そばで3,4人の若者が下の渕で毒流しの相談をしているのを聞きつけ、盆中の殺生は止めなされと固く戒めて帰る。源兵衛という者が跡をつけていくと僧は渕の中に消える。源兵衛が毒を流すと大鰻が浮んだので割いてみると、腹の中から麦飯が出る。
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アワモチヲクッタジゾウサマ 1956年 宮城県 昔、正直者の正兵衛と、慾深の慾兵衛が住んでいた。お正月に白い餅をつかれない正兵衛は、粟餅をついて神様に上げた。隣の慾兵衛は金持ちだから、白い餅をついた。正兵衛は川の地蔵様にも餅を上げようと、懐に粟餅を入れて若水を汲む手桶をさげて川を降りてきた。地蔵様に餅をあげようとしたところ、餅がみつからず、地蔵様に必死で謝った。すると地蔵様が「今上から流れてきたのを食べた。おいしかったぞ」という。見れば地蔵様の口のあたりに粉がいっぱいついている。正兵衛はそれはよかったと何度も地蔵様を拝んで帰った。途中手桶が重くなるので家に帰ってあけると大判小判が入っていた。慾兵衛が正兵衛の家に行ってこのことを見て、真似して地蔵様の口に無理矢理白い餅をつっこんで帰ってくると、手桶が糞だの石だのでいっぱいだったという。
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タメニオチタコノタマシイ,(トイギキ),(ホトケオロシ) 1984年 新潟県 70歳になったお婆さんが気がおかしくなり医者に診せても治らなかった。嫁が「沢根の不動さん」へ連れて行くと、近所でタメに落ちて死んでしまったが、あまり供養してもらえず、迷っている子の魂があり、畑仕事でしゃがんでいるときにおぶさったものだ、といわれた。また、情けをかけるといつまでも憑いているといい聞かされた。お婆さんは小さな地蔵を一つ作って大日さんにあげ、お前は坐るべきところに坐って、家のものに供養してもらえといって祈った。それからお婆さんは回復した。
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ホトケサマ 1935年 長崎県 盆に、供えた茄子に、翌朝見ると小さい爪かたが出来ている。これは仏様が来られた証で、これがつかなかった年は来られなかったのだという。
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クビヅカ 1956年 宮城県 寛文頃(1661~1673),津谷東禅寺住職木陽和尚は学徳が高く尊敬されていたが,無実の罪で訴えられ打首に処せられる。和尚は村の方を睨んで,「もし罪名の如く破戒の罪があれば我が首は地に落ちるが,無実なら首は飛び上がるだろう」と言い残した。刎ねられた首は何処ともなく飛んでいき,その後村に怪異が続いた。食事中血塗れの腕がぶら下がってきたり,夜更けに怪しい呻き声が聞こえたり,針仕事をしている女が後ろ髪を掴まれて引き倒されたりした。1,2年後,日山という托鉢僧が秋の夕方野路を通ると,後ろから自分の名を呼び止める声が聞こえるが姿が見えない。よく見ると一人の僧形の姿があり,「自分は無実の罪によって刑死したが,供養する者もなく,妄執で浮かばれず迷っている。供養してもらいたい」と頼んだ。翌朝その辺りの草叢を調べると,石に噛り付いたままの骸首が見つかった。日山が懇ろに弔ってやると,その後村の怪異は絶えた。村人達も供養碑を建てて厚く祀り,参詣者が絶えなかった。
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オオニュウドウ 1974年 神奈川県 上地区八沢のあるお寺に、夜な夜な大入道が出るとの噂が広がった。村の寄合で、大入道様の好物であるぼた餅を作って供えることに決まった。名主の家で餅を作り、供えに行こうとすると、地響きとともにずしんと音がした。名主のおじいさんがぼた餅の上にしりもちをついて気を失っていた。以後、お寺には大入道が出なくなり、村は豊かになったという。
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〔ナマミノジゾウ〕 1978年 広島県 備後神石の僧が大山へ行き生身の地蔵を拝みたいと祈願すると夢に一人の僧が現れ、下野の岩船に生身の地蔵がいると告げた。僧は早速そこへ行くと、一度に三つの仕事をこなす僧に出会い、彼こそ生身の地蔵であると大山権現を尊く思い、急ぎ帰る。帰り際下野の僧は一掴みすると釜いっぱいに炊ける不思議な米を与えた。
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ヤマノババ 1933年 岩手県 和尚さんに言われて、小僧が山へ薪をとりに行った昼に味噌の入った握り飯を食べるとき、味噌を一粒落としてしまった。帰りに小僧は山の婆に襲われた。小僧は和尚さんからもらったお札の力で寺まで逃げ戻った。寺まできた鬼婆を和尚は一粒の味噌に化けさせ、小僧に食べさせた。婆は味噌が化けたものだった。
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コウボウダイシ 2000年 香川県 昔、年の瀬に餅をついているところに修行僧が訪れ、餅を乞い願ったが、「これはもちではなくて団子だ」と断られた。修行僧は去ったが、ついていた餅は団子になってしまった。その後、暮れに餅をついても団子になってしまうようになった。修行僧は弘法大師に違いないと考えられた。
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(ミイワイノモチ) 1939年 島根県 年の暮に正月餅をつくことを身祝いという。この日に変事があると1年中良くないことがあるとか、凶事の知らせだとかいう。執筆者の祖父の代で、一蒸篭もち米が赤くなったことがあるが、祖父はその年の正月3日の晩に気が狂っていた自分の息子に後頭部を斧で切られて危うく死ぬ所だった。数年前にも一度赤くなったが、お払いをしてもらったので何事もなかった。
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〔ハンソウボウ〕 1958年 岐阜県 明治19年5月のこと。ある家の夫婦が破れ衣を着てうどの木の杖をついた鼻の高い姿の御札を旅僧から買った。その夜、夫婦の夢に御札のお姿の人が出て、「山奥に大きな岩屋がある」と告げた。みんなで行ってみたところ、お姿のとおりの人が林の中にいて、坊さんについて行くと不思議な岩屋についた。坊さんの顔が半分なかったともいい、それで半僧坊として祀った。
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ヒノタマ,ムジナ 1977年 茨城県 厠の途中にある柿の木の下に、2つの赤い火の玉が転がっていた。近づくと消えてなくなった。両親に聞くとムジナが化けたのだろうと言われた。祖母も不動様の松の木に火の玉を見つけた。祖母もムジナが化けたと言っていた。
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キツネ 1981年 和歌山県 戦後の食糧難の頃の話。裕福な家に餅米と小豆を買いに行った女の人の目にその家の稲荷の祠が御殿のように見えた。帰ってから一升ほどの餅米を1人で食べてしまい、赤ん坊と女の人がゲラゲラ笑い出したあとで肛門が痛いと言い出し、最後には拝み始めて「われこそは稲荷大明神」と唱え始めた。夫は妙見様の洗米を頂いてきて食べさせたり、天井や床に見えるという赤や黒や銀色の狐を女の言うままに木刀で叩きまわった。7日ほどして正気に戻った。稲荷が粗末にされていたので、たまたま来た女に憑いたという。狐は人に憑くとき入る場所を探してくすぐるので、探られた者は笑うのだという。
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バケモノ 1970年 山形県 ばけものが餅をやいている間に、鯖売りがそれを天井から持ち上げてすべて取ってしまった。ばけものはお不動さまか火の神さまが食べてしまったのかと言って今度は酒をかんした。鯖売りがそれもまた取ってしまうと、ばけものはお不動さまか火の神さまが食べたんだろうと言った。
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ヤツフサグリ 1987年 長野県 昔,坊さん(行基菩薩だという)がきて,むすびを食べようとしたが,一つ落ちてしまった。するとそれが栗の種子になり,その種子をまいておくと八つ房のついた栗の木になった。枯れてしまって現存しない。
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ビジョ 1988年 奈良県 室生村の不動が滝に茶店があった。あるとき、美女が来て飴餅を求めた。不審に思い、どこから来たか聞いても答えない。跡をつけると、滝壷に消えた。以来、この茶店は流行らなくなった。
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カンゼノンボサツ 1970年 山形県 弘化年間、長町にせんという、産婆を業とする女がいて、人々に慕われていた。ある秋、仕事帰りの夜道で、8歳ほどの男の子に声をかけられた。翌春の彼岸の晩、その男の子は再び現れ、紙包みを手渡した。男の子の正体は高松の観世音菩薩で、包みの中身は徳利だった。徳利からは病人を治す蜜が出て、霊験あらたかな徳利としてたちまち評判になったという。
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ジゾウサマ 1956年 宮城県 昔、仲の良い老夫婦がおり、毎朝必ず神仏を拝んでいた。大晦日に銭が300文ばかりしかなく、神様に上げるものさえ買えないくらいだが、爺は少しでも何か買おうと町へ出かけた。途中、道端の地蔵様が雪まみれになっていたので、爺は自分の笠を被せ、腰の手拭いをさいて笠が取れないようにしっかり結びつけ、そのまま町にいくのをやめて帰ってきた。婆もその話を聞いて喜んだ。家にある物で神仏にお供えして寝ていると、夜半過ぎに見知らぬ人がきて、薪を置いていった。神様が持ってきたかと、夫婦はその人が行った方向を拝んだ。次の朝、薪を焚こうとして木を切ると中から大判小判が出てきた。そういえばその人が被っていた笠と手拭いが爺のといっしょであり、さては昨日の地蔵様が、と2人は地蔵様の方をしばらく拝んでいた。
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ジゾウ 1982年 京都府 享保15年7月、両替町通竹屋町上る町西方町の家の主人の夢にある人が現れ、我は土蔵の内にいるので早く出せと言った。翌日主人が土蔵を見たところ特に何も無いので、地面を2尺程掘ったら石仏の地蔵像が出てきた。背中を見ると弘法大師作、西方寺とあった。西方寺は新地に移っていたが、昔はこの地にあったことがこの為に判明した。石像は安置して当年より地蔵祭を始めた。
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