ウマ,ジンジャ,カッパ 1953年 東京都 駒沢、上馬、下馬、という地名の由来を調べてみると、馬引き沢である。近辺は大きな沢があって、当時百姓達が馬を引いて歩いたのである。
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コマガタイワ 1987年 長野県 昔,滝の沢の山道を,まだ小さい兄妹が馬でやってきた。霧の深い日で一寸先も見えず,まず兄が,次いで妹が谷底に転落した。谷は高さ数十メートルもあり,落ちればまず助からない。しかし,しばらくして村の者が白い馬に抱かれるように気を失っている妹を見つけた。妹には怪我一つなかった。妹は駒形(馬の形)が岩に刻まれていたと聞き,信心深い兄が身代わりになって命を助けてくれたのだと言った。兄妹は名のある土豪だったが父が防人に召されている間に手代に家や土地を奪われ,父を探す旅をしていたのだという。丁度この時武人が通りがかり,騒ぎを知って女にあった。武人は父であった。父はその後村人と協力し村のために尽くした。村の発展は駒形岩のおかげだと,今も駒形神社で祭りが行われている。
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テンバセキ 1976年 徳島県 阿波勝浦田の村にある天馬石は、天より下りてきた馬が石になったものという。
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ウマ 1934年 岡山県 駒林というのは、中山神が白馬に乗り、来現された跡と伝えられる。
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モチヅキノコマ 1987年 長野県 豪族望月氏に生駒姫が生まれた日,牧に月毛の馬が生まれた。生駒姫が13歳の時天皇に召されることになり,それを聞いた月毛の駒はものを食べなくなり,衰弱してしまった。修験者を呼んで占ったところ駒が娘に恋をしていることが判明し,娘も都に上るより月毛と一緒に暮らしたいと言い出した。そこで望月の殿は月毛に難題を出し,鐘四つから九つまでの間に御牧七郷を三回まわれれば娘をやると約束した。到底不可能と思われたが,月毛が成し遂げようとしたので偽の九つを打たせたところ,月毛は絶望して崖に身を投げてしまった。その後生駒姫は尼となる。崖の中腹の洞窟に,今も馬頭観音が祀ってある。
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リュウ 1982年 神奈川県 足柄山のふもとの村に住む娘が、山に木の実を拾いに行くと、天から龍が下りてきて娘の腹の上に乗り、生まれた子供が金太郎であるという。
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ウマ 1967年 福島県 昔、ある武士が娘と一緒に住んでいた。武士がある日狩りに出かけて何日たっても帰ってこなかった。娘は自分の家の馬に、父を探してきてくれたら嫁になってやると言ったところ、馬はどこかに走って行き、夕方になって武士を背に乗せて帰ってきた。それから馬は変ないななき声をたてるので、娘に聞くと娘は今までのことを話した。父親は怒って娘を島流しにした。それを知った馬は彼女のあとを追って行方不明になったが、やがてすごすご帰ってきた。それが駒帰り、今は駒ヶ嶺となった。
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テング 1984年 山梨県 天狗が仏沢から米倉山をまたいで八ヶ岳につまづいた。だから米倉山の頂上には天狗の足からついた仏沢の水が湧いていて、八ヶ岳の頭は割れている。それがなければ八ヶ岳は富士山より大きかったという。
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トウバンサン 1951年 広島県 石橋の渡り口に石があり、牛馬が通りかかると必ずつまずいて川に転落死してしまう。何かが宿っているに違いないというので山に運び、山の神様とした。だから山の神は牛馬の神でもあり、トウバンサンと称している。
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コマノヒヅメイシ,ショウトクタイシ 1991年 兵庫県 聖徳太子が馬に乗ってこられたときの馬の蹄のあとの残る石が駒蹄石(こまのひづめいし)である。
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ソウゼンジンジャ 2001年 青森県 階上に馬の守護神として祀られている蒼前神社にまつわる伝説に、「藤原有家卿物語」というものがある。源平合戦の昔、壇ノ浦の戦いに敗れた平家の大将・藤原有家卿は、名馬「白馬龍」に跨ったまま海に飛び込み、岩手県種市町の有家に辿り着いた。そこで観音様を拝んだところ、西の方へ行くようにとのお告げがあり、それに従って旅立った。だが、妙野(今の蒼前平)まで来たところで馬がとうとう倒れてしまった。藤原卿は悲しみ、愛馬を手厚く葬り、槻の木を植えた。その後、村人達がそこにお堂を建て、蒼前神社として祀った。
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ヤマノカミ 1959年 山形県 摩耶山(温海)の山の神は、麻耶山中腹の天池から生まれた、あるいは関川の馬の形の石が飛んでいったなどといわれている。
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バテイセキ,オサキガミ 1956年 宮城県 御崎神が白馬に乗って、海上から降臨したときの蹄の跡。
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ハナヤマ,コマガタネゴンゲン,オンタケゴンゲン 1956年 宮城県 駒形根の神と御嶽の神が一緒に陸奥へ下り、今の築館近くの一迫川で美しい花が流れてくるのをみて、花の咲く山を求めて溯る。途中休息のとき、駒形根の神は眠りこけた御嶽の神を置きざりにして進み、二つの山のうち景色のいい方を選んだ。これが御駒山の駒形根権現である。御嶽の神は後から来て片方の山に決めた。これが御嶽権現の山で、やがて満山美しい石楠花が咲いた。駒形根の神は石楠花をほしがったが、御嶽の神は自分を置き去りにしたのを憎み、やらなかった。今もこの花は御嶽山にはあって、駒形山にはない。
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ソウゼン,クロゲノオオウマ,ミョウジンサマ 2001年 青森県 七鞍平にまつわる蒼前の伝説では、昔、沼を渡ってきて200余頭の母馬・父馬を食い殺した黒毛の大馬は、七尋もの大きさで、その背には鞍を七つも置くことが出来るほどであったと言う。後には23頭の母馬が残されたが、それらから生まれた駒はいずれも後世において名馬となった。実は大馬は明神様の御姿で、悪馬の根を絶やしたのであると言う。その大馬を生めた場所が七鞍と呼ばれている。
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(リョウトウミツメノウマ) 1982年 熊本県 文政8年に肥前国(ママ)天草郡宮田村の百姓・幸次郎の産馬は、2つの頭と3つの眼を持って産まれたという。
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ウマ 1978年 香川県 安永末年、ある伊予の農人が象頭山へ、仔馬が生まれた場合にはそれを神馬として奉納することを約束して馬の治病を祈願した。その後仔馬が生まれたが奉納するのを忘れていたら、仔馬が勝手に象頭山へ行った。その馬の背中には斑毛で金の字が成長とともに現われた。
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ライジン,リュウ 1988年 奈良県 昔、雷神がこの地に落ちて童子となったのを農夫が子とした。よそは旱魃でも、その農夫の田には雨が絶えなかった。後にこの童子は竜となって昇天したので、その田を竜田と呼び、地名になった。
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ハネノアルコ,リョウマ 1941年 朝鮮 中和郡水山面木里の傍の三月山の麓のある農家に、脇の下に羽根のある男の子が生まれた。そのような子は天子の位につくといわれているので、後難を恐れた両親が羽を焼いてしまったら、その子は死んだ。また羽のある人が生まれると、龍馬という駿馬が出てきて乗馬になるというが、龍馬が農家の裏に現れ、3か月鳴き続けて姿を消した。それが三月山の由来である。
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リュウジョ,ダイジャ,コマヅカ 1976年 兵庫県 康保4年の冬、源満仲が能勢の山で猟をした時、夢に竜女が現れて、礼に竜馬を与えるので川下の大蛇を退治して欲しいと願った。目覚めると1匹の馬が傍にいた。満仲はその馬に乗り大蛇を退治した。満仲の死後も馬は生きていたが、やがて死に、家臣の者が馬を山岳に埋めてその上に堂を建て、駒塚山堂と名付けた。その後文明2年3月18日から毎夜駒塚が発光した。慈光山普明寺の住僧が塚で普門品を誦したら、たちまち雷鳴して馬の頭が出現した。住僧はそれを持ち帰り竜馬神と名付け金堂に納めた。
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