カタナ,ハンニャノフダ 1972年 岐阜県 横蔵寺の大般若のお札は霊験あらたかなので戸口に祀る。昔、ボロボロの鍔を付けた刀を持った侍がいた。この侍が寝ているところを蛇が向かってきた。もう1人の侍がそれを見ていたところ、刀がシューッと音を立てて抜け、蛇を近寄らせなかった。目撃した侍は寝ていた侍を起こし、刀を取り替えてもらった。刀屋に見せたところ、刀はボロボロの古いものだったが、般若のお札が貼ってあった。そのおかげで蛇に飲まれずにすんだのだという。
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タヌキ 1981年 滋賀県 昔法蔵禅寺に六部がやってきた。六部は住職に泊めてくれと頼んだ。住職はやめた方がよいといったが、六部はどんな辛抱でもするといって泊った。その晩六部が寝ていると、丑の刻にわけのわからない化物が天井一杯くらいある目玉をむいて六部を睨みつけた。六部が「狸だろう、こっちへ来て勝負しろ」というと狸も諦めて出てきて、どんな勝負をするのかと聞いてきた。六部は「オノレワ、テンクラテンジャを交代で言い合いをする」といい、言い合いをしたが、じきに狸が言えなくなってしまい、裏山に逃げてしまった。
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(フナカタノユウレイ) 1961年 静岡県 昔、船がたくさんこの地に入ってきていた頃、時化の時に人が死んだ。その死体に壊れた船の足伝馬をかぶせて現在の船着場の上の端に埋め、地蔵をつくってまつった。夜になると死んだ船方が、毎日、イソザキ(屋号)に来て田子へ行くからワラジをくれという。そこで地蔵をコザキへ移すと、出なくなった。それでその地蔵をコザキの地蔵という。
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ニジュウサンヤサマ,ツキマチシンコウ,ニジュウサンヤコウ,ニジュウサンヤトッコウ 2001年 青森県 田子町矢田郎では、これを二十三夜トッコウと呼んでいる。この日には当番の家に集まり、神棚に二十三夜様の掛け軸を掛けて燈明をともし、お神酒を上げて拝む。月の出によって世の中を占うが、雲ひとつなく登ると豊作、雲に隠れて見えなければ凶作になると言われている。福地村法師岡では、この日が同時に子安様の縁日でもある。十和田市栃ノ沢では、秋葉様の祭日が同日であったり、子安様の祭日が同日であったりすることもある。
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〔フナダマサマ〕 1960年 愛媛県 舟霊様は、船の中央部よりやや後方にあり、船が完成したときに大工が米・ショウ銭(16枚)お守りを入れるという。大漁の時や風雨の出る時は、「チリン、チリン」と合図をするといい、必ず当たるという。舟によって、音は多少異なるけれども、これを「舟霊様がいさむ」という。
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ダイジャニナッタナワ 1940年 三重県 昔、茶屋の主人が伊勢までの道程を尋ねられ「まだまだだ」と嘘を言うと、嘆いた旅人は賽銭を縄に結んで松の枝に掛け、神宮を遥拝して帰っていった。賽銭を取ろうとすると縄が大蛇に変じ、主人は狂い死にした。人々はこの松を「銭掛松」と呼んで祀り悪心を戒めた。
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アンバサマ 1939年 福島県 あんば様は、漁業家の信仰する神である。舟玉十二社のなかの一社で、大杉大明神という。
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フクタロウ,カワタロウ 1935年 神奈川県 相州金澤村の漁村、重右衛門の家に持ち伝わる箱に、水難疱瘡の守り神と記してあり、家の中に祭ってあった。享和15年5月15日夜に重右衛門の妹の夢の中に童子が来て、私はこの家に久しく祭られるが、未だによく知るものがいないので、一社を建ててくれ。そうすれば水難疱瘡麻疹の守り神として擁護するといった。妹はそれを親類に告げ、箱の中を見ると異形のものがいた。面は猿のようで四肢に水かきがあり、頭には凹んだところがあった。それを福太郎と称した。その後他の家に出したがそこでも夢告があり、水神と勧請した。またさまざまな霊験があったという。
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フナダマサマ 1967年 福島県 船霊様は、船大工が他人に知られないように船にはめこむ。これはさいころ2つを天1・地6艏3合わせとも4合わせになるように入れ、これととおに女の髪の毛で男女の人形2体を結い、銭12文を塩でよくもんで共に納める。髪の毛は、拝み屋に船頭の年回りなどから方角を示してもらい選ぶ。妊婦がよいとされるが、気立てもみる。髪の毛は頭の真ん中から取るのがよいとされ、この人には初漁の魚を届ける。不漁が続くので船霊様をあけてみたら、さいころが盗まれていたり、ころんでいたりすることもある。このときは神官を呼んで入れなおしてもらう。
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ロクシャグウ 1983年 岡山県 六社宮はあらたかな神である。六社宮は吉備高原上にあるお宮だが、牛窓沖と一直線に向かい合っているために牛窓沖では船が難破したり動かなくなって困った。そのため牛窓の漁師が六社宮の向きを変えてくれと頼んだ。そのため牛窓からは毎年お祭りにはお供えに魚を持ってきていた。
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ガラッパ 1992年 宮崎県 小学校1年生のとき、一ツ瀬川で魚釣りをしてたら、岩の上に変なものが座っていたのを友達が見つけ、急いで帰った。親たちはタイユサマ(太夫様)に御幣を切って祓いをしてもらった。それ以来この川では竹の筒にお守り札を入れて肩から提げることになった。
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ダキジゾウ,オモカルサン 1981年 愛知県 岩屋寺本堂お賽銭箱のわきに小さなお地蔵さんが見える。頭巾を被り前掛けをして重ね布団に座っておられる。この地蔵さんを信者たちは抱き地蔵さん、「おもかるさん」とも呼んで信者達が願い事を頼み抱き上げ重い軽いによって結果をはかる。願い事が叶う時は軽々と上がり、そうでない場合はどうしても上がらない。
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ジゾウサマ,(スイシシャ) 1968年 愛媛県 地蔵様は中島八十八ヶ所の一番札所でイボを治してくれるので、治ったらタコの絵を描き供える。元は山腹にあったのを海岸端にさげたところ、この付近で泳ぐものが水死したり行方不明になったりするので、元の場所に戻したという。
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フナダマサマ 1960年 愛媛県 船霊を船玉という。ご神体はサイコロで船の中間に祭ってあり、女であるという。船玉は蛇や猿を嫌う。新造船を作ったときに船玉様をのせる。また正月2日を初乗りといい、船玉様を乗せかえる。死人を乗せたときにも船玉様を入れかえる。夜船の上で寝ているときにチンチンと音がすることを船玉様がいさむという。
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カゼフキジゾウソンノオジゾウサマ 1985年 福島県 旧の3月16日は地蔵様の祭日で、風吹地蔵尊のお地蔵様は祭りの1週間前ぐらいから早い者順で小学校の子供が借りていって遊ぶ。このときは子供はお地蔵様に何をしてもよい。祭りの当日はトーナガシといって、堀に水を溜め、地蔵様を裸にして首に縄をつけてお地蔵様を流す。子供に引っ張られるお地蔵様を心配して祭りの日に地蔵をきれいに洗って神社に収めてしまった。すると、お婆さんは病気になって寝込んでしまった。
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オキノサン 1935年 埼玉県 埼玉の熊谷地方一体にはおきのさんという紙の姉様人形を信仰する風俗がある。農家のお婆さんによれば、「おきのさんはよく働く。よく信心すれば蚕の手当てもしてくれる。嫁の働きが悪かったり子守が精を出さない時もおきのさんを信心すればよくなる。あるときおきのさんを勝手に借りて勝手に祭っておいたらその夜におきのさんがやって来た。弁天様のように蛇になってやってきた」という。
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ジゾウ 1986年 滋賀県 琵琶湖で漁の邪魔になる石をどかした漁師が、夢にも現れた地蔵の告げに従ってお堂を作り、その石を祀る。その後、ふたたび夢に地蔵が現れて琵琶湖の水をせがむので、お供えしたところ、願い(病気平癒など)が叶ったという。
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キツネ 1922年 茨城県 太助という男が山で賭博をしたあと行方不明になった。土浦の易者に占ってもらおうと親族が出発し、その道中で太助を見つけた。しばらく人事不省であったが、仔細を聞くと、見知らぬ男と連れになり奥州へ馬買いに出かけ、毎日歩いていたという。懐中には木の葉の束ねを5、6束持っていた。太助の長男太郎が割塚稲荷の小祠で親子の狐を負いまわしたその翌日に太助は化かされている。
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(ジゾウノネスガタノイシ) 1990年 長野県 尾張の人が魚釣りをしていたところ、乗っていた石が動いた。不思議に思って見ると、その石が地蔵の寝姿になっていた。持ち帰って祀った。6月ごろになると湿気て地蔵様の姿は浮かび上がる。
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リュウノタマ 1955年 静岡県 龍の玉を持っている家がある。六部が礼に置いていったもの。これでこすると目の病が治る。大阪の博物館に鑑定してもらったら「日本に二つしかない玉の、女玉だ。男玉が出たら買い上げる」と言われた。
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