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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

スイショウノカンノン
1979年 長崎県
唐比の池あたりに甫陀林という僧院がある。そこに高さ1寸(約3cm)の水晶で出来た観音像が安置されている。先年ある者がこの観音像を盗み出したが、小倉で奇験が生じたため元に戻したという。また途中この観音像を落としたので傷が入っていたが、時が経つにつれて傷が無くなったという。

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ブツゾウ,ユメ
1941年 朝鮮
黄海道信川郡の九月山の中腹にある寺には、銅の仏像があった。ある夜僧は仏像が盗まれ山頂で溶かされる夢を見た。起きてすぐ仏殿に行くと、そこには大蛇がいて仏像は無くなっていた。急いで山頂にいくと仏像を溶かしているところであり、僧は飛びかかって仏像を取り返した。寺に戻ったが大蛇はおらず、仏像は股の所が溶かされていた。この仏像は今も安置されていて、股には土が塗られている。
類似事例

(ユメノオツゲ)
1989年 長野県
泥棒に捨てられた観音は天竜川に流れて泰阜村まで行った。そこの明島という場所のある人の夢枕に立ち、助けを求めた。その人が淵に行ってみると、本当に観音があった。拾い上げて船で送り届けると、観音像は寺にあった台座にピタリとはまったという。
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ヒカリモノ,レイボク,レイム,ダルマ
1935年 群馬県
碓氷川が氾濫した時、夜中に光り物があった。翌朝見ると古木で、えもいわれぬ芳香のある霊木なので、観音様がひきよせられたのだろうと少林山の観音堂に納めた。数十年後に一了居士なるものが霊夢を見て登山し、一刀三礼の敬虔振りで霊木から達磨の座禅像を彫り上げた。その当時また碓氷川に流れよった古木があり、この古木にあった大きな穴は丁度達磨像の龕に丁度よかったという。それらの話を聞き伝えた人々の参詣が盛況を呈し、ついに寺を開いたのが少林山達磨寺である。
類似事例

カンノンゾウ,(ユメノオツゲ
1989年 長野県
長石寺に泥棒が入って本尊を盗んだが、背中が重くなって恐ろしくなり、天竜川へ捨てた。観音は流れて泰阜村の門島に着いた。泰阜の明島のある人の夢枕に観音様が立ち、助けを求めた。その人が目を覚ましてから淵に行くと観音があった。拾い上げて船で返しに行くと、台座にぴたりとはまったという。
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シンランショウニン
1979年 山梨県
ある日の夕暮れに、1人の旅僧がやってきて泊まった。翌朝、ここは清浄なところだから何日か行をやりたいというので、堂へ案内した。婆さんが家の内に水の出る所はないものかと捜していると、その旅僧が場所を示した。掘ってみると清水がわき出した。ただし、この水はこの家の入用だけしか出ず、女性が不浄の時には汲んではいけないと約束した。ある時、婆さんが約束を忘れて水を飲んだところ、水が止まってしまったが、坊さんに話して拝んでもらうと、また水が出てきた。後にこの名僧は親鸞聖人であることがわかった。
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ニチレン,ブツゾウ
1973年 栃木県
文政8年4月のころ、野州佐久山の中町に住む住吉や為八という者が、地面に池を作るといって、まわりの石垣となる石を近くの箒川から取り寄せた。するとその中の丸い石に、自然と二分ほど高く、左右に日輪月輪を伴った仏像が現れたという。日蓮宗の住職に見せると、それは日蓮上人であると言う。瘤のできたのを立願すると治った。それから近国の参詣者でにぎやかになった。
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ハクハツノニョニン
1961年 山梨県
高前寺の梵鐘は一名横取りの梵鐘といい、日蓮宗に信仰のある富豪が奉納したものであるが、完成した後富士川の鰍沢から身延山を目指しての下りの船で天神ヶ滝の難所を過ぎて鴨狩に近付いたときに奇石に座礁した。この巌に竜波穴と称する謎の巌谷があり、難破の彼方に白髪の女人が現れて申すには、梵鐘は近くの寺に納めて、身延山奉納は改めてみてはどうかという意味だった。それにより、高前寺に納めたため、横取りの梵鐘という。
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(ユメノオツゲ)
1989年 長野県
こうやまきの北側にあるお堂には、有名な観音像が祀られていたが、ある時これが盗まれた。するとある人の夢枕に観音が立ち、「桔梗原の松の木の下で寝ているから迎えに来てくれ」と行った。行ってみると本当にそうだったので、背負って帰ってきたという。
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リュウセンジノヘイアンブツ
1952年 鳥取県
かつて賊が龍泉寺の平安仏を盗んで屋外に出たが、いつまでも寺の周囲をぐるぐる廻るだけで、遠くには行けなかったという。
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アリアケダイラ
1956年 宮城県
常念寺にある阿弥陀堂の地。昔、夜中に仏像の首がどこからか飛来して田の中に落ちた。明け方に村人がこれを見つけ、胴体を作って首をつけ、阿弥陀堂に安置した。
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(カンノントヨウサン)
2002年 長野県
飯田市時又の長石寺に入った泥棒が、何もないので本尊の観音様を盗んだ。しかし気味が悪くなって天竜川黒瀬が渕に捨てた。その後島岡という人物に拾われ自宅に祀られたが、ある夜、夢に観音が現れ元の寺に帰して欲しい、帰してくれたら養蚕は必ず繁盛させてやると言った。言うとおりに帰したところ、長石寺の台座とピタリとあった。
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リュウ,ウロコ
1970年 大分県
竜ヶ淵に竜が棲んでいた。京都のある僧が修行のために淵の傍らに小屋を建てて昼夜読経をしていたら、ある夜竜が現れた。竜は僧の教えにより昇天し、銀色の鱗を残して去った。竜源寺にはその鱗が残されている。
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センジュカンノン
1983年 大阪府
法海上人がいた頃に、どこからともなく客僧が来た。上人に仕え一夏の間香水をとり、九旬過ぎて去ろうとした時その賃を乞うたが、上人が与えなかったので、波の上に立ち、我はふだらく山の主なりと告げ、千手観音の姿となって飛び去った。上人は千手の像をつくり安置した。その霊験はあらたかという。
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ダイニチサマ
1968年 佐賀県
盗人がある寺から仏像を盗んだが、船で逃げる途中で嵐に会い、弁天島の側で沈んでしまった。その後、附近でにわかに鰯がよく獲れるようになった。ところがある日、鰯はぜんぜんかからず、網に仏像がかかった。そこでこの仏像をあがめて祀ったのが、打上の大日様である。
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オソウズサマ
1968年 愛媛県
享保の頃、佐賀の僧が大僧都位をもらい京都から故郷に戻る途中で難破した。一命は取り留めたが、七条の袈裟を失った。袈裟は小浜に打ち上げられ、それを知った僧が取り戻しに来たが、拾得者はこれを返さなかった。僧は自殺し、拾得者は袈裟を売ろうとしたが立派過ぎて売れなかったので焼いてしまった。後、村に不思議が続出したので、僧の祟りだろうといい、「お僧都様」として祭った。
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ヤクシニョライ
2000年 愛知県
医王寺の薬師如来は行基が作ったものといわれる。昔医王寺に盗賊が押しかけ、薬師如来像や宝物を盗もうとしたことがあった。そのとき1人の坊さんが盗賊の前に立ちはだかり、盗賊たちをなぎ倒し追い払った。この時の坊さんは実は薬師如来が姿を変えたもので、像には盗賊につけられた刀傷が腕に今も残っているという。
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シュッケノスガタヲシタイシ
1929年 岩手県
飯岡山に行った樵が、一尺ほどの石を見つけた。それは法衣に合掌をする僧の姿であった。人々はこれを慈覚大師の作だといい、イタコは八百年前の観音様だといった。この石は、善人にはよくみえるが、悪人が見ると、よく見えないと言われている。
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マンダラガン
1974年
延宝年間に、大雲院の高誉上人が当麻曼荼羅の修復の際に、曼荼羅からこぼれ落ちた糸や積もったお香の粉を全て拾い集め、それを精製して曼荼羅種という薬丸にした。それを知り合いの道俗に与えたところ、信心の至った人の場合数日間輝いたり、五色に変じたり、また増長して大きくなったり、分散して小さな舎利になったという。また妖怪などに取り憑かれた人が、この丸を少しでも喉にいれると、忽ちにして快復したという。
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タカラモノ,ヒカルモノ
2003年 山梨県
蓧井山の山頂に三の祠があり、その下に宝物が埋めてある。そこに光りが見えたといわれる。南部町塩沢の円蔵時の若い僧に盗まれたという話もある。掘った人に関する話は一定せず、其寺の僧であるとか、其家の主人であるとか。宝の正体も明らかでなく、金作りの馬具か、お姫様の瓔珞かといわれる。
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(ヒカルヤマ),(カンノンゾウ)
1989年 長野県
円仁という僧侶が上野に行く途中で山が光るのを見た。帰りに寄って霊木を探すと、光る幹があり、大きな木があったので三体仏像を刻んだ。ところが三体目は途中で熱を持ち血が流れ出したので、途中で止めた。かんなくずには法華経を書いて埋めた。彫った観音様は、岩屋堂を作って祀って、帰ってしまったという。
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