国際日本文化研究センター トップページ
怪異・妖怪伝承データベース
データベース検索ページ 更新情報 お知らせ 怪異・妖怪とは データベース検索 異界の杜 製作者
データベース検索ページ

検索対象事例

アマノジャク
1990年 長野県
天の邪鬼が上松に来たとき、手に一握りの砂を握って台ヶ峰に登った。その砂を付近の小山にまくと、初めは細かなものだったが年が経つにつれてだんだん大きくなった。今ではそこを岩屋といい、大石が石垣のように連なっている。

類似事例(機械学習検索)

アマノジャク
1990年 長野県
天の邪鬼が大きな山を背負って夜中に上松の小脇まで来た。ところがそこで朝になってしまったので、そこに背負っていた山を置いて、奥山へ飛び上がっていた。その山が、小脇にある丸山だという。
類似事例

テングイワ
1931年 宮城県
昔、北方岩木山からやってきた天狗が誤って杉の頂で目をついたため、その杉を切り取り、大石を乗せたという。これを天狗石という。
類似事例

オニ
1929年 大分県
昔、阿蘇の盆地は湖水だった。鬼が埋めようとして土を担って運んでいたら棒が折れた。今その土が上萩岳と下萩岳になって残っている。怒った鬼は不動岩を押したが動かず、その時の頭と背と両手の跡が残っている。
類似事例

テング
1993年 福井県
大きな岩石があり、ここの天狗がいると恐れられていた。ある日この近くで三左衛門という人が炭を焼き始めた。天狗が現れ「ここはわしの庭だから、すぐ帰れ。笛を吹き、太鼓が鳴ったら下山しろ」という。無視していると数日後に天狗が現れ「もう一度合図するので、帰れ」という。風が強くなり、雨も降り出したので下山した。あまりの大嵐となり、三左衛門の家は倒れた。
類似事例

オニマツ
1987年 長野県
角先渓谷の奥に大岩があり,「鬼ヶ城」と呼んでいる。大昔,ここに鬼が住んでいて,この辺一帯を荒らしまわったという。ある時坂上田村麻呂が攻めたが,どうしても降伏しなかった。金縄山の観音様に祈願すると,桑の木を矢にして攻めよとの霊告があったので,そのようにしたところ,忽ち鬼が降参してきた。捕らえて金縄(金のくさり)で縛って,松の木に繋いだが,その場所を「金縄山」,繋いだ松の木を「鬼松」,そこに祀った地蔵を「鬼松地蔵」という。
類似事例

ナナヒロニョウボウ
1997 島根県
七衛門が夕暮れ、御波地区の須賀に行こうとすると、途中のミダの奥山から小石が飛んできた。話に聞いていた七尋女房が妨害しているのかと思い、家から刀を取って戻ると、大女が立って気味悪く笑っていた。七衛門が切りつけると、顔面に深い傷を受けながらも安国寺領の松山に飛んで大きな石に化した。この化石を「七尋女房の化石」といい、別名「女房が岩」ともいう。少しずつ大きくなるともいわれる。
類似事例

タメトモ,オニ
1929年 東京都
為朝石は、昔為朝がこの島に到着して、鬼が現れて腕比べと絶壁の登り比べをした時、為朝は笠を片手に楽々登ったが、鬼は登れずに岩を掻いた。その跡が残っているという。
類似事例

タムラマロショウグン
1960年 岩手県
昔、田村磨将軍が石を投げたところ、石から火が出て野を焼き、「ナツヤケ」という土地になった。また、将軍は懲らしめた女鬼を荷物運びに使っていた。鬼が「もう人を獲らない」という証文に、岩手山の岩に手で手判を押したので、今でも赤い岩がある。
類似事例

イシガミサン
1978年 広島県
伊勢参りの旅人が岩の上に忘れた包みを村人が見つけ、捨てようとするが捨てても翌日同じ岩の上に上がっており、それが数日続いたので中にあった包みをあけると玉串が入っていた。それを神体にして岩を祀った。その後、石家がのみで割ろうとしたら真っ赤な血が出た。この石は毎年大きくなり、天上の高さまで伸びた。
類似事例

タメトモ,オニ
1929年 東京都
樫立村では、為朝が臼を持ち、鬼が杵を持って登り比べをしたときに、鬼は登れずに滑ってその跡がついているという。勝った為朝が鬼を捕えて石の下に入れようとしたが、抵抗したのでその時大石に鬼の耳の跡がついた。以来、通行人がこの石を掻いて桃の実ぐらいになると、石の下から出してやると言われた。
類似事例

テングサマ
1961年 山梨県
片颪に大きな石があり、真中に人間の右足に似た形の穴がある。これは昔八ヶ岳山麓に天狗様が住んでいて、山麓の密林の中から釜無川の方に出てきた時に、石から石へ飛び石伝いに来たのでついたものという。
類似事例

コイシ
1967年 福島県
波立薬師のお堂の前は小石の浜で、この小石を持ち帰ると、帰りたがって夜に泣くという。そしていつの間にかひとりでに帰るという。ある人がこの砂利を運んで庭に築山を造ったところ病気になり、石のためだということになり元の所へ返したという。
類似事例

オニガジョウ,オオタケマル,オニ
1930年 岩手県
岩手山に鬼ヶ城という穴があり、大武丸という鬼が手下の鬼と立てこもり、備わった通力で雲を呼び、風を起こし、嵐を出して良民を苦しめていた。田村将軍が奥州を征伐した際に先達した立烏帽子が岩手山の東に鎮座したのが御姫岳である。そして、鬼どもは将軍に切られたり、生き残ったものも閉伊郡の方に逃げたりした。最後に権現様のお使いとして残されたのが片目の鬼で、登山客が汚した山を綺麗に掃除するのはこの鬼であるという。
類似事例

テングノキタオシ,タイボクニオノヲアテルオト,キノタオレルオト
1982年 新潟県
木挽の三吉という人が、夜なかに台島から藤沢へ帰るとき、山中で大木に斧をあてる音が、カーン、カーン、カーンとだんだん大きくなって聞こえてきた。やがて、メリメリ、ドーンと木の倒れる音がした。不気味だったので、そのほうへ行ってみたが、木などは倒れていなかった。昔から天狗の木倒しといっていた。
類似事例

オニ,イシ
1990年 長野県
かや場に長さ1.5メートルほどの石が立っている。これは八面大王が矢沢山に住んでいたとき、これを退治するためにかじ屋が道具をあつらえていたのを邪魔するために鬼が大きな石を投げてきたのがささっているのだという。坂上田村麻呂が切れ味を試したともいい、上から30センチほどのところに跡が残っている。
類似事例

オニ,カミ
1913年 秋田県
昔、神山の奥に住む鬼が毎年現れて田畑を荒らした。村人は困り、もし一夜のうちに100段の石段を作れなければ、以後、姿を現さないと鬼に約束させた。ある夜、鬼が石段をつくり、あと1つで100段というところで一番鶏が鳴いたので、鬼は姿を隠してしまった。それから豊年満作が続いたので、山の頂に祠を建て、鬼を神として祀った。不浄の女が3段以上この石段を上ると石になるといわれている。祭礼の日には、村人が餅を供えにいく。
類似事例

テング
1977年 和歌山県
赤松氏の祖先の子が戸栗坂で遊んでいたところ、天狗にさらわれた。皆で探し回ると、奥の方にきれいな石があり、ハンチャがかけてあった。子供は見つからなかった。その石を今でも祀っている。赤松家は山田という人を養子に迎えたが、その人が和歌山へ越すときに石を持っていった。しかしどうも落ち着かず、石を持ってきた。石は高さが2尺くらい、巾1尺くらいで人の形のようである。
類似事例

オニ
1985年 愛媛県
大島の岩場の「鬼のつぎ場」という大岩は、鬼が米1粒で継いだといわれている。
類似事例

ヘビ
1931年 長野県
ある男が日山へ行って2束のしばを刈り、運ぶときに重みを平等にするために、石をおっかっていた。その石を庭に置くと、日一日と大きくなり、蛇のように見えたので蛇石様として祀った。
類似事例

ハクバ,アラウマ,シンメ
1980年 山形県
岩野村登山口の獄山には、古くから山神さまがいて信仰されていた。天正年間、獄山の神がふとしたことから怒り出し、山崩れを起こして土砂を流し、村を埋め尽くした。そして、白馬が現れ、天に飛翔したという。
類似事例

国際日本文化研究センター データベースの案内