ネズミ 1978年 熊本県 寛永8年、隈本城内の桐の木に冬瓜のようなものが多数生えた。諸人はこれを見て珍しい事だからそのままにしておき、熟すのを見ようと待っていると、熟す頃に中から鼠が出てきた。人々は怪しみこの実を取って割ってみると中はすべて鼠であった。その中の1つに鉈が入っていた。その翌年領主親子が配流となった。この前触れだろうと人々は語った。鉈は今でも誰かが所蔵しているという。
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(オキクノタタリ) 1982年 群馬県 小幡の殿様が侍女の菊を寵愛したので奥方や侍女の恨みを買い、殿様に差し上げる御飯に針を入れられた。殿様は怒って菊を責め、蛇の入った樽に入れ、宝積寺の池に投げ込んだ。小柏源介という侍が悲鳴を聞いて樽を開けると、瀕死の菊が出て来た。菊は「このご恩にお家に蛇の害は無いように致します」と言って事切れた。お菊の母が「お菊が無実なら芽が出ろ」と池の辺に炒りゴマをまいたら、芽が出た。お菊の祟りで小幡家に怪異があったので、宝積寺に碑を建てて供養した。小幡家では菊は植えない。
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ネズミ 1974年 東京都 寛文6年に江戸新両替町にある香具屋九郎左衛門の宅で、鼠があまりに増えたため家来に殺せと命じた。家来は不憫の事と思い助けてやったところ、その家来の夢に一人の子供が現れて、命を助けたお礼に金魚を肴に酒を勧められた。そして目覚めると口の中に金子が入っていたという。これは奇特のことと思い、それ以来九郎左衛門宅では鼠を殺さないという。
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ネズミ 1980年 大阪府 河内国藤阪村の農民が持つ田地に、昔から数メートル四方の小高い草むらがある。田主はそれを開墾し稲を作ったものの、秋の収穫時期に鼠数10匹がどこからかやって来て、その稲を尽く食い尽くしたという。驚愕した田主は元のように戻したが、村の者は鼠塚と呼んでいるという。
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ネズミニコロサレタハナシ 1956年 宮城県 享保の頃(1716~1736),仙台城下での話。享保5(1720)年4月新妻胤信より採集。伊藤氏の家来の六兵衛が鼠の妖災によって病に臥し,危篤になった。ある夜亥の刻頃,伊藤氏の義兄新妻胤信が様子を見に行くと,六兵衛は毎夜安眠できずすっかり疲労していると嘆いた。胤信が慰めていると,何処からともなく大小の鼠が6,70匹ばかり現れ,寝床の辺を這い回る。六兵衛がいくら追い払っても効果がなく,家人が来てようやく追い払った。六兵衛の話では,毎夜このような状態で医師も祈祷も効かず殆ど寝られないという事であった。間もなくして六兵衛は死んでしまった。鼠の祟りか何か,その辺の事情は不明である。
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キツネ 1930年 山形県 加藤某という武士がいた。勤番で詰めているとき、稲荷の近くに住む狐がうるさいので、刀で突き刺すと逃げて行った。その次の勤番のとき、終夜三味線や太鼓の音がした。翌日になって加藤某が廓の芸妓と遊んだという噂がたち、知行を取りあげられた。不思議に思いミコに聞きに行くと、狐がミコをかりて現れ、それは祟りであり、七代先まで続くと言われた。
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ネズミ 1981年 東京都 堀大和守が鍛冶橋御門内に居た時に、家中の者の家の神棚の升の中に、毎日鼠が南鐐を1片入れに来るのが14・5日続いたという。その夫婦は珍しい事と喜んだが、そのお金を使ったところ、翌日からは鼠はこなくなったという。
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ザシキワラシ 1974年 岩手県 土淵町大の大洞小六氏の家が破産する時のこと。この家の障子窓から2人のザシキワラシが抜け出して、和野の北野(家号)の家に入っていった。これを境に北野の家は財をなした。
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バケモノ,ヒカリモノ,カイブツ 1975年 埼玉県 武州埼玉郡船越村で享保元年6月頃、ある百姓の家で毎夜光るものが窓から入ろうとすると家の中からも光るものが飛んできて争うという事が起った。家の中にあった札をある時捨てると窓からは大きな猿のようなものが入ってきて娘をさらった。捨てた札は牛王守札でそれにより娘は守られていたのだ。
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カッパ 1992年 宮崎県 熊本・大分・宮崎の境の川上神社の神主・安藤氏の下にかっぱが「住処にある八つ目のものをどけてくれ」と頼みに来た。人のジゴをとらないならどけてやる、と約束して取ってやった。八つ目のものとは馬鍬だった。かっぱはお礼に毎朝魚を持ってきたが、あるとき包丁を置き忘れたままにしていたので、それからこなくなった。後に子どもが水死したので河童をしかりつけて腕を切り落とした。その腕は安藤家に伝わっている。
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イジュウ 1974年 京都府 延宝年間のこと、京の南にある吉祥寺村で、吉祥天女のご開帳があるというので、近隣の村々から六斎念仏を行う者が多く集まった。その彼らが打つ鐘や太鼓の音を恐れたのか、怪獣が出てきて、ある百姓の家の縁の下にかけ入った。それを生け捕りにすると、顔は狸に似て、鼻から額まで黒く、うなじは白い。さらに背は黒く、腹は白く、徳利のような丸い尻をしており、尾はなくて前足はモグラのようで、後ろ足は長く犬のような獣だった。餌は串柿だけ食べたという。
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〔ジョウゲンチュウ〕,オキクムシ 1974年 滋賀県 近江国志賀郡別保の里に常元やしきと俗称される家があり、ここに居る者は必ず禍があるという。その故を尋ねると、蒲生家の侍だった南蛇井源太左衛門なる無頼が諸国で悪行を重ね、生まれ故郷の別保に帰って剃髪して常元と称した。慶長5年に以前の罪で捕縛された常元は、その家の柿の木に縛られて最後には斬られた、しかしその骸を木の根本に埋めたところ、数日後、顔や目口鼻がある人を縛っている姿に似た妖しい虫が、毎年多く墳上に現れて、蝶に化けて消えたという。人々はこれを常元虫といった。
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イノノタニノヘンベ,ヘビ 1936年 岐阜県 毎年来る燕に土産を持って来るよう家人が声を掛けた。すると燕は白い種を持ってきた。畑に播くと南瓜ができたが、中から蛇が出てきた。割る時に片目を潰した蛇は姿を消した。今でも蛇が現れる事がある。また大きい南瓜はその地では喜ばれない。
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ナベシマヤシキキイ,カイイ 1978年 東京都 江戸の山下御門の正面にある肥前佐賀屋敷の鬼門隅の長屋では、昔から毎日僧衆が来て護摩を焚いている。昔大奇怪があったためだという。今も折々、太守が在府中には怪異があるという。小雨など降る物寂しい夜に、庭で火柱が立ったり、器物が踊り動いたり、家鳴りがしたりする。太守が帰国すると、屋敷の者たちは安眠できる事を喜ぶ。
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テング 1976年 愛媛県 松山城主、蒲生家に松本忠四郎という武士がいた。殿様のタカ狩りに忠四郎が従った時、山の中で迷い、天狗に出会った。忠四郎が笛を吹くと、「この久万山にいる間、舞夜笛を吹いてくれ」と言った。最後に忠四郎は笛の礼に天狗から小さな文箱をもらったが、「決して開けてはならぬ」と言われた。殿はその箱を開けてしまい、中に「蒲生家断絶」とありやがて蒲生家は断絶した。
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ネズミ 1979年 安政3年(1856)、東国に海から夥しいほどの鼠が出てきて、農作物を荒らしたという。街中ではその光景を図にして売っているが、前後60万匹ほどの鼠を駆除したという。
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アヤシキトリ,キツネ 1974年 京都府 兼好法師が内の宿直から退出しようとした際、萩の戸の庭の方に怪しげな鳥が羽をふって、嘴を怒らして飛び下ってきた。人々が恐れていたので法師が2羽を弓で打ち落としたところ、一つは足に黒い毛が生えており、もう一つは非常に赤い色をしていたという。博士を呼んでこの鳥の名前を聞いても答えられず、しばらくすると2羽とも狐になって消えたという。
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カニ,ダイジャ 1990年 石川県 笠原の藤太が田んぼを作った。そこへある若者がきて、この田んぼにどうやって水を入れるのかと聞いた。藤太が弱って一夜のうちに水を入れてくれたら娘を嫁にやってもいいというと、その晩に大雨が降って田んぼに水が入った。男の正体は大蛇で、家を七回り半巻いてしめあげてきたが、娘が残り飯をやってかわいがっていた蟹が切断した。切られた蛇をカラスがくわえていき、それが落ちたところは池になった。
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ダイコクサマ,エビスサマノカタチヲシタサルノコシカケ 1938年 島根県 150年ほど前、ある家の大黒柱に「猿の腰掛け」が生えたので切って捨てた。その後また生えてきたが、見ると蛭子様の形をしている。驚いて前に捨てたのを確かめると大黒様の形であった。家を建てるとき封じたものが現れたのだ。その後まもなく、その家は没落した。
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キツネ 1982年 東京都 享保10年6月、麻布市兵衛町のある人の下女に狐が付き、祈祷などしたが効果は無かった。様々な事を口走り、我は松平紀伊守様屋敷の狐であるが、住居が成し難いために方々へ罷り越している。石川近江守様屋敷の稲荷は娘で、山王町の稲荷は女房である。親類との距離も良いのでここに小社を建てて欲しい。小社を建ててくれると近所の火難は除けようと語った。
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